第24話

 学園長にマジックAIを見せてもらった後。地下室を出て、昼食のため食堂を目指す。


 昼休みの廊下をすれ違う生徒達は、みんな笑顔だ。

 教室の中で机を合わせて弁当を食べる男女や、中庭で遊ぶ男子達、勉強を教え合っている女子達も……。


 皆それぞれ、やりたいことがあってこの学園に来た。ルゥは小説家になりたい。ティナーはやりたいことはないが、それでもまだまだ若い。どんな進路だって選べるだろう。

 オルアナは特に強い目的意識を持っていた。だからこそ――何の目的もなく、ただ流されるままに生きている俺とは、相性が悪いのだろうか。


 そんな風に考えて歩いていると、ティナーとオルアナの声が、廊下の向こうから聞こえてきた。


 しかしそれは、言い争う声だった。


「――……だから、この子に一言謝りなって言ってんでしょ!」


 ティナーのよく通る甲高い声が、遠くからでも耳に届く。


 彼女の背後には、涙目のルゥがいる。二人のいる周囲には、廊下の床には、ルゥが書いたと思われる原稿が、バラバラに散らばっていた。

 そしてティナーは真正面からオルアナを睨む。

 対するオルアナは、腕組みをして動じていない。


「……謝る必要がどこにあるの?」


「アンタ……! いくら何でも、読みもしないで床に投げ捨てるとか、最低でしょ!!」


 どうやら、ルゥの小説を薦められたオルアナが読むのを拒否し、そのことに対してティナーが激怒しているようだ。


 光属性ギャルと闇キャで正反対なティナーとルゥだが、意外とウマが合うのか、最近はよく一緒に行動していた。

 ルゥの書いた物語を絶賛し、ビショップクラスの同級生や、他のポーンやナイトやルーククラスといった生徒達にも広めていた。おかげでルゥは、今や学年でちょっとした有名人であり人気者だ。


 しかしオルアナだけは未だ、小説に興味を示していなかった。

 その軋轢が、限界を迎えたのか。


「お前ら……少し退いてくれ。ほらほら、見世物じゃないんだぞ……!」


 野次馬を押し退けつつ、争いの場へと急ぐ。しかし生徒達が壁となり、思うように進まない。


「娯楽小説なんて……読むのも書くのも、時間の無駄だと思うわ」


「何ですって……!?」


「……もう、いいよ……。ティナーちゃん……」


「良くないでしょ、ルゥ! ……オルアナ、アンタ……っ! 他人が本気で作ったものには、たとえ興味がなくたって礼儀を持って、本気で向き合いなさいよ!!」


 ルゥは小熊の人形ルシファリオンに代弁させる余裕もなく、涙目で原稿を拾い集めていた。

 ティナーは、自分が書いた小説でもないのに、作者のルゥ以上に憤りを見せている。


 だがオルアナはやはり、原稿を拾いもせず、謝罪すらしなかった。


「……言いたいことはそれで全部かしら? じゃあ、私は勉強があるから」


「ッ……!」


 堪忍袋の緒が、完全に切れたようだ。マニキュアを塗った指先で、空中に魔法陣を描き出した。


「本気? なら貴女の言う通り、私も本気で対応するわよ」


 ティナーを遥かに凌駕する素早さと正確さで、オルアナも魔法陣を――。


「――そこまでだ」


 パリン、と割れる音がして。

 ふたつの魔法陣が消滅し、俺はティナーの左手首を掴んだ。


「ロビンせんせー……。えっ、今、何したの!?」


 質問には答えず、二人の間に割って入り、眼帯をしてない右目でオルアナを見つめる。


 オルアナは見つめ返すというより、睨み返すような視線を向けてきた後、鼻で笑った。


「ふっ……。サックスさんの手を掴むだなんて……。か弱い私を守ってくれたの?」


「いいや違う。


「………………」


 ティナーやルゥは言葉の意味を理解しかねているが、オルアナには通じたみたいだ。

 その青い大きな瞳を、右目で真っすぐ見つめる。

 そして誰よりも先に、オルアナが口を開いた。


「……どういう手品か分からないけど、私の『滅却魔法』を相殺するなんて……。流石はカノン平原の英雄、といったところかしら?」


 冷たい目で見つめ返してくる。肌は色白く、まるで雪女かゴーストだ。

 ただ、サファイア色の瞳に宿った強い光だけが、やけにギラギラしている。


「……俺は英雄じゃない。ただの、死に損ないだ……」


「……!」


 その言葉が、彼女の『地雷』だったらしい。

 レットに続いて、また女子を怒らせてしまった。


「だったら……ッ!」


 感情的になるオルアナを、初めて見た。白い肌が紅潮し、俺の胸倉を両手で掴んできた。


「生き残っておいて、それが不満なら……!! さっさと首でも――!!」


 直後。俺の胸倉を掴むオルアナの手から、力が抜けた。


 そして、操り人形の糸が切れたように――鎧騎士の魔法陣が砕けた時のように――廊下の真ん中で、オルアナはドサリと倒れた。

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