第9話:テトラとベコン

俺は今昨日歩いたはずの小高い丘を登っていた。でも昨日と比べて足取りは重くない。どちらかというと一歩一歩を着実に踏みしめていて自信がある、そんな足取りだと思う。あたりは昨日ここを登ってきたときのように暗くなっていた。で、なぜ今日もテトラの家に向かっているのかというと、

それは…お礼を言うためだ。


あの直後、俺は自分のことに精一杯でテトラを気遣う余裕がなかった。まああそこまで人にものをガツンと言ったのは初めてだからな。あの時の高揚感はこれまで感じたことのないものだった。だがそのこともあり気づけばあの後一言も言葉を交わさないまま別れてしまった。多分テトラもこの急展開についていけず俺と会話する余裕がなかったんだろうな。

それで夜の肌寒さでお互いの興奮も冷めただろうから気を取り直してテトラに会いに行こうと考えたわけだ。

昨日みたいに誰かにそそのかされたわけではない。もちろん自分の意思で。

まあこのまま気まずいまま明日を迎えるのはこちらとしてもきついからな。今日のうちにわだかまりを取り除いでおこうというわけだ。

というわけでテトラの家の前に着いたわけだが……

家の周りには誰もいないな……。

めちゃめちゃデジャヴを感じる……。

そう思い昨日彼女がいた夜空が一望できる場所へと向かったがいなかった。

あれ?ここにもいなかったか……。となると今日は本当に出かけているのかな?

今日は昨日ほど時間は遅くはないしもしかしたら就寝前の散歩にでも出ているのかもしれない。少し待ってもいいかもな。そう思い俺は近くにある大きな岩の上に座った。

少し肌寒い気はするがこれくらいならまだ涼しいの範疇に入るな。

そう感じ、涼んでいるとどこからともなく草木がこすれる音がした。

なんだろうか…?人間が出す音ではないと思うくらい大きな音だ。俺はその音の正体を確認しようと振り向いたがその直後、視界が暗転してしまった。

え?急になんだ?全身が何かに覆いかぶさられる感覚がする。

え…?ヤバいヤバい……!

急な出来事に頭が真っ白になる。

するといきなり視界が回復し、その犯人は正体を現した。

「えっ……」

目の前にいたのは家の裏に生えていた巨大な植物だった。え……、確かに昨日の段階で不自然に動いてはいたがまさかこんなに密着してくるとは……見た目は某ゲームのパッ〇ンフラワーから狂暴性を取ったような見た目をしていて、親しみやすいと言えば親しみやすいかもしれない...。

……殺気は感じないが、流石にここまで大きいと怖いな。

で、俺の視界を奪い、俺の全身に覆いかぶさったのはその植物の葉っぱだったらしい。こいつの本体もそうなんだが葉っぱも近くにしてみると想像を絶するくらい大きかった。

でもなぜかその葉っぱには謎の包容力があり、その葉っぱに包まれているとなぜか安心する。

「クゥ~」

と謎の鳴き声を発する。そしてスキンシップかどうかはわからないがとにかく自分の葉っぱで俺をスリスリしてくる。

「うへ…くすぐったい…!」

おもわず甘い声を出してしまう。感覚としては犬に舌で顔をなめられているのに近いのだろうか?いや犬どころかペットは一回も飼ったことはないんだが。

そうやってしばらくそいつと戯れているとかすかに「ドサっ、バサっ」と物音がした。

何だろうか…?俺はそのかすかな音を頼りにあたりを見渡した。すると丘の下に人影が見えた。何やらスコップで穴を掘っているようだ。多分テトラだろう。

でもなんでなんなところで穴を掘っているんだろうか?地面を掘る後ろ姿がどこか物悲しい。まあでも下に行くしか現状は選択肢がなさそうだな。上ったのにまた下るのか…。俺はそうため息をつきながら葉っぱの包容を解き、その植物に別れを告げ、テトラがいる方へと向かった。



丘を下りテトラのそばまで来た。地面を掘っている音のせいか近くまで来たのに全く気付く様子がない。めちゃめちゃ話しかけにくいな。でもここまで来て話しかけないという選択肢はもはや俺の中にはない。そう思い俺は思い切ってテトラに話しかけた。

