第32話 精鎮の巫女

うす暗い部屋の中、そのシルエットから、枕元に立つ者が誰かレイヴンには分かった。

それは、もっとも予想外の相手であり、来訪の目的はまったく想像がつかない。

とりあえず、どう対処すべきか考えているところ、相手からの呼びかけがあった。


「レイヴンさん・・・」


声質から、悩みの類か?みんなの前では、話せないようなことを相談しにきた。そんな可能性を考える。

レイヴンは、起きている事を示すために、『金庫セーフ』の中から、灯かりがともったランプをナイトテーブルに座標ポイント指定で設置した。


「えっ?」


突然、光が広がったため、驚いた相手に更に軽口で不意をつく。


「昼間だけど、これも夜這いって言うのかな?」

「よ、夜這い?・・・ち、違います違います」


続けて、レイヴンが起きていたことに慌てた彼女は、自分の行動が相手を勘違いさせたことに顔を赤らめた。続けて、彼の疑問に対して、強く否定する。


「・・・相談があって来ただけなんです」

「そんな事は分かっているよ」


レイヴンは、単純にからかっただけ。相手はランプの灯りだけでも、耳まで真っ赤にしている事が分かる森の民のアンナだった。


彼女の年齢は十六歳。大人の女性と言うよりは、まだまだ少女という形容がピッタリする。

そんな彼女が、いかがわしいことを目的に男性の寝所を訪れるのは、少々、早すぎるのだ。


「それで、相談っていうのは、何だ?」

「実はカーリィさんの事です」


カーリィの件と聞いて、レイヴンにも思い当たる節があった。

はっきりと何か問題を起こした訳ではないが、どうも最近のカーリィは精彩を欠いているように映る。


前日のサンドジャッカルの襲撃を受けた際も、本来であればカーリィが最初に気づくべき方角だった。

結果として、大事に至らなかったため、問題として取り上げることはなかったが・・・


実はあの日以降、レイヴンはクロウにカーリィのカバーを重点的にお願いしていたのである。

それは彼女を信頼していないというよりも、逆に身を案じての事。


勿論、パーティーを危険な目に晒すわけにはいかないという理由もなくはないが、彼女自身に何かあったのではないかとか気にした面が大きかった。


「カーリィがどうしたんだ?」


そう問われたアンナは、一瞬、話すのを躊躇ためらう。勇気を振り絞って、レイヴンの寝室を訪れはしたものの、アンナの中には迷いがあったのだ。


カーリィが悩みを抱えているのは知っているが、それをレイヴンに伝えても良いのかどうか・・・

余計なお節介と言われてしまうかもしれない。


だが、ヘダン族の街に近づくにつれて、時折、深刻な表情を見せるようになったカーリィ。

そんな彼女を放っておくことは、アンナにはできない。


「実は・・・」


意を決して、アンナが話しかけようとした時、レイヴンの部屋の扉が開く。


「そこから先は、私の口から直接、話すわ」


入って来たのは、ヘダン族の二人だった。咄嗟に出しゃばり過ぎを謝ろうとするアンナに先んじて、カーリィの方から声をかける。


「私のこと、気にかけてくれてありがとう」

「いえ、・・・そんな」


カーリィの怒りを買っていないことを知り、アンナはホッとした。

そんな彼女の横を通り過ぎて、カーリィはレイヴンの前に立つ。


「本当に個人的な話・・・多分、誰にも解決はできないかもしれないけど、聞いてくれる?」

「ああ、試しに言ってみな」


了解を得たカーリィが話そうとするところ、レイヴンがベットから立ち上がった。

不意に急接近されたカーリィは、セルリアンブルーの瞳を逸らしてドギマギする。


「その前に広い部屋に行こうぜ。明るい場所で話した方が、何かいいアイデアが浮かぶかもしれない」

「それもそうね」


気を取り直したカーリィが同意し、レイヴンが部屋を出た。それに三人の女性が続くのだった。



リビングに戻り、クロウを加えた全員で、カーリィの話を聞くことになる。

詳細はメラも知っているため、初耳なのはヘダン族以外の三人だ。

落ち着いて聞くため、全員の飲み物を用意し、レイヴンはソファーに身を深く沈める。


「精霊サラマンドラさまの霊力が『炎の宝石フレイムルビー』に溜まり、三百年に一度、空にする話まではしたはずよね」


そこまでは川港町トルワンで聞いていた。だから、『炎の宝石フレイムルビー』を『アウル』に奪われる前に、レイヴンたちは急いでヘダン族の街へと向かっている。


「大丈夫だ。そんな大事な事、忘れやしない」


アンナもクロウも頷いた。ただ、どうやって、その霊力を空にするのかまでは聞いていない。

その点を確認すると、まさしくそれが、今、相談しようと思っていた事だとカーリィが告げた。


「おそらく何らかの儀式をするんだろうが、それが大変なのか?」

「儀式自体は単純なものよ。私が『精鎮しょうちんの巫女』として、『炎の宝石フレイムルビー』を抱いて三日三晩、遺跡の中のある部屋に籠ればいいの」


三日三晩とは、さぞ大変だろうが、その他に難しい事はないと言う。その『精鎮しょうちんの巫女』にカーリィが選ばれているのは、やはり『無効インバルド』のスキルが関係しているのだろうか?


話を聞く限り、今の所、カーリィが思い悩む理由が分からなかった。

ただ、余程、彼女の口からは言いづらいのか、ここからメラが代わって説明を始める。


「姫さまの『無効インバルド』のスキルを使って、サラマンドラさまの霊力を中和します」

「やはり、そうか」


ここまでは、予想通りの展開だ。しかし、スキルによって、四大精霊の霊力をも中和できるとは、驚きである。

あまり人の事は言えないが、カーリィのスキルもとんでもないチート能力だと思った。


「それで、悩むところっていうのは、三日三晩の過ごし方か?」

「いいえ、それはただ、遺跡の中にいればいいだけなので、特に問題はありません・・・問題なのは、四日目の朝を迎えた時です」


それは、確かに相当疲れ切っている事だろう。精魂尽き果てている状況が容易に想像できた。

しかし、メラの口ぶりからは、それだけではないような気がする。


「四日目の朝に何が起きているんだ?」

「・・・姫さまが・・・お亡くなりになられています」

「えっ?」


異口同音の声が、三人から洩れた。さすがにそれは、想像の範疇を越えている。


「駄目だよ。そんなの・・・」

真っ先に弟のクロウが声を上げた。アンナも同調する。


だが、それがヘダン族の『精鎮しょうちんの巫女』たるカーリィの役目なのだろうと考えた時、レイヴンは言葉を失い、何も言えなかった。

ただ疑問なのは、サラマンドラの霊力は三百年に一度、溜まり切るという話。


「それじゃあ、ヘダン族は三百年に一度、『精鎮しょうちんの巫女』とやらを選出しているのか?」

「そうよ。その周期で必ず『無効インバルド』のスキルを持った女性が生まれてくるの」


もう吹っ切れたのか、カーリィがレイヴンの質問に答えた。

それにしても、なんと重たい運命を彼女は背負っているのか・・・


相談を受けたレイヴンだが、これは容易に即答できる問題ではない。

ソファーの上で、深く考え込むのだった。

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