第20話 かえって好都合でしたよ

 ガチャリ。


 外から中を確認するための小さな鉄格子付きの窓しかない馬車の車室に乗せられ、外側から鍵を閉められた。

 罪人を輸送するための馬車なので当然だけど、車窓は非常に頑強な造りをしていて、恐らくは巨人に踏み潰されてもビクともしないだろう。


 冤罪により百年の流刑を言い渡された僕は、このまま未開の地へと連れていかれる予定であった。


 もちろん、このまま大人しくしているつもりなどない。


「メタルメルト」


 僕の右手首に嵌められていた金属製の腕輪がどろりと溶け、液状化して足元に落ちる。

 第二階級黄魔法のメタルメルトは、金属を溶解させる魔法だ。


 この腕輪はそもそも僕の魔法を封じるためのものだったのだが、性能が低くてほとんど効果がなかった。

 それでもこれから行う予定の繊細な作業をするには少々鬱陶しかったので、先に解除しておいたのである。


「今のうちに、と。クリエイトドール」


 これも第二階級黄魔法のクリエイトドール。

 その名の通り土の人形を作り出す魔法なのだが、魔力操作能力の長けた僕がやると、芸術品が完成する。


「よし、完璧だね」


 自分の姿そっくりになった人形に、僕は満足して頷く。

 定期的に馬車の中を確認されるはずだけれど、これでしばらくは気づかれないだろう。


「あとは……ディヴィジョンウォーク」


 ディヴィジョンウォークは第二階級の時空魔法だ。

 一時的に時空を超越することで、壁の透過が可能になる高難度の魔法である。


 車室から出ると、すぐさまシャドウハイディングで影に身を潜めた。

 乗客がいなくなったことなど知る由もなく、護衛の騎士たちと共に街道を進んでいく馬車を見送った僕は、ゆっくりと影から這い出す。


「さて、いったん王宮に戻るとするか」





 幼い頃から幾度となくこっそり王宮を抜け出してきた僕だ。

 逆に内部に忍び込むことなど造作でもなかった。


「部屋はすっかり掃除されてしまったみたいだね」


 あの日、騎士たちに連行されて以来の自室にまで辿り込むと、すでに僕の私物や調度品などは運び出され、寂しい光景となっていた。

 当然ながら侍女たちの姿もない。


 生まれてから十年を過ごした場所の変わり果てた様子に寂寥感を覚えつつも、僕は部屋の隅の壁際へと向かう。

 そこに手を触れると、壁が僅かに波打つ。


 そのまま僕は壁の中へと入っていく。

 その先に広がっていたのは、第三階級の時空魔法ディメンションスペースによって作り出した亜空間だ。


【アイテムボックス】をクラフトするときに利用する魔法と同様のものだが、持ち運び可能な魔道具と違い、出入り口を固定させることで亜空間の容量を広げることが可能なのである。


