完全無欠の幼馴染が私なんかに告白してくるなんて、相当弱ってるに違いないから元気が出そうなコトをいろいろ試してみる。

燈外町 猶

第1話・膝枕してみる。

 放課後、あんずが久しぶりにウチに来た。

 当たり前のようにチャイムなんて鳴らさず、『今から行っていい?』的なラインもなく、ノックもせずに私の部屋に入ると、定位置であるグレーの座椅子に腰を落ち着けている。


「……」

「……」


 杏は一言も発さずに私をじっと見つめたり、目が合うと慌てて逸らしたり。

 なにか言いたいことでもありそうな雰囲気を醸し出している。


「いやぁ、このゲーム期待以上に面白くってさ、やめ時全然わかんないよ~」

「……そう」


 一昨日発売したオープンワールドのゲームをプレイしながら声をかけてみるも、反応は薄い。

 こりゃちょっと重めの悩み抱えてるとか相談したいとかかな。私なんかが力になれる内容ならいいんだけど……。


×


 私達が生まれる前から母親同士は大の仲良しで、物心がついた時から当たり前のように、杏はいつもすぐ傍にいた。


 小学校に上がる直前、同じマンションの隣同士に同じタイミングで引っ越したことで物理的な距離も更に縮まり、両親が忙しい杏はしょっちゅうウチに来て宿題をしたりご飯を食べたりお風呂に入ったり寝たり……ほぼ姉妹のように過ごしていた。中学に上がるまでは。


 勉強だけでなく運動の才能もあった杏は複数の運動部を掛け持ちし始め、推薦で入った生徒会の活動も忙しかったりで……高校生になってからは一段と別々の時間が増えてしまった。私は帰宅部だから結構暇なんだけど。


 まぁ、仕方ない。何をやらせても基本完璧にこなす杏と、何をやっても基本うまくいかない私では、そりゃあ生活のペースもずれてくるというもの。


 わかってる、仕方ない。だけど、寂しくないわけがない。


 だから今日の、彼女の突然の訪問は……なかなか嬉しいサプライズだったりする。


×


 背中に感じる杏からの視線にいよいよ耐えきれなくなり、ゲームを中断してテレビの電源を切った。


「どしたん暗い顔して〜。なんかあったん? 話聞こか〜?」

「……」


 目を合わせてからねっとり口調でSNSによく見かける人の真似をしてみるも、杏の表情は冴えない。


「ウチ猫買ってんねん〜見にくる〜?」

「……」

「わいの作るパスタめちゃ美味いねん。食べにきーひん?」

「……」


 ダダ滑りなんだけど!? クスリともしないどころか表情筋が微動だにしてないんだけど!? 何か……杏が笑ってくれそうな何かないかなぁ!?


「クコ、」

「んー? んっ」


 不意に。予備動作もなしになめらかに動き出した杏によって、包み込むように優しく、柔らかくハグをされて、思わずちょっと驚いた。


「……大好き」

「ありがと。私も杏が大好きだよ。……急にどうしたの?」

「ゲーム、邪魔したくなくて」

「そんな……気にしなくて良かったのに」


 ポンポンと。あやすように彼女の腕を軽くタッチしてみるも、離れていく気配がない。


「クコ、あのね……」

「なぁに?」


 ググっと。私を抱きしめる力が強まって、3秒くらいの沈黙が流れたあと、杏は小さく口を動かした。


「私の……彼女になってほしい」

「………………へ?」

「私と付き合って。クコの恋人に、なりたいの」

「こい……びと、かぁ……」


 細い腕と細い声が、震えながら弱々しく、私の体へ縋り付くように絡み付く。

 これは……相当弱ってるなぁ。


 元々頑張り屋さんの杏は、他者からの期待に120%で応えようとする気質が強い。

 あらゆることに天性の才能を持つ彼女ではあるけれど、それらを十全に発揮する為にあらゆる努力を惜しまないのもまた彼女だ。


 疲れやもどかしさでダウンしてしまい、こんな風に甘えてくることは時折あったけれど、こんな事を言い出すのは初めてだ。可哀想に……追い込まれ過ぎて『誰でもいいから優しくして状態』に陥っているに違いない。


「杏、」


 私にできることは……軽薄な言葉をつらつらと並べるのではなく、私にできる範囲で! 杏を癒すこと! ではないでしょうか!


「ほれ」

「…………ほれ?」

「ほれほれ」


 杏の腕を掴んでゆっくりと引き剥がしてから立ち上がり、ベッドの淵に腰掛けた後にペシッと自身の太ももを叩いて視線を誘導した。


「おいで」

「!!!!」


 杏はすかさず私の横に座り、体を倒しておずおずと、頭をそこへ沈み込ませた。

 ツヤツヤでサラサラな黒髪に素肌を撫でられて、こしょばゆいけど心地良い。


「よしよし」

「!!!!!!」


 膝枕をした状態で、手のひら全体を使って頭頂部や側頭部を撫でる。丁寧に、丁寧に。

 昔は泣き虫だった杏を、よくこうしてあやしてことを思い出す。彼女はもう覚えていないだろうけど。


「杏、ちょっと頑張り過ぎじゃない? もっと力を抜いちゃいなよ」

「〜〜〜!!!!」


 言葉自体がプレッシャーにならないように、なるべく耳元で、なるべく小声で思いを伝える。

 右手は絶え間なく撫で撫でを続け、左手は杏の左手と繋ぐ。自然と密着するような体勢に。もう何年間も嗅いでいるのに、ずっと大好きな杏の香りが鼻腔をくすぐる。


「大丈夫だよ。杏のことが大好きな人はたっくさんいる。つらいときは誰かを頼っていいの。杏に頼られたら誰だって嬉しいんだよ? 私も、私にできることならなんでもするからね」

「はぅ……ん、うん……!」

「えっ……杏……泣いてる……?」


 生暖かい涙が太ももを伝う。慌ててティッシュに手を伸ばして、彼女の目元を拭った。


「ごべ……ごめんね……し、幸せ過ぎて……!」

「そう? なら良かった」


 全く……こんなに弱っちゃうまで頑張るなんて……心配するなっていう方が無理だよ。でも、涙するのはそう悪いことでもなく、最高のリフレッシュ方法だと聞いたことがある。

 杏の心が晴れるなら、私はいくらでもこの太ももを差し出そう。


×


「落ち着いた?」

「うん。……本当にありがとう、クコ」

「いえいえ。ちょっとでも元気出たなら何よりだよ」

「……あの……クコ、えと……」

「ん?」

「……いや! なんでもない。すごく、すっごく元気が出たよ」


 杏は(結構長めにずっと居座っていた)私の太ももからようやく頭を上げると、未だ瞳の周りが赤いまま、それでも凛とした笑顔を浮かべてくれた。


「それじゃあ、また明日ね」

「うん、また明日!」


 良かった良かった。……んん? 何か忘れてるような気がするけど……まぁ杏が喜んでくれたからいっか!

 もしもまた、あんな調子で弱ってたら……今度は何をしてあげよう。杏が喜んでくれそうなこと……考えてみればたくさんあるなぁ。

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