一日一編集『紙細工の月で乾杯するのか?』

朶骸なくす

It's Only a Paper Moon

 行きつけのバーでぼんやりと店内のBGMを聞いていた。

 なんの曲かは知らないが、店長は「有名ですよ」と言う。

 つまり、俺が無知なだけである。

 カウンターで四杯目に口つけながら「お一人ですか」と男が聞いてきた。

 まあ、たまにあるからいい。

 ここは普通のバーだけど、ナンパも逆もワンナイトもある世界だ。

「色々とフラれまして、ひとり酒です」

 俺が呟く間に、男は新しい酒を頼み「ふうん」と興味ありげに頷いた。

「勿体ないですね」

「わりーが、ヘテロなもんで。ソッチは勘弁してもらいたいね」

「……勿体ない」

 ちょっと期待していたのか、男は小さく笑いながら言う。

「少し期待したんですが残念です」

「お持ち帰り以外だったら、いくらでも酒に付き合うぜ」

 空になったグラスを振りながら、マスターに五杯目を頼む。

「強いほうで?」

「ザルでな」

 男は困ったという顔をしながら何杯目かわからない酒をマスターに「同じものを」と言う。

「愚痴なら聞くぞ。俺も酒飲みのダチにフラれたんでね」

「それなら遠慮なく。自分もフラれたばかりでして。やけ酒だったんですが、好みの方を見つけまして、ちょっと下手でもナンパをしようと思ったんですが慣れないことはしない方がいい、と今、学びました」

「あっはっはっ」

 男は端整な顔立ちで困ったことがないのだろう。

 受け身から攻めに走っても上手くはいかなかった。

「見る目はあるのか?」

「この結果を見て、あると思いますか?」

 返しに俺は、もう一度笑い、六杯目を頼む。

「まあ、アンタみたいな人にナンパされちゃあ、容姿に自信を持っていいのかもな」

 今度は、この返しに男は笑う。

 ツボにはいったようで、くつくつと笑いながら酒を煽り、またくつくつと笑う。

「はぁ、憂鬱な気分でしたが貴方に会えて良かった。そろそろ帰ります」

「いいのか、俺を潰さないで」

「もう、やめてくださいよ」

 男は、またくつくつと笑い、

「また会えたら普通に飲みましょう。下心ありませんからね。そうですね、ロマンチックに月が満月の時にでも会いましょう。紙細工の月でも本物と変わりないかもしれませんしね」

 そう言って男は立ち上がり、会計を済ましてドアのベルを鳴らしていった。

「紙細工?」

 呟くとマスターが「今、かかっている曲ですよ」

『It's Only a Paper Moon』と言うらしい。

 すぐさま調べると、俺は「ハッ」と笑う。

「ナンパできてるじゃねえか」

 俺が次の満月を楽しみにしているのか、どうか。それは俺が決めることらしい。

 キザったらしい男だったが、嫌いではなかった。

 また酒を『飲む』なら身の上話くらい聞いてやってもいい。

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