第6話 空を自由に飛びたいなを《鳥男子》でやってみるとこうなる。

「待ってー」


 背から生えた翼を羽ばたかせ、わたしはカワウたちのそばへ近づいた。V字になって飛んでいる一番後ろについてみる。V字の隊列飛行は、後ろの鳥たちが気流に乗って飛びやすくなるためにできるといわれている。確かに、一人で飛んでいるよりも、後ろについていたほうが風が来て飛びやすいかも。


「グワッ!?」


 前で飛んでいたカワウが、こちらを振り返って驚いたような声をあげた。


「グワー!? グワッ! グワァーッ!?」


 なんて言っているのかはよくわからないけれども、仲間になにかを伝えようとしているみたい。前にいるカワウたちも、次々に長い首をこちらへ向けて騒ぎ出す。

 もしかして、わたしが来たからビックリしちゃったのかな。


「グワァーーー!!」

「あっ!? ご、ごめんね、みんな!?」


 カワウたちは散り散りになって飛んでいってしまった。謝るけど、聞いていない様子。やっぱり、他の鳥が隊列に混ざるのは、鳥としてはダメなのかな。


「それにしても、わたし、飛んでるなんて……!」


 カワウたちには申し訳ないことをしちゃったけど、改めて自分の姿を見て、気持ちが切り替わる。空の上から、小さくなった町並みを見下ろす。高い場所にいるけど、自分の翼で飛んでいるからか、怖さは感じない。鳥になって飛べている感覚が、とても心地よい。


「……ん? あれって?」


 次はどこへ行こうかと見回していると、町の一角に目が行った。建物の裏にある小さな空き地で、カラスが何羽か騒いでいる。「カァーカァー」と乾いた声で鳴いているから、ハシブトガラスかな。カラスたちの真ん中にいるのは、子ネコだ。


「コラー! 子ネコをいじめないのーっ!」


 わたしはとっさに急降下して、空き地に降り立った。その場で手を大きく振り、足をバタバタと踏んで、ハシブトガラスたちを威嚇する。カラスたちは突然やってきたわたしにビックリしたようで、騒ぎながら飛び去っていった。


「もう、弱い者いじめはダメだよ! 子ネコちゃん、大丈夫?」


 足もとで震えていた子ネコを抱きかかえる。幸い、怪我はないみたい。地面に降ろすと、子ネコは「ニャー」と小さく鳴いて、小道へ走っていってしまった。


「うん。良いことした!」


 一人満足して、また翼を羽ばたかせて飛び立つ。トキはあれからどうしているかな。そろそろ戻ろうかな。そう思って、学校へ向かおうとした時。


「あ、あれ……? なんか、身体が……」


 不意に力が抜けてくる。翼を羽ばたかせる元気がなくなって、わたしはそのまま、だれもいない公園に落ちるように着地した。立ち上がろうにも力が入らなくて、このまま倒れちゃいそう……。


「なな、大丈夫か!」


 声とともに、走ってくるカーくんが見えた。隣には、カワセミくんも一緒だ。

 カーくんに身体を支えられ、そばにあったベンチに座る。


「カーくん……カワセミくん……、どうして……?」

「ななが心配だから、追いかけてきたに決まってんだろ」

「トキは……?」

「トキなら大丈夫だよー。授業の跳び箱で『俺は鳥だからこの程度余裕だ』とか言って二十段跳びしようとして顔面からぶつかって保健室に運ばれていったから」


 全然大丈夫じゃない。


「そんなことより、なな、朝飯からなんも食ってなかっただろ? 早くなにか食わねぇと死んじまうぞ!?」

「えぇっ!? そ、そうなの……」


 そういえば、鳥って代謝がいいから、すぐにエネルギーがなくなるって聞いたことある。おまけに飛ぶために体を軽くしないといけないから、一度にたくさんは食べられない。一日に何度も食事をしないと、すぐに空腹になって飢えちゃうらしい。


「ど、どうしよう……。なにか……食べ……もの……」

「ななー!? 死んじゃダメだよー!」

「ここらへん、川はねぇんだよな。公園なら、ミミズはどうだ?」

「それはイヤっ!!」


 土を掘り出すカーくんに向かって、最後の力を振り絞って首を横に振る。

 もう、頭がボーッとする。眠るように意識が遠のいて、みんなの声も小さくなっていく。


「なにをしとるんや? こんなところに鳥三羽がおるなんて珍しいなぁ?」


 突然聞こえた声に、わたしたちは振り返った。生け垣の向こう側に軽トラがとまっていて、運転席から顔を出しているのは……。


「まさか、学校行っとるお嬢ちゃんを、覗き見しに来たわけないやろな?」


 銀髪をバンダナではちまきのように結んだミサゴさんが、黄色の瞳を鋭く細める。


「ミサゴさーん……。たす……け……て…………ガクッ」

「ななっ!? しっかりしろ! くそっ、全部アイツのせいだ!」

「ななが死んじゃったら、ボク、トキを呪うしかなくなっちゃうよー!」


 生け垣の上から手を伸ばして救いを求めるわたしと、両側から身体を揺らしてくるカーくんとカワセミくん。

 その様子を見て、ミサゴさんはきょとんと目を丸くした。





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