「あの……何してるんですか……?」

そう俺が言うと一瞬体をピクっとさせた後、こちらを振り向いた。

「えっ!?あ、ユーギリ君…。こんなところで何してるの…?」

いやいや、それはこっちのセリフなんだが…。

「自宅の方を訪ねても誰もいなかったので探していたんです……」

俺がそう言うとテトラは俺の顔を一瞥し、

「あー、そうだったんだね。ゴメンね…留守にしてて。ちょっと大事な用があったから。」

大事な用…?日が暮れてから地面をスコップで掘ることが?ちょっと理解できないな…。そう俺は少し困惑したような顔を見せるとテトラはおもむろにそばに置いてあった一つのパーソナルロボットを手に取った。

するとテトラはそれを掘った穴に丁寧に置いた。

え……どういうことだ…?多分このパーソナルロボットってテトラのラビーだよな。今日も一日中背中に背負ったりしていたじゃないか…!?血迷ってしまったしまったのか…?とにかく状況が把握できない。

そうやってあたふたしている俺の雰囲気を察知したのか、テトラはことの経緯を語り始めた。

「実は今日で私がこの星にきてちょうど3年が経ったんだ…。一時期本部にいたことがあったから私のからだはまだ持つんだけど…ラビーの方は……もう今日でお別れなんだ……」

別にテトラは血迷っていたわけでもなんでもなかった。相棒であるラビーとの別れを惜しんでいたのだと……

というかここに来て3年って……じゃあ10歳の頃にここに来たっていうことなんだよな…。何をしてここに来たんだろうか…?あまりにもミステリアスすぎるな。

「ビー……テトラ……」

ラビーが今にもこと切れそうな声でテトラに話しかける。それをテトラは右手でラビーを撫で、

「ラビー、ゴメンね……。すぐ私も追いかけるから...それまで待っててね…。」

テトラは最後にそういうとラビーの入った穴を埋め始めた。

俺は場に圧倒された。別にラビーはロボットだから人間の死とはまた感じ方が違う。でも目の前で起こっていることがあまりにも虚しすぎてどうかしてしまいそうだ。俺は自然と両手を合わせ、合掌していた。


あれから少し経ち、テトラは完全に穴も埋め終えたようだ。そしてテトラは木でできた十字架を埋めた穴の上に置きしばらく感傷に浸っていた。

一方そのころ俺はというと近くにあった倒木らしきものに腰かけていた。いつまでも横に立っているとうざいだろうしな。そうしていると心が落ち着いたのかテトラは周りの様子を見渡した。そして俺のそんな様子を見つけたのかテトラはこっちにゆっくり向かってきたと思うとさっと俺の横に腰かけた。

「ここではパーソナルロボットの寿命が来たらこうやって弔うの。まあどうせ少ししたら爆発しちゃうんだけどね…。」

そういえばパーソナルロボットの抜け殻を他人に利用されないように寿命が来たパーソナルロボットは跡形もなく爆散してしまうんだな。でもまあこうやって弔いたくなる気持ちはよくわかるな。テトラは物悲しそうな顔をしていた。そりゃ3年間共に過ごしてきた奴との別れだもんな。

そう思いながら彼女をボーっと眺めているとそっと彼女は目を合わせてきた。

「で…今日はなぜ私を訪ねてきたの……?家に来たっていうことは私に何か用事があったりするのかな…?」

ああ、そういえば完全にここに来た目的を忘れていたな。これまでは場の空気に紛れ込めていたがよくよく考えると何で俺がここにいるんだという疑問がわいてくるのは当然のことだろう。でも今更この雰囲気で感謝と謝罪を言いに来ただけなどと言ったらめちゃめちゃ気まずくならないか…?本来はパっとテトラを見つけて、パっと言いたいことを言って帰るつもりだったもんな…。

ヤバい。というかよくよく考えるとそれだけのためにテトラに会いに来るって中々きもくないか…!?

