第29話「ゆっくり休んだ後で」
ふと目を覚ました私は、天井が家と違って少しびっくりした。そうか、また保健室で寝てたんだ。そう頭が理解するのに少し時間がかかった。
ゆっくりと起き上がってみる。そんなにきつくはない。ゆっくり寝たのがよかったのかもしれない。
時計を見ると三時間目が終わろうとしている頃だ。またけっこう長く寝ていたようだ。
「――あ、小春さん、起きましたね。体調はいかがですか?」
佐々木先生がやって来た。
「あ、はい……だいぶ動悸がおさまってきたというか……すみません、けっこう寝てしまった……」
「いいんですよ、ゆっくり眠れたならいいことです。少し水を飲みましょうか」
佐々木先生がそう言って水を持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます……いただきます」
「水分も適度にとらないときついですからね、暑くなってきましたし、気をつけておいてくださいね」
「は、はい……ありがとうございます」
「……それで、気分がよいのならですが、少し小春さんの体調についてお話させてもらってもいいですか?」
その言葉を聞いて、私は朝の出来事をまた思い出してしまった。中等部出身の女の子たちにきついことを言われてしまった……私は胸を押さえた。
「ああ、ごめんなさい、きつかったら無理にお話しなくていいですからね。ゆっくりすることの方が先ですので」
「……い、いえ、大丈夫です、お話させてください……」
心は重いが、ここはちゃんと佐々木先生とお話しておいた方がいいと思ったので、私は話すことにした。
「……そうですか、無理はしないでくださいね。今日きつくなったのも何か原因がありましたか?」
「そ、それが……クラスの女の子たちにいじめのようなきついことを言われて……学校もずる休みしてると……汚い女が何言っても一緒だと……」
私はそう言った途端、目に涙があふれてきた。あ、あれ? 泣いている場合じゃないのに……どんどん涙が出てくる……と思ったら、佐々木先生が私の身体をそっと抱きしめた。
「……ごめんなさい、きついことを思い出させてしまいましたね。小春さんがずる休みだなんてありえません。そして汚い女なんかではありません。小春さんはしっかりしていて、心が繊細で、優しい女の子です。そんなきついことを言われたら、心が苦しくなって当然です」
「……すみま……せん、ありがとうございます……」
涙が止まらなかった。それでも佐々木先生は、優しく私の背中をさすってくれた。優しくて、あたたかい先生だということがよく分かった。
「小春さんは繊細だから、人より少し傷つきやすいのでしょうね。そして強く言い返すことができない。しかしそれはいけないことではありません。優しい心を持っているというのも、小春さんの長所です。涼子さんと凌駕くんもきっと、そんな小春さんのことが大好きだと思いますよ」
「……二人には……いつも助けてもらっていて……今日も助けてくれて……」
「小春さんには素敵なお友達がいますね。これからも二人に頼っていいと思います。人間、苦手なことや足りないことがあります。それをお互い補い合う、いい関係をずっと築いていってくださいね」
「……はい……」
なんとか落ち着いてきて、私はハンカチで涙を拭いた。
「す、すみません、白衣を濡らしてしまった……」
「いいんですよ、この涙は小春さんの気持ちがこもっています。少しはすっきりしましたか?」
「あ、は、はい……少し落ち着きました」
「そうですか、よかったです。今日はここで過ごしてもいいですし、大丈夫そうだと思ったら教室に戻ってもいいですよ。もちろん小春さんの体調が優先です。無理をしてはいけませんよ」
「は、はい……ありがとうございます」
「……それと、またきつい思いさせてしまうかもしれませんが、いじめのこと、松崎先生に話してみませんか? このままだと小春さんがきついだけで何も変わりません。もうすぐ一学期も終わりますから、そうですね……終業式の日などいかがでしょうか。松崎先生も時間があって話しやすいと思います」
佐々木先生の言葉を聞いて、私はぐっと身体に力が入った。たしかに佐々木先生の言う通りだ。このままだと何も変わらない。佐々木先生にはいじめのことを話すことができたが、同じように松崎先生にも話すのがいいのだろう。
「は、はい……分かりました。終業式の日に、話してみます……」
「大丈夫ですよ、松崎先生も分かってくれますから。そうだ、一人だと話しづらいかと思いますので、私も一緒にいましょうか。ここ保健室だったら誰にも聞かれませんし、松崎先生にはお声がけしておきますので」
「あ、は、はい……すみません、よろしくお願いします……」
「ふふふ、大丈夫ですよ、緊張はするかと思いますが、私もいますので。ただ、絶対に無理はしないでくださいね」
「は、はい……分かりました」
松崎先生にいじめのことを話すことを約束した。なんとか話せるように、体調を整えておこうと思った。
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