第37話 アンナの捜索

目の前にある砂嵐の壁。この中にアンナが一人、取り残されている。

そして、精鎮の儀式の刻限も迫っているという事実。

この二つの現実に、レイヴンは頭を抱えた。


今回の儀式でカーリィを助けるとは言ったが、それはアンナを見捨ててもいいという事にはならない。


「メラ、その方位磁石は『砂漠の神殿』の内部でも必要か?」

「いえ、辿り着いてからは、不要です。・・・砂嵐の中に戻るおつもりですか?」


方位磁石を必要とする意図を紐解けば、その結論は容易に想像できた。

だが、カーリィとメラは、複雑な表情をする。


あの砂嵐の中には、デスストライカーが待ち受けている可能性が高かった。普通に考えたら、レイヴンを止めるべきなのだが、それだとアンナを見捨てることになってしまう。


どちらも選ぶのが困難であれば、レイヴンの判断に任せるしかない。命を賭けるのは、彼本人なのだ。


「俺はアンナを救いに行く。儀式が終わるまで、三日の内には必ず戻る。それまで、三人で何とか頼む」


三人というのは、クロウも含めた数。レイヴンの判断では、弟を連れて行くのはやはり危険とジャッジしたようだ。

もしかしたら、はぐれてしまう懸念もある。


「兄さん、大丈夫?」

「ああ、問題ない。お前は、いわば保険だ。クロウを残して、俺が死ぬ訳にいかないからな」


そう言って、クロウをカーリィに預けると、代わってメラから方位磁石を受け取った。

これさえあれば、また、この場所に戻って来られるはずなのだ。


「・・・アンナも心配だけど、無理はしないでね」

「分かっている。カーリィも原理が分からない以上、慎重にな」


お互い、無事を祈り合うと、黒髪緋眼くろかみひのめの青年は、先ほど出てきたばかりの砂嵐の中へ、再び舞い戻る。


その後ろ姿を見送った三人は、しばらくダネス砂漠の方向を見つめていたが、誰が声をかけるでもなく、『砂漠の神殿』に向かって、歩き始めた。


残された者たちにも、やらなければならない使命がある。

当初の目的から言えば、こちらの方が本命なのだ。


後ろ髪を引かれる思いはあるが、弟のクロウですら振り返る事はしない。

皆、レイヴンの事を信じて、気持ちを精鎮の儀式だけに向けるのだった。



砂嵐の中に戻ったレイヴンは、相変わらずの視界の悪さに閉口する。

ただ、闇雲にこのはいみがかった黄色い世界を、探し回っても見つかるとは思えなかった。


何か音を立てれば、耳がいいアンナが気づくかもしれないが、砂漠の王者デスストライカーにも、居場所がばれてしまうかもしれない。


レイヴンは、考え抜いた末、やはり声をかけることにした。

モンスターに見つかった時は、見つかった時の話である。


「アンナ!俺の声が聞こえたら、笛を鳴らしてくれ」


しばらく待つが、反応はなかった。この近くにはいないのだろうか?

