第3話─鍋底の大地へ

『着いた……ここがクァン=ネイドラ、通称【鍋底の大地】ですか……』


 ワープゲートをくぐったユウは、目的地……クァン=ネイドラにたどり着いた。風薫る草原に出た彼は、キョロキョロと周囲を見渡す。


『確か、パパの知り合いがボクを待ってるって言ってましたけど……誰もいな──!』


「あら、よく見破ったわね。ふふ、流石リオ様たちに鍛えられたというだけあるわね。ごきげんよう、北条ユウくん。私はシャーロット・ディ・ギアトルク。あなたと共に戦うパラディオンよ。よろしくね」


 首を傾げたその時、僅かな殺気を背後に感じて振り返る。すると、どこから現れたのか一人のエルフの女性が立っていた。


 薄い緑色のローブを身に着け、その上から黒いケープを羽織った女性……シャーロットは微笑みながら己の名を告げる。


 腰まで伸びた金色の髪が風になびくのを、ユウは綺麗だなと思いながら見つめていた。


『あ……はい! あの、これからよろしくお願いします』


「ええ、こちらこそ。……あなたの吃音についてはリオ様から聞いているわ。だから、そのまま念話を使ってくれて大丈夫よ」


『それも聞いてたんですね。……お気遣い、ありがとうございます』


「ふふ、いいのよ。さ、こんなへんぴなところで経ち話もなんだし街に……!」


 和やかに話をしていた、その時。シャーロットの右足首に取り付けられている緑色のマジンフォンからアラームが響く。


 少し遅れて、ユウの持つマジンフォンからもけたたましいアラームが響いてきた。これが意味することは一つ。


 彼らの近くに、リンカーナイツに与する異邦人が現れたということだ。


「早速お出ましのようね、ユウくんも着いてそうそう災難ね……よし、いきなり実戦は危ないから今回は私の戦いを見てて。そこから基本的な戦い方を学んでもらうわ」


『はい、勉強させてもらいます!』


「素直でいい子ね、リオ様たちの教育が良……ん、来たわ!」


 半年の間、リオたちに鍛えられたとはいえ右も左も分からない状態で実戦は危険。そう判断したシャーロットは、ユウを見学させることに。


 ユウもそれが合理的だと判断し、彼女の指示に従う。そこに、敵対者たる異邦人が現れる。やって来たのは、漫画でしか見ないような長いモヒカン頭をしたガラの悪い男だ。


「お、こんなところに未開種が二匹もいやがるな。この榊原正人さかきばらまさとサマに見つかっちまうたぁ運がねえなあ、へへへ」


『み、未開種……?』


「リンカーナイツの連中が使う、大地の民に対する蔑称よ。本当に野蛮で未開なのはどっちかしらね。人に迷惑しかかけないカスのクセに」


 男……正人なる人物の酷薄な物言いに、シャーロットは顔を歪める。一方、ユウは相手の胸元に付けられているバッジに気が付いた。


 互いの尾を咥え、円を描く二匹の蛇『ウロボロス』の中心に青色のRの文字が刻まれている。ユウの視線に気付いたシャーロットは、相手を見たまま答える。


「あいつが付けてるのはリンカーナイツのメンバーである証よ。連中はアレを目立つところに付けてるから一発で分かるわ。自己主張が激しいわよね、ムダに」


「ああ? てめぇ、俺サマをバカにしやがったな!? 許せねえ、俺サマの【チート能力】でぶっ殺してやる!」


 毒を吐くシャーロットに怒った正人は魔法を使い無数のナイフを呼び出す。それを見たユウは一歩下がりつつ、彼女にだけ聞こえるよう念話で語りかける。


『頑張ってください、シャーロットさん! 今回見学する代わりに、ボクのチート能力……【庇護者への恩寵】のパワーを授けます!』


『あら、ありがとう。ふふ、こうして念話を使えば相手に情報が漏れなくて安心ね』


『ぴっ!? シャーロットさんも念話出来るんですか!?』


『ええ、私からすれば基礎技術よ』


