平穏時代物語⑧




過去を思い出し深く息を吐く。


―――本当に出会いは唐突だった。

―――妻にするのが本気かどうかは今でも分からないけど、毎日それと似たようなことは言われるんだよね・・・。

―――それに私の前ではもう人を切らなくなったから権巌様への恐怖心も消えつつある。

―――・・・まぁ、私が見えないところではたくさん切っているだろうけど。


この時代は戦が多いと分かっているためそれを無理に止めようとは思わない。 初めてここへやってきた時も暴漢に襲われそうになった。 権巌がいるからこそある程度の平和が保たれているのかもしれない。

それに権巌のことを誰もが敬っていて、本当に一番偉い者だと分かれば余計何も言えなくなった。


―――それでも平和は望んでいるんだけどね。

―――・・・というか何が平穏時代よ。

―――『平穏』っていう言葉の意味を知ってる?

―――ここは全ッ然平穏なんかじゃない!


そのようなことを考えながら風呂を出る。 時刻を確認しつつ宴会所へ向かうと皆揃って待っていた。


「陽与梨様! お待ちしていましたよ!」

「ささ、陽与梨様は主役ですのでこちらへ」

「ありがとうございます」


皆笑顔で接してくれる。 ふと奥にいる権巌が気になりチラリと目をやると権巌と周辺にいる者は真剣な面持ちをしていた。


―――権巌様のいるところだけ空気が違うみたい・・・。


そのようなことを思っていると権巌は側近に耳打ちをした。


「まだスパイは見つかっていないのか?」

「はい、これだけ捜しても見つけられません。 既に城を去った可能性も・・・」

「・・・いや、まだだ。 何か嫌な予感がする。 見張りを増やしておけ」

「分かりました」


もちろん、そのようなやり取りをしているとは陽与梨は知らない。 権巌の周りだけ異様な緊張に包まれたまま宴会は始まった。


「今まで大変お世話になりました。 短い間でしたがここにいた時間は私にとってかけがえのないものです。 出会えたことに感謝しています」


最後のお別れになるかもしれないということで陽与梨は皆の前で感謝の言葉を述べる。 それを終えると食事が始まった。

今日帰れるのかは定かではないがここへ来た原因と同じことをすれば帰れる可能性が高い。 そして皆楽しそうに料理を摘まむ中陽与梨がどうしても気になってしまうのは権巌の存在だった。


―――・・・やっぱりこのままだと嫌だ。

―――最後は少しでも素直にならないと。


権巌も料理に手を付け始めたのを見て権巌のもとへ向かった。 権巌の斜め後ろに腰を下ろす。


「権巌様、お食事中に失礼します。 今日はこのような宴を開いていただきありがとうございました」

「よいのだ。 皆は陽与梨のことが大好きだからな。 楽しそうにしているように見えて実際は物凄く悲しんでいるんだぞ」

「・・・」

「無事帰れるといいな」

「・・・はい」


実際権巌と関わってみるもやはりむず痒い。


―――やっぱり権巌様の雰囲気が大分違う。

―――朝はいつも通りだったけど『今日帰る』と報告しに行った時はどこか冷たく怖かった。

―――でも奏思くんと一緒に遊んでいる時は見たこともないくらいに優しかった。

―――それに今だっていつもとは違う笑顔を浮かべて・・・。

―――一体どれが本物の権巌様の顔なの?


「・・・あと今朝のことなんですが」

「権巌様!!」


要件を伝えようとした時、切羽詰まった様子で側近が一人の男を連れてやってきた。 宴会の賑わいはその声で静まり返る。

それにつられ陽与梨も目を向けるとその男は小柄で先程まで一緒にいたあの奏思だった。


「・・・奏思くんッ!?」


驚いている陽与梨をよそに権巌は冷たく言い放つ。


「ソレがそうか?」


―――え、どうしてそのような態度・・・。

―――さっきまで一緒に遊んでいた奏思くんなのに。


あの時の子供に優しい目を向ける権巌とはまるで違った。


「こそこそと城の中を隠れ逃げ回っておりました」

「なるほどな。 やはり偵察にでも来ていたのか。 ご苦労だったな」


権巌は立ち上がり刀に手をかける。


「我は敵であれば女子供とて容赦はせん。 一時でも共に時を過ごしたとしても手心は加えん。 つまりお前はここで志半ばにして朽ちて果てる。 最期に何か言うことはあるか?」

「・・・」


奏思は口を閉ざしている。 この状況で理解が追い付いていないのは陽与梨だけのようだ。


―――・・・どういうこと?

―――まさかとは思っていたけどスパイって奏思くんのことだったの?



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