JD聖剣無双 ~女子大生、インチキ占い師に聖剣を託される~

杉戸 雪人

聖剣伝説 前編

インチキ占い師――メルリン萌子もえこには三分以内にやらなければならないことがあった。

それは、目の前に座っているくすんだ眼をした女子J大生Dの命を救うことだ。


「――もういいです。私の人生、終わりです」


占いサイトによると名前の画数が最悪なJD――竜宮麻美たつみや あさみはそう言うと、萌子の目の前でナイフを取り出した。それを自身の首にあてがい、一番太い血管に近づけてゆく。


(たく……あたしは占い師であって相談所の職員じゃないのよ)


萌子は瞳を閉じ、心の中で文句を垂れた。

目を開き、机に置かれたルーン文字の意匠を凝らした特注の時計を眺める。


(あと三分ね――)


メルリン萌子にはポリシーがあった。

時間厳守もその一つだ。


詐欺師まがいのことをしている自覚はあったが、それゆえに占い以外の部分はきっちりする必要があった。店の内装しかり、立ち居振る舞い方、話し方もそうだ。適当な姓名判断の結果さえあれば、後は他の部分で占い師力を補い、思考誘導をしていけばいい――


(――まあ、その結果がこの様なのだけれど)


萌子は顔に出さずに自嘲しつつ、あさみと向き合う。


「待ってちょうだい」

「待ちません……今ここで死にます」

「せめて、あたしの占いが終わってから死になさい。あと三分でいいから」

「……」


別にあたし以外の誰かが死のうが知ったこっちゃないわ。

ただ、店の前で死なれちゃ商売上がったりなのよ――


「――もう一度聞くけど……あなた、本気なの?」

「冗談だと思ってるんですか。やりますよ、私は」

「ふふ、いいわね」

「……萌子さん、私を馬鹿にしてるんですか?」


そう言って、あさみはナイフの切っ先を萌子に向けてきた。首を切るには申し分ない切れ味がありそうね。


「馬鹿にしてなんてないわ。ただ――」

「……ただ?」


ここでたっぷりと間を置く。このJDちゃんがあたしの話を聞きたくて仕方ないって思わせるの。そして、焦らずゆっくりと口を動かす。


「――もったいないなと、思っただけよ」


あさみの険しい顔に、好奇の相が表れた。かかったわね。


「本当に、あなたは今ここで死ぬべき女なのかしら」

「どういうことですか」


メルリン萌子は刃を突き付けられたまま、言葉を紡ぎ始める。


「ここまで聞かせてもらったけれど……あなたの元カレはキング・オブ・クズ――クズの中の王ね。天涯孤独のあさみさんの弱った心につけ入り、金をむさぼった。むさぼり終えたらポイだもの……許せないわ」


萌子はあさみの顔色をうかがいつつ、共感と怒りを言葉の裏に忍ばせた。


「けど……騙された私が悪いから」


あさみはうなだれ、ナイフを持った腕が垂れ下がった。この子のこと、大体分かってきたわね。


「あさみさん、あなたにこの世で最も普遍的な不変の真実を教えてあげる」


萌子は声色を変えた。女というあさみにとっての対等な存在から――


「騙される方が悪い? そんなことはありえない」


――彼女を導く神の声に。

あさみはハッとした表情で顔を上げ、その瞳を揺らした。


「いつだって、騙すヤツらが悪いのよ」


七五調の言葉は、日本人の心を揺さぶる。

いつだってね。


「でも、私は……」

「あなたは悪くない。そうでしょ?」

「わ、私は……悪く……ない?」

「そうよ。悪いのは、あなたの元カレ――いいえ、悪魔よ」


悪魔――そう断言してから、萌子は立ち上がり、椅子の脇によけた。

あさみの目には、萌子の背後に隠れていた美しい短剣が目に映ったことだろう。

萌子は、剣の鞘の部分を左手に、刀身と同じくらいの不自然なほどに長い持ち手の部分を右手に乗せ、仰々しく天に拝する動作をして見せた。


「それは、いったい――」


あさみが気になるのも無理はない。それだけの存在感を放っているのだから。

萌子は、座っているあさみの目の前に、ゆっくりとその短剣を置いた。

赤いテーブルクロスの上に横たわるそれは、まるで惨劇を予感させるものに見える。


「あさみさん、ナイフをお渡しなさい」


萌子は、言い終わる前にあさみの手からナイフを取った。

あさみの震える手だけが残っている。


「代わりに、その剣をあなたに託すわ」

「……代わり? 何ですかこの剣は」


萌子は目を細め、剣の全体を愛おしそうに眺めた。


「聖剣――キャリバーン。エクスカリバーとも言うわね」

「キャリ……バーン」


あさみはそれがまるで重大なものであるかのように、言葉を繰り返す。

その様子を見ながら、萌子は小さく何度かうなずいた。

そして、口を開く。


「悪魔を刺して生まれ変わるの。それがあなたの運命なのよ――」

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