第48話 国王巡察使
イグナシア王国の西海岸。漁業と交易で栄える港町ダールドをレイヴン一行は目指す。
前回の旅では、国内の移動には馬を活用したが、今回は馬車を利用する事にした。
馬車での移動は、何と言っても馬を操作する
その道程では、主に王国が整備した街道を通る事になるが、通過する街が三つもある。
体力の温存は、旅を成功させるためには不可欠な要素。しかも、西海岸の港町に着くのが目的ではない。その先には、海の民の島も目指さなければならないとなれば、尚更の事だった。
今は、イグナシア王国の紋章が入った大きめの馬車の中、女性陣に休んでもらっている。
レイヴンは、一人で
流れ着いた海の民と思しき女性は、その後、ダールドの街を治めている地方領主マークス・ポートマス侯爵に保護されているという。
彼女に接触するためには、まず、そのマークス侯爵の許可を得なければならなかった。
その点、レイヴンは抜かりなく、ラゴス王から紹介状をもらっている。これさえあれば、見ず知らずの若造であっても、侯爵との面会は叶うはずだ。
持つべきものは、権力のある友人である。
ただ、気になるのは、この紹介状を書いてもらった時のラゴス王の態度。
最近、ポートマス家は代替わりしたばかりだそうで、先代と長男を続けて亡くし、今は次男のマークスが領地を継いだらしい。
まぁ、ここまでは、それほど珍しい話ではないのだが、後を継いだこの次男、あまり評判が
長男のデュークは剣豪との誉れが高かく、優秀な兄がダールドを含むこの地方を継ぐものとばかり思っていたラゴス王は、完全に当てが外れる。
王国の西海岸は、しばらく安泰と勝手に決め込んでいたのだ。
思いがけないダールドでの凶報。詳細が伝わってこないだけに、口には出さないがラゴス王は不信感を持っているようだった。
レイヴンは紹介状を受け取る時、自分に代わって視察してくるよう頼まれたのである。
若干のきな臭さは感じつつも、どうせ会わなければならない相手。
ついでという事もあり、紹介状の借りとを天秤にかけて、この時は軽く請け負ってしまう。だが、この判断を後で後悔することになるのだった。
最初の中継地点となる街につき、そこで食事をしている最中、アンナから事の重大さを指摘されたのである。
そこでラゴスに嵌められたと初めて気付くのだが、後の祭り。今頃、したり顔をしているであろうイグナシア国王の事を想像すると、腹立たしくなるのだった。
レイヴンが、一人憤慨することになった食事会は、出発したその日の夜の出来事。
馬車は街道を順調に進み、その日の内にレイヴンたちは最初の街オットーに着いた。
まだ、日没までには時間があったが、初日ということもあり無理をせず、この街で一泊することにする。
人数分の部屋を取り、各自、部屋で一休みした後、夕食のために宿屋の中にある酒場に集合した。
そこでレイヴンは、情報共有のためにダールドの現状を、みんなに説明する。
「とにかくマークスって奴のご機嫌だけは、損ねないようにしないとな」
一番、問題を起こしそうな男が注意するのに、全員が突っ込みたくなるのだが、そこは何とか堪える。但し、ラゴス王との会話について、アンナが気になる点を指摘した。
「レイヴンさん、もしかして『国王巡察使』を拝命したのですか?」
「何だそれ?」
『国王巡察使』という聞き馴染みのない言葉に、レイヴンは怪訝な表情を示す。
そこでアンナは、ラゴス王との会話の中にあった、視察を頼まれた点と併せて『国王巡察使』という役職を説明したのだ。
国王に代わって地方領主を監察し、現状を報告する役目があるのだが、あまりにも悪政を敷いているのを目の当たりにした場合、国王に代わって、その場で改めさせる権利があるという。
いわば地方に遠征できない国王の代理だ。
その話を聞いたレイヴンは、顔をしかめる。
『そんな重要な役割、近所にお使いを頼む感じで話すなよ・・・』
そうは言っても、受けてしまったのは自分の判断だ。誰のせいにもできない。
すると、カーリィが突然、手を叩いた。何事かと思うと、思い出したことがあるらしい。
「そう言えば、座席の下に縦長の木箱が置いてあったわ。あれにも王国の紋章がついていたような・・・」
「それならば、私も見ました。何か関係があるのでしょうか?」
実は昼間乗っていた馬車は、内務卿のトーマスが用意してくれたものだ。ゆえに側面にはイグナシア王国の紋章が記してある。
そんな木箱、積んだ記憶のないレイヴンは、王国側に仕込まれたと察した。
カーリィたちの話を総合して考えると、嫌な予感しかしない。
食事を終えると、早速、停めてある馬車に赴き、キャビンの中を調べることにした。
女性陣が話していた木箱は、すぐに見つかり、レイヴンは部屋まで運ぶ。
高さはなく確かに縦長の木箱は、持った感じそれほど重量感はなかった。だが、そんな事より、やはり皆、中身の方が気になる。
レイヴンの部屋に集合して、箱を取囲んだ。
「よし、開けるぞ」
号令の下、蓋に手をかけたレイヴンは、一気に箱を開ける。
そこで、真っ先に目に入って来たのは1枚の書状だった。
手に取ってみると、想像通りレイヴンを『国王巡察使』に指名している任命書で、きっちり、ラゴス王の署名まである。
直接渡せば拒否されることを分かった上で、馬車の中に忍ばせたのだろう。
レイヴンは、完全にしてやられたと思った。
その他は、『国王巡察使』を示す
「地方領主、相手が侯爵ともなれば、国王陛下の後ろ盾がはっきりしている方が、話がしやすいかもしれませんよ」
「そうね。無下に扱う事もできないでしょうし・・・」
アンナとカーリィが慰めるように話した。レイヴンも、確かに一理あると割り切ることにする。
変に警戒される可能性はあるが、こちらの要求に対して、簡単に断る事もできないはずだ。
とすれば、海の民と思しき女性とのコンタクトは、叶う可能性が高い。
レイヴンは、こうなったら、得た権力を最大限に活用してやると腹をくくるのだった。
「兄さん、ほどほどにね」
暴走しそうなレイヴンを、弟が窘めるが、どれほど効果があるだろうか?
クロウは、ラゴスの人選ミスではないかと考えるのだった。
「ちょっと、待ってください」
皆が『国王巡察使』の制服に目を奪われている中、メラがもう一つの封書を見つける。
中を開けてみると、一文だけ書かれた手紙が入っていた。
『ダールドの西の海には魔獣がいるとの噂だ。十分、気をつけろ・・・追伸、それから、二つ名は私のせいではない』
文面から、ラゴス王の直筆のようだが、魔獣とは一体?それに二つ名?
何のことがさっぱり分からないレイヴンは、モヤモヤを抱える。
「ものすごく気になるじゃねぇか。直接話せよ!」
「でも、やけに慌てた筆跡が気になるわね」
カーリィに言われて気付いたが、確かに殴り書きのような字の荒さが目立ち、それはラゴス王らしくなかった。
「もしかしたら、レイヴンさんが海の民に用事があると知って、急いで情報を集めて下さったのかもしれませんよ」
アンナの話す可能性は十分考えられる。レイヴンは、それ以上、文句を言うのを止めることにした。
「まぁ、とにかくすべてはダールドに着いてからだ。それから、魔獣とやらの情報も集めようぜ」
まずは、次の街、トゥオールを目指すよう、頭を切り替えるのだった。
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