「来ねえのか? なら俺サマから行かせてもらうぜ! 食らいな、チート能力【死に至る蝕みモータルコドン】発動!」


 二人が密談していることなど知らずに、正人は一人で盛り上がりチート能力を発動する。直後、宙に浮くナイフの刃が紫色に染まった。


「ヒャハハハ、こいつにちょっとでも掠ったら即座にあの世行きだぜ! 何分生きてられるかなあ!」


「面白いわね、そんなもの全部避けるだけよ!」


『今です、【庇護者への恩寵】発動!』


 ナイフが放たれるのと同時にシャーロットは大きな弓を呼び出す。そして、魔力を用いて矢を作り出し飛んでくるナイフを撃ち落としていく。


 そのさなか、ユウは自身の持つチート能力を発動してシャーロットの援護を行う。直後、シャーロットの頭の中に声が響いた。


『庇護者への恩寵を与えます。俊敏性及び動体視力の向上、さらに毒への耐性を付与します』


「!? 凄い……いつもより身体が軽いわ。これがユウくんの力……!」


 その直後、シャーロットは自身の変化を感じ取る。いつもより素早く動けるようになり、普段の倍近い速度で攻撃と回避が出来るようになったのだ。


 動体視力も上がり、高速で飛んでくるナイフの軌道も楽に見切れるように。ユウへと飛んでいく分も含めて、全てを射落としていく。


「な、なんだと!? 未開種風情に俺サマのナイフが……」


『シャーロットさん、頑張って~!』


「ああ……可愛い。あんなに一生懸命に応援してくれてる……! ふふ、先輩としてユウくんにかっこいいとのろを見せないとね!」


 自慢の攻撃を全て防がれ、呆然とする正人。数メートル離れたところで、ユウが九本の尻尾を振りながらシャーロットに声援を送る。


 やる気が出てきたシャーロットは、つがえた矢に闇の魔力を纏わせる。そして、やじりを円錐状の暗黒の槍へと変えた。


「見せてあげるわ、お父様から受け継いだ闇の魔法と弓矢の融合技術を! 闇魔法、ディザスター・アロー!」


「チッ、舐めるな! 俺サマはカテゴリー4の実力者なんだぞ、たかが未開種のエルフ如きにィィィ!!」


 飛んでくる矢を、複数のナイフで形作る盾で防ぎながら歯ぎしりする正人。だが、彼がどれだけ憤ったところで状況は変わらない。


「長引くと逃走しそうね……よし、一気にケリを着けさせてもらうわ。ユウくん、よく見ていて。リンカーナイツに与する者はこうやって倒すのよ!」


 そう言うと、シャーロットは同時に五本の矢を放って正人を足止めする。その間に足を上げ、右足に取り付けたマジンフォンをケースから外す。


 そして、画面の下部に表示されている0から9のナンバーをチラ見し、素早く四桁のパスコードを入力していく。


【4・1・8・3:マジンエナジー・チャージ】


「行くわよ……ビーストソウル、リリース!」


『わあっ!? シャーロットさんの目の前にオーブが……!』


 シャーロットがパスコードを入力すると、マジンフォンから音声が響く。そして、シャーロットの目の前に弓の形をした紋章が入った黒いオーブが現れた。


 オーブがひとりでにシャーロットに吸い込まれ、彼女に獣の力を与える姿を変化させていく。両のこめかみから斜め後ろに細長い角が生える。


 さらに、下半身が山羊のソレへと変化し……シャーロットは、バフォメットのような姿へ化身した。マジンフォンを足のケースに戻し、シャーロットは不敵に笑う。


「ふう……。私たちはこの機能を使って、リオ様たちベルドールの魔神のように獣の力を使えるの。この姿になれば……」


「げえっ!? ナイフを素手で握り潰しやがった!?」


「こういうことも出来るのよ」


『凄いです……シャーロットさん、かっこいい!』


 苦し紛れに放たれたナイフを掴み、そのまま握り潰してしまうシャーロット。ユウのチートによって毒を無力化出来ているからこその荒技だ。