そんなことを考えている間もテトラは俺をずっと見つめてくる。そんなじっと見つめられたら余計言いにくいじゃないか…!?

やばいやばい…!早く…言わないと…!

「今日はゴメンね……私のせいでいろいろめんどくさいことになっちゃって…。本当に嫌じゃない…?」

テトラは俺にそう言ってきた。まあそりゃ気にするよな。俺を無理やり連れだした挙句、俺に助けてもらったんだから。多分それはテトラもよく理解しているんだろう。負い目を感じてしまうのは当然だ。もし俺がテトラの立場だったら相当な負い目を感じるだろう。でもこの件については俺にも悪い部分はあると思っている。

「いえいえ…!謝らないでください…!謝るのはこっちの方です。俺の判断が遅かったばっかりに…。本当はあの時、討伐隊に参加したいと思っていたんです。でも…中々…その勇気が出なくて…。

でもそんな俺の背中を押してくれたのは……テトラ…さんだと思っていて……その……なんというか……とても感謝……しています……。

……それだけ……言いたかったんです……」

俺は言いたいことはすべて言ったと思う。昔だったら絶対にこんなこと、恥ずかしくて言えなかったのに……自分でも肌で成長を感じるようになってきている。テトラはボーっと俺の顔をしばらく眺めていたが、何かに気が付いたのか急にテトラは目を見開いた。

何だ何だ…?

「えっ……これだけを言いに私のところまで来たの…?」

うぅ……一番痛いところを突かれてしまった…。やっぱり引かれてしまったのか…?

俺はそう思いながらも恐る恐るうなずいた。するとどんどんテトラの様子がおかしくなっていく。どうした……?

「ぷっ…ハハハハハ!わざわざそんなことを言いに来たの?別に気にしなくても大丈夫だよ~!

というかどちらかというと私の方がユーギリのもとに謝りにいかないといけない立場なんだから。

……でもありがとね……!」

大笑いされてしまった。まあ妥当な反応といった感じなのだろうか?まあドン引きされなかっただけよかったと思う。

「いや~……。あ、あとそろそろ…その敬語……やめにしない……?」

意外なところを突いてきたな。まあでもよくよく考えれば同い年なのにずっと敬語っていうのもおかしいか…

「わ、わかりました……」

「あ…!また敬語使ってる!」

「あぁ……ごめん……」

ナチュラルに間違えたな。そう俺が恥ずかしがっているとテトラは嬉しそうにうなずいた。一時はどうなるかと思ったが大分仲が深まったな。まだまだ互いに知らないことはたくさんあるが…とりあえず一件落着といった感じだろうか。

そう思いやっと胸を下ろそうとしたがちょうど、一つ忘れていることを思い出した。

そうだ……あれを聞かないと今日は終われない…!俺は勇気を振り絞って言った。

「一つ聞いてもいいか…?」

「えっ…うん、いいよ。」

「前から思っていたんだが何でこんなところに住んでいるんだ…?それとなんで俺のことをこんな良くしてく

れるんだ…?」

やっと…やっと言えた……。昨日あれだけ踏ん張って言えなかったのに今日はあっさり言えたな。俺からの想定

外の質問に大分驚いているようだ。でも意を決したのかゆっくりと話し始めた。

「うーん……どこから話せばいいんだろう…。確かになんでこんなアクセスも何もかも悪いところに住んでいるのって疑問に思うことは別におかしなことじゃないか...。

うーん、まず結論から言うとあの私の家のそばにあるあの大きな植物の近くで生活するためなんだ。

で、まあ肝心なのはなんでこんな植物の近くで生活しようと思ったかだよね。さっきも言ったけど私はちょうど3年前にこの星に来たんだ。最初は右も左もわからず、今日という日を生きるために精一杯だったの。それでやっとの思いで本部にたどり着くことが出来たんだけど、なんというか気持ちも

落ち着いて、冷静になってみたら居心地が悪いなって感じちゃったの。

理由としては多分、その場の熱量に乗り切れなかったからだと思う。当時くらいからこの星から脱出するということが夢物語ではなく現実味を帯びてきて、みんなその話題で四六時中持ち切りだった。別にこの星から脱出しようとする考え方がダメって言ってるわけじゃないんだけど…どうにも乗り気になれなくて…。