逃げる方向は示したはずで、大きく逸れるとは思えないのだが・・・


しかし、このホワイトアウトならぬイエローアウトとでも言うべき状況では、一度、方角を見失ったとしたら、どうなるか分からない。


レイヴンは、『金庫セーフ』の中に何か大きな音を鳴らせる物がないか探した。

ところが、音を鳴らすという事は想定しておらず、そんな準備はしていない。


仕方なく取り出したのは、鉄製の平手鍋、いわゆるフライパンと料理を皿や器に注ぎ入れるスープレードルだった。

両手に持った姿は、何とも締まらないが仕方ない。


レイヴンは、フライパンの底をスープレードルで叩きながら、砂嵐の中を進んだ。

だが、アンナからの反応は一向になく、歩いていく内にデスストライカーと対決した場所に辿り着く。


なぜ、それが分かったかというと、あの大蠍に破壊された壁の残骸が散らばっていたからだ。

最後、何重も作った壁をレイヴンは、そのまま放置していたのである。


この瓦礫を、このままにしておくと『砂漠の神殿』を往来する人にとって、邪魔かもしれない。

レイヴンは、『買うパーチャス』で買い戻した後、『金庫セーフ』の中に収納した。


あらかた、片付け終えるとレイヴンの耳に、何か呻き声のようなものが飛び込んでくる。

両手を顔の横に当て、耳をそば立てながら、歩くレイヴンは、微かな音を頼りにその元を探した。


風の音に邪魔されながらも、目を閉じて全神経を耳に集中させるレイヴン。

すると、何かを捉えたのか、刮目して走り出した。


聞こえた呻き声は気のせいではなく、紛れもなくアンナの声だったのだ。

しかも、そのか細い響きから、かなり弱っているものと考えられる。


「アンナー!」


レイヴンの叫び声に、微かに身動きする影があった。近づくと、砂の上に横たわっている少女がいる。それは間違いなくアンナだった。


彼女の横に着くと、半分、砂に埋もれた体を掘り起こす。

何とか意識はあるようだが、レイヴンの呼び掛けに対する反応は薄かった。よく見ると、アンナは右足と頭に怪我を負っている。


レイヴンは、すぐに『買うパーチャス』を唱えた。

それで、出血も止まり、アンナはようやく目を開ける。


「・・・レイヴン・・さん?」

「おう、俺だ。一応、治ったと思うけど、痛むところはあるか?」


体のだるさはあるが、痛みはまったく消えた。アンナは、小さい声で「大丈夫です」と答える。

話を聞くと、大きな石のような塊りが飛んできて、走っている途中、右足に直撃したそうだ。そして、痛みのためにうずくまっているところ、頭を打ったらしい。


話を総合して考えると、おそらく、デスストライカーが破壊した壁の破片が、運悪くアンナを襲ったのだろう。

そういう事であれば、レイヴンのミスとも言えた。


「俺が迂闊だった。すまない」

「いえ、謝らないでください。こうして見捨てず助けに来てくれて・・・本当にありがとうございます」


アンナは砂漠に取り残され、動くことができないと分かった時点で、最後の覚悟をした。誰もいない孤独な世界で、ゆっくりと迫り来る死の世界。


この小さな体で、その恐怖を受け止めていたのだ。

それが助かったと分かった、この瞬間、どうしょうもなく涙が溢れて来る。


女の子の涙に、どう対処していいか分からないレイヴンは、『金庫セーフ』の中から、ハンカチを取り出し、目を逸らしながら渡すのだった。


歩く体力まで回復していないアンナを、丁度、お姫さま抱っこの形で持ち上げると、方位磁石を確認する。

レイヴンは、『砂漠の神殿』に向かって歩き出した。


「あの・・・重たいので、おろしてもらっても大丈夫です」

「全然、大丈夫だ。そんな心配より、体力の回復だけを心掛けてくれ」


サラマンドラの遺跡の中でも何が起こるか分からない。アンナを戦力と見ているからこその話しだ。

レイヴンの腕に抱えられたアンナは、そのまま身を預ける。安心感が手伝ってか、やや力が抜けた森の民の少女は、頬を染めながら胸に顔をうずめた。


何とも気恥ずかしく、まともにレイヴンの顔を見られない。

夢心地のようなこの時間が、このまま続けばと思っていた矢先、黒髪緋眼くろかみひのめの青年の足が止まった。


無理矢理、現実の世界に呼び戻す相手が現れたのである。


「ちっ、また、お前かよ」


レイヴンの視線の先には、大蠍デスストライカーが、その両手のはさみを広げて構えを取っているのだ。

本来であれば、耳がいい自分が先に気づくべきと、アンナは自省する。どうも調子が狂っているみたいだ。


レイヴンは、優しくアンナを砂の上に下ろすと、ゆっくりとデスストライカーに向かって歩き出す。

アンナがこの状態では、戦うしか選択肢がないのだ。しかし、それは苦渋の選択という訳ではない。


レイヴンには、さらさら負ける気などなかった。

助かったと思い、流した女の子の涙を無にする気は、毛頭ないのである。


「それじゃあ、第二ラウンドを始めようぜ」


レイヴンの言葉に反応するように、デスストライカーは大きな咆哮をあげるのだった。

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