第3話 追われる女性
「キャー」という女性の叫び声を聞いて、路地裏に向かっていたレイヴンは、その足を早める。
何個目かの角を曲がって、やっと辿り着いた先で見たものは、男の一人が女性の手首を掴んでいるところだった。
「放して下さい。この薬を早く、お父さまに届けないと」
そう話す女性の手には、確かに青色に輝く液体の入った瓶がある。だが、レイヴンは怪訝な表情をした。
『あれが薬?』
一瞬、思考が別のところにいっている間、相棒のクロウが活躍する。女性の身を守るべく、男の腕にくちばしを立てたのだ。
痛みで、男は反射的に掴んでいた手を離す。
「何しやがる。このクソカラス」
その怒声に怯むことなくクロウは女性と男たちの間で翼を羽ばたかせて威嚇した。
これで簡単に近づく事が出来なくなり、男たちは舌打ちする。
「こうなりゃ、スキルで・・・」
「こんな動物相手に向きなるんじゃねぇ」
体格のいい男がリーダー格に窘められると、もう一人の男が手近にあった棒を拾い、クロウににじり寄った。
振りかぶり、クロウを叩き落とそうとした瞬間、レイヴンが男を抑えつける。
「そんな危ないもの、振り回そうとするんじゃねぇよ」
「何だ、てめぇは?」
男たちは当然の質問をするのだが、さてどう答えたものか思案していると、「助けて下さい」と女性がいつの間にかレイヴンの後ろに回り込む。
今度は、クロウに代わって、レイヴンが間に立つ形になった。
「この女の知り合いか?」
「いや、今、初めて会ったばかりさ」
「じゃあ、余計な首を突っ込むな。怪我したくないなら、回れ右だ」
何から何まで、男たちの言い分の方がもっともだ。本来であれば、すぐにでもこの場から立ち去りたいところだが、それをクロウが許してくれそうもない。
リーダーと思しき男の指にレイヴンと同じ黒い指輪が嵌められている事から、おおよその見当はつくのだが、一応、この女性を追っている理由を尋ねた。
「こいつが借金を返さねぇから、ちょっと教育してやろうと思っただけだ」
やっぱりと思いつつ、その後の言動が気になる。
「ちなみに、その教育ってのは、何だい?」
「そりゃ、男に奉仕する技を教え込んでやろうってのさ」
昼間っから、何とも下品なことを堂々と言い放つものだ。
レイヴンが振り返ってよく見ると、後ろに隠れる女性は、目鼻立ちのはっきりとした美人である。
男たちが欲望むき出しで、追いかけたくなる気持ちも分からなくもないが・・・
正直、借金のカタに体をよこせというのは、あまりスマートとは思えない。
同じ金貸しをしているレイヴンとしては、お金の問題は、あくまでもお金で解決だろうと考えてしまうのだ。
「事情は分かった。それで、いくらこの人に貸しているんだ?」
「それを聞いて、どうしようってんだ?てめぇ、何かが簡単に払える金額じゃねぇぞ」
知らないこととは言え、無限の財力のレイヴンに言う台詞じゃない。
実際、レイヴンのことをパッと見て、どれくらいの借金なら払えないと思われているのか興味を持った。
「試しに教えてくれよ」
「金貨1000枚だ」
なるほどね。もしランドの奴が貸してくれと言ってきたら、人生を生まれた頃からやり直して来いと、怒鳴り返す金額である。
それにしても金貨1000枚とは、よくふっかけたものだ。
まともに働いても、そう簡単に返せる額ではない。
それが本当に返さなければならない借金だとすると、きっと暴利がかさんでのことだろう。
同じ金貸しとしては、黙って見過ごすことは出来なかった。
そこで、女性の方に向き直すと、ある提案をしてみる。
「金貨1000枚程度なら、用立てできるぜ。どうする、新たに俺から借金して、ひとまず清算しておくかい?」
レイヴンの話に、女性は戸惑いを見せた。
助けを頼んだ相手ではあるものの、そんな大金を、簡単に用意できるものなのか?と疑問に思っているようだ。
まぁ、突然、現れた見ず知らずの男が、お金を用意すると言ってくれば、このような反応を示すのが正常だと思われる。
話を進めるためにレイヴンは、『
それは白金貨と呼ばれる貨幣で、その1枚が金貨1000枚に相当する。
その硬貨を見た女性は、口に手を当てて、息を飲んだ。
そして、レイヴンの提案を真剣に考えるようになる。
「分かった。じゃあ、実際に契約書を見てから、判断してくれ。その前に名前だけは、教えてほしい」
「分かりました。私の名はフリル。フリル・ラングラーと申します」
名前を聞いたレイヴンは、早速、呪文を唱えて契約書を提示した。
『
「中身をよく読んで、問題なければ受諾してくれ」
「分かりました」
フリルは真剣に契約書に目を通す。訳が分からない内に思わぬ展開となり、男たちは唖然としていたが、気を取り直して、同じく契約書の内容を確認した。
「おいおい。お前だって、金を支払えなかったら、この女を奴隷にするって書いてあるじゃねぇか。偽善者ぶりやがって、俺たちと同じだろ」
「いいや、俺は単純に労働力としか見ていないぜ。一緒にするんじゃねぇよ」
男たちがそんなやり取りをしている中、フリルの声で『
どうやら、決心してレイヴンと新たな契約を結んだようだ。
契約成立という訳で、手にしていた白金貨を三人の男の一人に渡す。
「ほらよ。目の前でフリルの契約を解除してもらおうか」
「ちっ。しょうがねぇな。」
『
男は渋々だが、レイヴンの要求に応じた。
お金が返って来た以上、仕方ない。こんな男でも金貸しとしての信条は、何とか持っていたようだ。
「兄貴、でもいいのか?」
「まぁいい。自分のせいで、大事な娘が凌辱される線は止めだ。他にも、絶望させる手は、まだまだある」
小さな声で話しているようだが、レイヴンには丸聞こえである。
何やら、不穏な事を話しているが、事情を知らない以上、余計なことに関わる気はない。
「じゃあ、またな」
微妙な言い回しで去って行った男たちを尻目に、レイヴンはフリルに話しかけた。
「しかし、あんたも見ず知らずの男と高額な契約なんて、よく結ぶ気になったな」
「だって、こんなに優しい契約、見たことがないんですもの」
本当に内容を理解しているか、確認のつもりで聞いたのだが、大丈夫のようだ。レイヴンは、安心する。
「じゃあ、俺の方は二度と会うことはないと思うけど、頑張れよ」
「ええ。本当にありがとう」
お礼を言うとフリルは、父に薬を届けるために、また、走り出した。
そして、レイヴンが提示した契約書の中身を思い出すのである。
『金貨1000枚も貸すのに支払期限を設定しないなんて、返すのはいつでもいいってことでしょ。しかも、二度と会う気はないって・・・一体、あの人は何者なのかしら』
フリルは、
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