結局本部を飛び出してきちゃったんだ。じゃあ地上に集落を作って住んでいる人たちと一緒に住むことも考えたんだけど…ここの人たちを見ると死に急いでいるように見えてしまって……それもなんか違うなってなっちゃったんだよね…。でもそんなこと言ったってほかに行く当てはもちろんないからしばらく各地を転々としていたの。

それでそんな日々を送っていた時、ここの集落にたまたま立ち寄ったんだ。そこで私は一人の少年に出会ったの。いや少年というには幼すぎるかもしれないくらい、多分年は6歳とかだったと思う。

何でそんな年の子がいるのって思ったでしょ。私も初めて会ったときはそう思った。見た目もこの星には似合わないくらい可愛くて、目がキラキラしていて、好奇心が旺盛で、まさに年相応の純粋無垢な少年といった感じだったの。

で、その子……実は受刑者としてこの星に来たんじゃなくて……受刑者との間に生まれただったの。その子の親はもともと本部にいたんだけど、本部自体が受刑者の出産をあまり歓迎する空気じゃなかったの。まあ本部の方も近年じゃ人口過多が深刻な問題になってきていたからそんな空気が出ちゃ

うのは仕方ないとも思うんだけどね。

でもそれで両親はどんどん本部で孤立していってしまって、その子の母親の方が出産によるストレスも相まってその子がまだ赤ちゃんだったころに亡くなってしまったの。

そして残った父親の方は男で一つでその子を育てていたんだけどその子が3歳になった頃、二人の存在が本部全体の空気を悪くしているとして本部からの退去命令が下されたの。まあ組織をまとめるためにはこういう切り捨てが必要だということくらい私もわかっているつもりなんだけど…流石に少しひどいよね……。

で、そんな二人が頼ったのがこの集落だったんだ。やっとひと段落できると思ったのもつかの間、父親の方の浸食がすすんでしまって……その子が4歳の頃に亡くなってしまったの。

それでそんなことを聞いちゃったら誰だってそばにいてあげたくなるでしょ?そうやって何回が遊び相手になっているうちに予想以上に私になついてしまって……そうなったら中々この集落から発ちにくくなっちゃって……そんな日々を過ごしているうちにこう思ったの。

私はその子の最後の時までそばにいてあげようって。それからその子が死ぬまでの数か月間、悔いのないようにいっぱい思い出を作った。それでその子も死の直前まで幸せそうだったし、私もこの星にきて以来、一番幸せな期間だったと思

う。

でもそんな幸せな時はすぐに過ぎて行って、最期はいつも遊んでいたこの小高い丘で最期の時を迎えたいっていうその子の意思を尊重して、私の家がある小高い丘の頂上で看取ったの。

で、まあそうなればこの集落にいつまでも滞在する理由はないから、また私は旅に出たんだ。

でもそうして半年くらいが経った頃だったかな?その子の最期を看取ったところにお墓を立てていたから、そのお墓によって行こうと思って久しぶりにこの集落に寄ったんだ。

そしたらね……その子のお墓を建てたところにこの巨大な植物が生えていたの。私は一瞬それを見たとき頭が真っ白になってしまったけどよく観察したり、その植物と触れ合っているうちに気付いたんだ。


この植物はその子の生まれ変わりなんだって。


別にこれは迷信とか私がただそう思いたいとかそういうわけじゃなくて、生前のその子と一致することがたくさん気づいたの。生前好きな遊びだったり、食べ物だったり、そのすべてが一致したの。今はこの子と信じるかはユーギリの勝手にすればいいと思うけど私はそう確信してる。

