第2話 図書室に入りたいのか

 僕が転生したロデス王国では、生まれてきた王子が生後一か月のときに初めて父である国王に謁見することができる。

 拝謁の儀と呼ばれるこの儀式を経て、同時に王位継承権が付与されるという。


 僕は第五王子。

 上に四人の兄と三人の姉がいるが、女の子は王になれないため、王位継承順位は第五位ということになった。


 ただし、単純に順位が高い方が王位を継ぐわけではないようだ。

 本人の能力だったり、母方の家の位だったり、そういうものが影響してくるという。


 そしてどうやら僕の母の家であるアーベル家は、だいぶ力が弱いらしい。

 加えて当の本人が病弱でほとんど動けないため、王位を継ぐ可能性はほぼないとされているようだった。


 王子が産まれると王宮内の一部が王子とその母専用の居住スペースとして貸し出されるのだけれど、僕のそれは端っこも端っこ。

 アーベル家が用意した侍女の数も、他の王子たちと比べてかなり少なかった。


 まぁ正直、僕は王位になんてまったく興味がない。

 むしろせっかく異世界に転生したのだから、魔法を使えるようになって、この世界の色んな所を旅してみたい。


 三か月が経つ頃には、そこそこ自在に魔力を操れるようになっていた。

 魔力というのは物理的な力も伴うようで、今では少し離れた場所にある物を動かすこともできたりする。


 魔力の総量も随分と増えたと思う。


 起きている時間はほぼずっとこれに時間を費やしていたからね。

 赤ちゃんなので寝る時間がかなり長いのだけど、それでも最近は少しずつ日中に眠くなることが減ってきている。


 魔力が増えてくると、早く魔法を使いたくなってきた。

 でも生憎やり方がまったく分からない。


 イメージすればできるタイプかと思って、何度も頭の中に魔法を思い描いてみたが、まったく発動する気配がない。


 詠唱が必須なパターンだろうか?

 それとも魔法陣が必要か?


 うーん、どうにかして魔法の情報を得られないものか……。





「セリウス様!? まさか、もう歩けるようになったのですか!?」


 侍女の驚く声が響く。


「あうあー」


 生後四か月。

 僕は二本足で立ち上がり、少しなら歩くことができるようになっていた。


 頑張って練習したからね。


「あうあうあー」

「お外を歩きたいのですか?」


 普通はまだ一日の大半を自分の私室――5LDKくらいはある――で過ごす時期だけれど、僕があまりにも部屋の外に行きたがったため、王宮内や庭を散策できるようになった。もちろん侍女が同行している。


 外に出たかったのは他でもない。

 図書室を探すためだ。


 王宮内に図書室があることは、周りの大人たちの話で聞いていた。

 きっとそこに行けば、魔法に関する書物もあるはずだと思ったのである。


「(あった!)」


 赤子の小さな身体で広い王宮を探索し、図書室を見つけ出すのはなかなか大変だったけど、ある日ついに発見することができた。


「あうあうあうあー」

「図書室に入りたいのですか?」

「あう!」


 訝しみながらも、侍女は図書室の扉を開けてくれた。


「うあーっ!(すごい! めちゃくちゃ本がたくさんあるぞ!)」


 さすが王宮の図書室だ。

 ぱっと見ただけでも、蔵書の数は図書室のレベルではない。立派な図書館、いや、完全にそれ以上だ。


「セリウス様は本がお好きなのですね」


 僕が目を輝かせて興奮していると、侍女が苦笑する。


 魔法に関する書物も当然のように置いてあった。

 しかも広い図書室の一画を丸々占めるほどの蔵書量だ。


 たくさんあり過ぎてどれから読んでいいのか分からなかったが、とりあえず手当たり次第に手に取ってみることに。

 お、重い……っ!


「まさかお読みになるおつもりで……? い、いえ、さすがに文字は分からないはずですよね……。なんにしても、魔法書は危険ですからまだセリウス様には早いです」

「あっ」


 読もうと思っていた本を侍女に戻されてしまった。


「あちらに絵本がありますから。絵本ならどれでも好きなものを読んでいただいて構いませんよ」





 どうやらまだ赤子の身では魔法書を読ませてもらえないらしい。


 無論、そんなことで諦めるはずがない。

 夜中にこっそり私室を抜け出し、図書室にやってきていた。


 しかし、


「あけらんない……」


 赤子の小さな身体では、ドアノブまで手が届かず、扉を開けられなかったのだ。


 いや、こんなときこそ魔力の出番だろう。


 かなり自在に操作できるようになった魔力を伸ばせば、ドアノブまで届くはずだ。

 まだ腕ほど器用には扱えないので、届いたところでちゃんと回せるか分からないが、やってみる価値はある。


 と、そのときだった。


「そこで何をしてるんだ?」

「っ!?」


 突然声をかけられ、ビクッとしてしまう。

 振り返るとそこにいたのは、まだ十歳かそこらと思われる少年だった。


「お前……第五王子か?」

「あうあ?」

「もう歩けるようになったとは聞いていたが、まさかこんな夜中に私室を抜け出すなんてな」


 驚いたように言うこの少年を何度か見たことがあった。


 確か、第三王子だ。

 つまり僕の兄にあたる人物である。母親が違うので腹違いということになるが。


「図書室に入りたいのか?」

「……あう」


 頷いてみると、不思議そうな顔をしつつも、第三王子はドアノブを回して扉を開けてくれた。

 え、親切……♡


 よく考えてみたら赤子の勝手な徘徊を許しちゃダメだろと思うけど、相手もまだ子供だしね。

 ともあれ、お陰で無事に魔法書を読むことができたのだった。

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