ディフェクト

 翌日、風花ふうか環奈かんなは街中に赴き、いつものようにストリートファイトに臨もうとしていた。由美ゆみも二人に同行しているが、依然として彼女たちの戦いには興味を示していないようだ。風花は苺の香りの香水を己の胸元にかけ、手首を鳴らす。その眼前では環奈が首を鳴らし、手足を伸ばしている。

「準備は出来たかい? 環奈」

 風花は訊ねた。環奈は歯を見せて笑い、深く頷く。両者は互いを睨み合い、間合いをじわじわと詰めていく。このまま邪魔が入らなければ、二人の戦士は再び白熱した試合を繰り広げることとなるだろう。


 その時である。


「待ってください……『ディフェクト』の気配がします」

 二人の間に割って入ったのは、由美だった。突然のことに、風花たちは怪訝な顔をするばかりだ。

「ディフェクト? なんだい、それは」

「だけど確かに、何か殺気のようなものは感じ取れるね」

 一先ず、二人は一斉に同じ物陰に目を遣った。空間には亀裂のようなものが浮かんでおり、そこからは異形の魔物のようなものが姿を現した。

「おいおい……あれが、ディフェクトとやらかい?」

「気を付けて、風花。アイツ、やばい予感がする」

 風花たちは構えを取り、眼前の魔物を睨みつけた。直後、二人の前には鉄格子のような壁が生み出される。この壁を生み出したのは、由美だ。

「無理です。あの魔物と戦える力を持つのは、ゲノマだけです」

 そう告げた彼女の眼には、底知れぬ闘志が宿っていた。そして宙の亀裂が閉じるのと同時に、魔物は彼女の方へと迫りくる。その魔物は手元に剣を生み出し、その刀身にエネルギーのようなものをまとわせる。由美も同じ剣を生成し、それを勢いよく振り回した。二本の剣はその刀身を俊敏にぶつけ合い、稲妻のような火花を散らしている。傍目に見えるのは純然たる剣術の動きではない。そこに浮かび上がっているのは、残像によって描かれる曲線だ。


 その凄まじい戦闘を目の前にして、風花と環奈は驚くばかりだ。

「す……凄い……」

「あの子に聞きたいことは山ほどあるけど、先ずはあの化け物が片付くのを待った方が良いね」

 今の二人に出来ることは、由美の勝利を祈ることだけだ。特殊な力を持たない彼女たちでは、ディフェクトと呼ばれる魔物に太刀打ちできないだろう。


 そんな風花たちに見守られながら、由美は必死に戦い続ける。

「相変わらず、手ごわいですね!」

 何らかのエネルギーをまとった二本の剣は、小刻みな金属音を奏でながら光を散らしていく。そしてこの瞬間、由美に勝機が訪れる。


 ほんの一歩だけ、ディフェクトは退いた。


 この魔物は紛れもなく、眼前の少女に押されているのだ。風花は安堵の笑みを零し、声を張り上げる。

「その調子だ、由美! キミならやれる!」

 彼女に続き、環奈も声援を送る。

「あんた、強いじゃない! 最高だよ!」

 そんな二人の応援を前にしてもなお、由美は真剣な表情を崩さなかった。もはや、これはストリートファイトのような生温い試合ではない。ほんの一瞬の油断が死を招く――正真正銘の「死闘」だ。

「これで、終わりです!」

 勝利を確信した由美は、両手の掌を前方に突き出した。その先端に眩い光が集まり、そして一筋の光線が放たれた。この一撃により腹部に風穴を開けられた標的は、発光しながら数瞬ほど膨張した。


 直後、ディフェクトは勢いよく爆発し、周囲に肉片を散らした。


 由美の勝利だ。


 彼女は鉄格子を消し、そして安堵のため息をついた。壮絶な死闘を経て、彼女は息が上がりかけている。由美は風花たちに目を遣り、そして忠告する。

「……貴方たちが知りたいことは、山ほどあると存じています。しかし、余計な詮索をすれば、厄介なことに巻き込まれるでしょう」

 やはりこの少女は、只者ではなさそうだ。

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