...あの植物が死んでしまったベコンだって。」

俺はあまりの情報量に唖然となってしまった。まずあの植物って……さっき俺が戯れていたあれのことだよな……?それが死んだ受刑者の生まれ変わりだなんて……オカルトと片付けてしまいたいところだが…、俺はテトラの言っていることが少しわかる気がしてしまう。あの植物…ベコンと触れ合ったとき、妙な安心を感じた そしてそれは人間特有の温かみを感じるものな気もしたのだ。だからこのオカルトじみたものを否定できない自分がいた。しかしこの星で生まれた子供がいるのか……。まあでもこんな環境下だったら避妊も十分にできないだろうしな。だがあまりにも胸糞すぎるな。ベコンには何の罪もないのに…現実というものはとことん非情なものなんだなと肌で体感した気分だ。

……ん?ちょっと待てよ……テトラは確かいつもテトラの頭の上に乗っている生物をベコンって呼んでいたよな……?でもあのでっかい食虫植物みたい植物もベコンなのか?と俺がそう思っていると俺の疑問を察したかのようにテトラがこう答えた。

「ベコンはあの巨大な体とは別に分離自立して動く小さな本体があるんだ。その本体が巨大な植物の体から分離しているときはその植物のからだの機能は停止して、その代わり小さな本体の方が自由に動き回る。それでまた植物のからだに本体が戻るってなったら分離していた植物のからだと再度合体して、本体が操るようにあの大きな植物のからだが動くようになるの。今は後者の状態だね…!」

なるほど、だから頭に乗っていた生物のこともベコンって呼んでいたのか。それにしても特殊すぎる生態だな。よりベコンがもともと人間であるということを思わせてくれる。

「でもいつまでもここにいるわけにはいかない。もちろん残り少ない命が残っている間に死に場所を見つけないといけないっていうのもあるんだけど……同時にベコンが私がいなくなることで寂しくなってしまうかもしれないからという理由を言い訳にしてここを死に場所にするのは良くないとも思うの。それも悪くないのではって思うかもしれないけど、そんな気持ちでベコンのもとに残り続けてベコンが果たして嬉しいのかな?って。

まあ普通に考えたらベコンの生まれ変わりかもしれないっていうのも単なる迷信だし、それを盲目的に信じるっていうのもなんか違う気がして……。だから……今のこの悶々とした現状をユーギリと旅に出ることで打開できると思ったのかもしれない……。

ベコンの本体だって無限に分離していられるわけじゃなくて定期的に植物のからだに戻って栄養を補給しないといけないの。だから君を使うことによって今のジレンマから抜け出せると思ったんだと思う。

でも自分の思い通りにならないからって無理やり討伐隊に参加しようとしていい理由にはならないよね……自分が小さい人間だということを改めて自覚したよ……」

俺は完全に固まってしまった。こんなにもテトラから悲壮感を感じたことは初めてだった。この星に来てしまった以上、ある程度のことは彼女だって理解しているだろうがそれでも救いがなさすぎる。なんというかテトラの言葉からは絶望も感じないが希望も感じない、そんな実感がするのだ。

本当だったらこんな時、慰めの言葉の一つくらいかけるべきなんだろうが……俺はこんな時、人にどんな言葉を投げかければいいのか全く知らなかった。

「ゴメンね……!長いことこんな話に付き合わせちゃって…。」

俺は結局この日、何も彼女に言葉を投げかけてあげることが出来なかった。

しばらくあのあとは静寂な時間が流れた。がテトラはその何とも言えない気まずい時間に置かれていたたまれなくなったのか、それとも俺を気遣ってなのかはわからないがテトラはぐちゃぐちゃになった心を取り繕って早々に家に帰ろうとした。

そのテトラの雰囲気は中々近づきがたいものを醸し出していて、もう俺が気休めを言える状況ではなくなっていた。



俺は結局何も気の利いたことは返せず、情けない思いをしながら帰路についていた。何度忘れようとしてもまた脳裏によぎってしまうテトラの哀しい言葉。どれだけ表を取り繕うがにじみ出てしまう悲壮感。

なぜだろうか。彼女のことを考えていると自然と胸が締め付けられる感覚がする。どうしてもいたたまれない感情になってしまう。

ああ、もしかして俺はテトラのことを本気で想っているのか……?

本気で彼女に同情して、共感して、自分ごとのように捉えてしまって……そうじゃないと今の状況は説明できない。


...涙が止まらない今のこの状況を。

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