 異形の姿となったシャーロットを見て、ユウは目を輝かせる。あらかじめマジンフォンの機能については父に聞かされていたが、実際に見たのはこれが初めて。


 尊敬の眼差しを向けるのも無理からぬことだった。


「ク、クソが……! ふざけやがって、未開種は俺サマたちに狩られてりゃいいんだよ! ナイフテンペスト!」


「ムダよ、獣の力とユウくんのチート能力の加護を得た私にそんなものは効かない。これで終わりよ!」


 シャーロットはそう叫び、マジンフォンに魔力を流し込む。すると、画面が光を放ち始める。再び足を上げ、画面をタッチすると音声が響く。


【レボリューションブラッド】


「準備完了! 奥義、ディザスター・アロー【終焉ジ・エンド】!」


「う、ぎゃああああああ!!」


 飛んでくるナイフを全て無傷で受けきっシャーロットは弓を構える。そして、巨大な闇の槍と化した矢を放ち正人を貫いた。


 胴体に風穴が空いた正人は、ゆっくりと崩れ落ち動かなくなる。だが、驚くべきことにまだ息があるようだ。


「ぐ、かふっ。チート……だぁ? なるほど、あのキツネのガキも……がはっ、俺サマと同じ異邦人……」


『な、なんであれでまだ生きてるんですか……? ちょっと怖いです』


「リンカーナイツに与する者へのトドメの刺し方をレクチャーするために、あえて治癒の魔力を少しだけ練り込んでおいたのよ。さ、こっちに来てユウくん」


 シャーロットに手招きされ、ユウは覚悟を決めて彼女の元に向かう。信念を持って、自らこの地へ来た以上尻込みすることは出来ない。


 ユウが来た後、シャーロットはマジンフォンを操作して先ほどとは別のパスコードを打ち込む。


【4・4・4・4:ソウルデリート】


「いいかしら、ユウくん。こいつらリンカーナイツのメンバーは、【輪廻の加護】という特殊な力に守られているの。普通に息の根を止めても、しばらくしたらまた復活してしまうの」


『そうなんですか? じゃあどうやってそれを阻止するんです?』


「方法は二つ。一つは、さっき私がやったようにレボリューションブラッドを発動させて奥義を使う。もう一つは、マジンフォンの機能【ソウルデリート】を使って魂を消滅させるのよ」


 シャーロット曰く、レボリューションブラッドは一時的に使用者に流れる血を神のソレに進化させることで魂を消し去る力を宿す機能。


 それを用い、奥義を以て仕留めることで異邦人の輪廻転生を許さず消滅させることが出来るという。それと同様のことを、マジンフォンで代用出来るらしい。


「わざわざ獣の力を使うまでもない小物が相手の時は、魔力の節約のためにこの機能を使うの。この状態のマジンフォンを相手にくっつければ……」


「や、やめろ! やめ……あああああ!!」


『消え、ちゃいましたね。これで彼はもう……』


「ええ、完全に消滅したわ。もう二度と、人々を苦しめることはないのよ」


 マジンフォンの角で触れた瞬間、正人の身体が一瞬でチリとなって消滅した。身も魂も、完全に滅び……シャーロットの言うように、二度と輪廻の輪に加わることはない。


「とまあ、これが私たちの戦い方よ。リンカーナイツと戦うには、このマジンフォンが不可欠。偉大なる魔神に認められたパラディオンだけが使うことを許される装具なの」


『そうなんですね……なら、ボク頑張ります! シャーロットさんのような、強くてかっこいい戦士になってみせますね!』


「ふふ、期待しているわ。一緒に頑張りましょうね、ユウくん」


 やる気満々なユウを見て、シャーロットは笑う。この時、二人はまだ知らなかった。この出会いから、全てが始まることを。


 大地を救うための小さな一歩を、少年は踏み出した。

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