第40話 悲しい恋物語
今から千年以上前の世界。
サラマンドラは炎の精霊として精霊界に誕生すると、その好奇心から人の身に姿を模して、人間界にも顔を出す。
この頃は、世の中の景色全てが新鮮で、様々な土地を楽しみながら旅を続けていた。
そんなある時、ダネス砂漠の小さな村で美しい娘と出会う。
ただ、素通りするつもりで立ち寄った村なのだが、彼女の存在がありサラマンドラは、いつまで経っても旅立つことができない。
気がつけば、その娘の姿を目で追っていたのだ。宿屋にいる時も彼女の事が、頭から離れない。
その娘の名は、ベルといい村の道具屋の一人娘だった。
ベルの方も、
当初、このベルに対する感情に当惑するサラマンドラも、隣で過ごす時間が長くなればなるほど、理解していった。
『これこそが、人間が相手の事を愛おしく感じる愛情というものか・・・』
そう認識すると、ますます胸が熱くなり、ベルなしでは生きていられないと思えるようにまでなる。
唯一の不満は、彼女を抱きしめようとすると、するりとサラマンドラの手から逃れる事。
彼女曰く、もし何が起きても自分の事を信じてくれるのならば、あなたに身をゆだねると言う。
『愛してくれる』ではなく、『信じてくれる』という表現が気になったが、サラマンドラは異論なく承知した。
この時、サラマンドラは精霊の立場を捨てて、ベルと添い遂げようとまで考えていたのだ。
そこまで真剣に想ってくれている相手に対して、彼女の方も、その愛を受け入れる決意をした。
そして、時は過ぎ、結婚式、当日。
垢ぬけて洗練された旅人と村一番の美女の組合せは、ダネス砂漠の注目を集めた。多くの観衆が祝福する中、婚礼の儀が執り行われる。
だが、いよいよクライマックスとなり、新郎が花嫁を抱きしめた時、異変が起きた。
サラマンドラは、初めてベルを抱きしめる高揚感を抑えることが出来ず、強引に彼女の身を引き寄せたのだが・・・
その瞬間、体中の力が抜ける。まるで精霊の霊力まで奪われる感覚に、サラマンドラを思わずベルを突き放した。
その場に倒れたベルの表情には、明らかな失望の色が見える。
どうしていいか分からないサラマンドラは、感情の制御が効かず、つい精霊の正体を明らかにしてしまった。
会場の異様な雰囲気、息を飲み静まり返る観衆の視線にいたたまれなくなる。
精霊の姿のまま、その村の南にあった古い遺跡へと逃げるようにして、飛び立つしかなかったのだ。
この様子に村人たちは騒然とする。理由は分からないが、ベルが神仏の怒りを買ったように映ったのだ。
村の主だった者たちは、サラマンドラからの報復を恐れると、ベルを生贄として差し出すよう話し始める。
「その娘のせいで、村が滅びたらどうする?」
「村だけじゃない。きっと、ダネス砂漠全体が災厄に見舞われる」
そんな声が日に日に大きくなると、ついにはベルの家族も彼女を庇いきれなくなった。
憐れな彼女は、テトラジェイルと呼ばれる正四面体の狭い檻の中に収監される。そのまま、サラマンドラが逃げた遺跡へと連れていかれるのだった。
ここまでの話をサラマンドラから聞かされると、レイヴンは問題となる部分の確認を行う。
「ベルは『
「・・・その通りだ。ただ、当時の我には、そんな知識はなかったがな・・・」
「ふーん。それで、ベルはどうなったんだ?」
その質問には答えづらいのか、すぐにサラマンドラからの返答はなかった。
だが、ここまで話した以上、全てを語るべき・・・
大精霊は、ゆっくりとだが、ベルのその後について語り始める。
遺跡に運ばれたベルに対して、サラマンドラは腫れ物扱いとし、あまり近寄る事をしなかった。
スキルに関する知識がなかった大精霊は、正直、ベルに呪いをかけられたと思っていたのである。
もし、彼女の機嫌を損ねた場合、また、霊力を封じられると勘違いしていたのだ。
かといって、ベルの命に手にかけることはサラマンドラには出来ない。
生まれて初めて本気で愛した女性で、短い期間とはいえ、ともに過ごした関係。
いまだに、ベルの事を考えると、サラマンドラの心は締め付けられるように痛いのだ。
日に三度の食事もきちんと与え、テトラジェイルからも解放している。
しかし、ベルがテトラジェイルから出るのは必要最低限にとどめ、サラマンドラが気がついた時には、必ず檻の中にいた。
しかも遺跡にいる間、サラマンドラとは一度も話そうとしない。
ただ、じっと涙を浮かべているのだ。
いい加減、彼女と同じ空間にいることが辛くなった大精霊は、思い切って、彼の方から話しかけてみる。
だが、ベルからの返答はない。
しつこく食い下がると、目線を合わせずにぽつりと呟いた。
「私のことを信じてくれると、おっしゃったのに・・・」
確かに、そうは言ったが、あの不思議な現象は呪いとしか表現のしようがない。
何をどうすればいいのか、サラマンドラには分からなかったのだ。
そして、その翌日、ベルはテトラジェイルの中で息をひきとる。
自ら命を絶った彼女の死に顔には、やはり、涙の痕が残っていた。
サラマンドラの告白を聞いて、メラは黙り込み、アンナはすすり泣いている。
ベルの境遇に同情したのだろう。
ただ、ここまでの話を総合すると、『
だとしたら、ベルに呪い殺される前にカーリィを救い出さなければならない。
「精鎮の間に入るぜ」
レイヴンはサラマンドラの了承を得る間もなく、儀式の最中である部屋の中に入ろうとするのだが、その前に呼び止められた。
「ベルは、『
「勝手な理由だな」
「その通りだが、我には黙認することしかできぬ・・・」
サラマンドラは、その先のことも伝えたいのだが、その言葉が出てこない。察したレイヴンは、溜息をついた。
「大精霊ってのは、意外と遠慮深いんだな。俺が、ベルの魂も救ってやるよ」
「・・・我に出来ぬことを、
サラマンドラがレイヴンに対して、頭を下げる。これは大精霊としての尊厳にも関わる問題だが、そのようなものをかなぐり捨てるほどの決意が伝わった。
「分かった。俺に任せろ」
レイヴンは、手を挙げてサラマンドラに応える。
大精霊の一角に見送られながら、カーリィがいる精鎮の間へと向かうのだった。
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