 そこには僕がクラフトした魔道具や、その試作段階のもの、さらには魔石や素材などが大量に保管されていた。


 さすがに全部は持っていくことができないけれど、丸ごと置いていくのはあまりに勿体ない。

 そのためわざわざここまで戻ってきたのである。


 持っていくものを厳選して自作の【アイテムボックス】の中に入れていく。

【アイテムボックス】が複数あればよかったのだが、クラフトに必要な魔石が非常に希少なので、残念ながら今はこの一つしかない。


「こんなところか」


 結局、三分の一くらいしか持ち出せなかったが仕方ない。

 できれば図書室の魔法書も幾らか持っていきたいものがあるが、王宮のものなのでやめておいた。


 亜空間ごと消滅させ、がらんとしたかつての自室に戻る。

 もう二度とここに帰ってくることはないだろう。


「……せっかくだし、挨拶だけはしてこようかな」





 第三王子フリードは自室にいた。

 影の中から姿を現した僕に絶句し、頬を引きつらせて後退る。


「せ、セリウス!? き、貴様っ……なぜここに!?」

「そんなに慌てなくて大丈夫ですよ、兄様。一応、お別れの挨拶をしておこうかと思ってきただけですから」

「馬鹿なっ、貴様はすでに流刑地に出発したはずっ……おい、何をしている!? 侵入者だ!」


 いつもの冷静沈着な姿はどこへやら、フリードは恐怖で顔を歪めながら配下を呼ぶ。


「叫んでも無駄ですよ。この部屋の音は今、絶対に外に漏れないようにしてありますから」


 第二階級緑魔法サイレントによって、完全な防音状態になっているのだ。


「くっ……貴様、魔法使いが一対一で剣士に勝てると思っているのか……っ!」


 フリードは腰に提げていた剣の柄に手をかけたが、なぜか鞘から引き抜くことができなかった。


「剣が抜けない!? どういうことだ!?」

「僕の魔力で押さえ込んでますので」

「そ、そんなことできるわけがない!」

「できますよ。相応の魔力量と魔力操作能力があれば。そしてそこまで僕の魔力が届いているということは、どういう意味か、聡明な兄様なら理解できますよね?」

「っ……」


 距離にして五、六メートルほど離れているが、フリードはすでに完全に僕の間合いに入っているということ。

 フリードはがちがちと歯を鳴らし始めた。


「ひっ……ま、待ってくれっ……お、俺が悪かった……っ! 裁判官を買収し、あらぬ罪でお前を陥れたのは俺だ……っ! こ、怖かったんだっ! お前の存在がっ! 幼くして幾つもの魔道具を発明し、あれほどの魔法を使いこなすっ……このままでは、確実視されていた俺の王位継承も危ういっ……そう思ってっ……」


 その場に両膝をついて必死に謝罪してくるフリード。


「い、今からでも遅くはないっ……俺が罪を自白し、お前の潔白を証明すると約束しよう……っ! だ、だからっ……命だけはっ……」

「ええと、何か勘違いしてませんか? 僕は王位なんて興味ないですし、なんなら別に濡れ衣を被ったままでも構いません」

「え……?」


 フリードは唖然とする。


「あ、なるほど。もしかして、王子に生まれたら誰もが必ず王位を欲するものだと思ってます? そんなことないですよ。ていうか、今までそんな素振り、見せたことないですよね? むしろ僕は王族なんて制約の多い環境、心底ごめんだと思ってました。だから今回の島流し、かえって好都合でしたよ。この機に自由の身になって、世界各地を気ままにのんびり旅するつもりです。なので別に兄様のこと、恨んだりはしてません」


 思っていたより器の小さな人間だなと、幻滅したぐらいである。

 それでもこの国の次の王位は、この男が担うしかない。


「さっき言った通り、お別れの挨拶にきただけで、復讐しにきたわけじゃないです。強いて言えば……僕の冤罪のせいで、アーベル家は大きな不利益を被ったと思います。それだけ兄様の力でどうにかしていただきたいかな、と」


 僕一人が罪を背負うだけなら良いが、実家のアーベル家にまで累が及ぶのは避けたかった。


「そ、そんなことならお安い御用だっ……」


 フリードは必死に首を縦に振って頷く。


「本当ですか? 約束ですよ? ……一応、念のため。シャドウナイツ」

「ひぃっ!?」


 影の騎士たちが出現し、フリードの周りを取り囲んだ。

 それからいったん影の中へと引っ込んでいく。


「影騎士たちを監視役として置いておきますね? 僕がどれだけ離れても自動で任務を遂行してくれるよう、カスタマイズしてあります。もちろん念のためですよ、念のため」


 もちろん魔力が届かない距離まで離れると消失してしまし、フリードもそれくらいの魔法の基礎は認識しているはずだ。

 だが、もしかしたら……と思わせるだけで脅しとしては十分だろう。


「それじゃあ、兄様。ぜひ立派な王様になってくださいね?」

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