第5話 健人という人間

 あおいは甘え下手なのか、健人けんとに対して期待することをやめたのか、その場に足を止め、ひとり深呼吸を繰り返している。


 その姿が痛々しく、直樹なおきは今すぐにでも駆け寄って手を差し伸べたい衝動に駆られた。だが、そんな出過ぎた真似はできない。

 自分の気持ちに目を背けたのだった。


「さて、早速中を探検するか!」


 健人は気合十分だ。さっそくポケットからスマホを取り出した。

 亮平りょうへいはワンボックスカーのトランクから、掃除道具を取り出している。


「トイレと風呂くらいは使えるようにしようぜ。じゃないと、莉奈りなと葵が困るだろ?」

「え、なに? 風呂、湧かせるの?」


 健人の素朴な疑問に、直樹が抑揚のない声で答える。


「薪風呂らしい。ってか、バス通りに銭湯があるって話だから、そこに行くつもりだった」


「そうか。でも、薪風呂なんて滅多に入れるものじゃないし、俺はこっちのほうがいいな。そういうの、SNSに載せたらウケそうじゃん」


 ノリだけで生きている健人らしい発想だ。

 そんな健人に葵が惹かれたのは、別世界へのあこがれだろうか。


 大学卒業後、正規の職には就かず、古着屋でバイトをしながら休む暇なく遊び歩いている健人と、総合病院の事務職としてこつこつ仕事をこなす葵。

 容姿だけを見ればバランスの取れた二人だが、その性格やその生きざまは対を成している。

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