人混みに毒煙、踏み潰された新芽は人知れず咲く

紅杉林檎

毒煙


「火」


 そう言って口に紙タバコを添え、ベンチに座り僕に火付けを命令してきたのは黒髪ショートカットに良く似合う青色がかった紫の瞳を持つ僕が所属する組織の先輩、「さかづき サトミ」先輩だ。僕は先輩の機嫌を損ねないよう、急いで先輩の側に駆け寄り慣れた手際でライターでタバコに火を付けた。先輩は少しタバコを吸った後、フゥーと口から灰色の煙を吐いた。先輩は続けて口を開く。


「なぁ、カイ。お前は何で頑なにタバコを吸わないの?」


 それはヤニカスへの誘いだった。僕もタバコは別に嫌いじゃない。でも好きでもない。僕は言い返す。


「何で吸わないのって、体に悪いからに決まってるじゃないですか。タバコ吸って本業に支障をきたしたらいけないし。それに! 先輩こそもう少しタバコを控えた方が良いですよ。体に悪いですし」


「は? 余計なお世話だし。それに、仕事の後はこいつを吸わないとやってらんねぇよ。タバコを吸わない=仕事が続かないと言っても過言じゃない。吸わない事こそが一番、本業に支障をきたすんだよ」


 そう言った後、もう一回口から灰色の煙を吐いた。鼻を焦がすような匂いだ。まぁもうこの匂いにもだいぶ慣れたが。


「先輩。タバコを吸うのは良いんですけど、仕事の後始末はちゃんとやってくださいね?」


「え〜カイ〜それは流石にキツいよ〜もう今日はを目に入れたくないんだけど」


「ダメです。ちゃんと職務を全うしてください」


「はぁ〜全くカイは生真面目だな〜分かったよ、やるよ。でもその前にもう一服〜」


「カイ、火」


「はいはい......」


 新たに先輩の口に添えられたタバコの先端に火を付けた。これも仕事のためと思えば、安いもんだ。それから先輩は何度か灰色の煙を吐き、ついにタバコの火を消した。


「さてと......それじゃ片付けにいくとしますか」


 タバコの吸い殻をグリグリと足裏で踏み潰しながら先輩は言った。現場へと歩き始めた先輩の後ろを僕は追う。先輩の後ろはほのかな甘い匂いと強烈なヤニの匂いがした。この匂いも、慣れたもんだ。

 僕の名前は「萩野はぎの カイ」。

 異能力者だ。僕は「異能力構成集団」『AMANEアマネ』の『捜査部』に去年配属された末端構成員だ。僕の仕事はこれ! と胸を張れる仕は無い。僕の仕事は主に『先輩方達の仕事の補佐』と『仕事の下準備』だ。これを見て人は僕の事を雑用だと思うだろう。でも僕はこの仕事が好きでこの組織に入ったんだ。不満は無い。今から僕と先輩が行くのは『サイエンビル』という場所。そこで僕と先輩は仕事で殺した人達の遺体処理と仕事の途中で床とかに飛び散った血痕除去をしなければならない。ああ言い忘れていたね。これが『AMANE』の生業。"異能力での暗殺"だ。人殺し集団といってもただの脳無し殺戮を繰り返す訳では無く、ちゃんと依頼等での手続きを踏まえた殺しなんだ。だからいって、人殺しを肯定して欲しいとか認めて欲しいとかいうわけじゃない。それだけは、それだけは


「先輩。仕事の片付けが終わったら何します? ご飯でも行きますか?」


「バーカ行かねぇよ。普通に家帰って寝るわ」


「もーノリが悪いですねー分かりました、自宅でゆっくり休んでください。でもいつか、また時間が空いた時、その時はご飯を食べに行きますよ! 約束ですよ!」


「はいはい......また今度また今度〜」


「スカしてますね〜全く......」


 人殺しでも社会に貢献出来る。この事を僕はこの仕事を通して伝えたいんだ。それが僕の、なんだ。

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