道程~初デートに遅刻しそうなんだが、どういうわけか俺はバッファローに乗っていた~

黒猫夜

第一話 あと三分

 高校二年生の夏の俺には三分以内にやらなければならないことがあった。


 駅前のオブジェ、『ハートとリンゴの生命の樹』へなんとしてでもたどり着くことである。そこには、俺の初めてできた彼女さんが待っているはずであった。そこから、俺たちは三十分に一本の都会行きの電車に乗り、初デートを満喫する……予定だ。


 ただ、俺は問題を二つ抱えていた。


 ひとつは、人生初のデートに緊張して寝付けず、今朝、盛大に寝坊したことだ。俺は駅前までの道のり――ほとんどは通学路と同じであるが――を全速力で駆けていた。だが、そんなことはもう一つの問題に比べれば些事に過ぎない。


――ドッドドッドドッドッ――


 もう一つの問題は、俺は、に巻き込まれているということだ。見慣れた通学路をガードレールをひしゃげながら、アスファルトを削りながら、車を跳ね飛ばしながら、バッファローは走る。昨日、歩道をジリンジリンとチャイムを鳴らしながら俺を撥ねかけたおじさんの自転車が、今日はバッファローに撥ねられていて、ちょっと小気味よかった。


 バッファローの爆走する先、やたらと駐車場の広いファッションセンターが見えてきて、俺は彼女さんがどんな服装で来てくれるだろうか。と考えた。


――――


 高校一年の時、同じクラスではあったが、正直、彼女のことは苦手だった。俺たち男子が馬鹿話に興じていると、苦情を入れてくるのはたいてい彼女だったし、運動部で――そう、俺たちオタクは一切の例外なく体育会系が苦手だ――ショートカットだった――俺はロードス島戦記のディードリットに一目ぼれしてからというもの、ロングヘア派を公言していた――


 彼女に惹かれ始めたのは、高校一年の夏のころだっただろうか。

 俺の所属する映画研究会の部室――別名、視聴覚準備室――は、狭いながらも校舎三階にあり、グラウンドが見渡せる立地であった。俺は放課後そこから部活に励む運動部を眺めて、空想にふけるのが好きだった。野球部に幻の十人目の野手を追加してみたり、基礎練でトラックを走っているサッカー部の横に巨大ロボットを走らせたりしていた。

 その中で、短距離を走る女子陸上部の中に彼女を見かけた。夕焼けの逆光の中、走る彼女の姿は美しかった。黒檀でできた肉食獣が地を駆けている様を幻視した。


――ドッドドッドドッドッ――


 赤信号を踏みつぶし、だだっ広い駐車場をまくり上げ、カーブミラーをひしゃげながら、バッファローと一緒に、俺はばく進する。ボーイッシュな彼女のことだから、動きやすいパンツルックだろうか。意外とガーリッシュだったりするのだろうか。ありだな。かなりあり。いや、でも、太ももの見えるショートパンツとかだとめちゃくちゃうれしいかもしれない。


 そんな中、カーブミラーに移る俺が見えた。黒のTシャツにジーンズ。それもいけてるジーンズではない。まっさらなジーンズを長いこと着古した結果ダメージジーンズみたいになったジーンズだ。妄想の中の彼女の横に今の俺を並べて、俺はかぶりを振った。ちょっと待て。釣り合わない。


 焦る。あと二分半。


 だが、幸い、そこにファッションセンターがある。急な冠婚葬祭にも対応する、あの、ファッションセンターである。着る物ならいくらでも売っている。お金も貯金を下ろしてきた。大丈夫だ。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、ファッションセンターの扉を、値切り品のワゴンを、やたら広い女性下着コーナーを粉砕する。俺は、広い店舗で割り合い狭い男性衣類コーナーでツータックのチノパンとニコイチのロンTをひっつかみ、冠婚葬祭コーナーと小物コーナーを横目に、レジへと走った。え、こんなコラボ商品出てたの? いや、今はそんな場合じゃない。え、ちょっと待って、このやたらごつい金具のついた黒い上着かっこよくない? 無駄にごつい金具ついてるのイケてない? ええい、一緒にレジだ!


 白地に赤の商号の入った袋――空袋を店舗に持っていくとキャッシュバックしてくれるので無くさないようにしよう――を受け取り、俺はファッションセンターのもう一つの出口を粉砕しつつ、通学路へと戻った。

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