第18話
「おねーちゃん今日は楽しんできてね!!」
「うん!ありがとう紅葉。いってきます!」
おしゃれに気を遣うのは何年振りだろうか。
今朝方はやくに起きてママにコーディネートしてもらって、ベージュのベレー帽なんて被っちゃって。
玄関の姿見に映る自分は、まるで別人に生まれ変わったかのようで……。
今日は汐凪さんたちとショッピング!
思い出に残るように、全力で楽しもう!
「お待たせー!うちらが一番最後はいつも通りっと!てか“追川っち”も時間より早く来るタイプかー!えらいねー!!」
「えへへ///……こうやって友達と買い物に行くの、初めてだし。楽しみで」
「……うっそ。ちょっとまじ?これ男ウケとか狙ってない素?鬼かわじゃん」
「今のはほんとそう。萌えすぎて鼻血でそう」
待ち合わせ場所に時間ちょうどになってやって来たのは
安島さんは相変わらずテンション高くて、ボクに「かわいい」とかストレートに言ってくれるし、その言葉に嘘が感じられないから、ちょっと好き。
そして何故かボクのちょっとあとに来ていた汐凪さんは赤面して鼻を両手でおさえている。
あと安島さんに手を引かれてやってきた立村さんは先ほどから一言も喋らない。なんか不機嫌そうな顔をしていた。
「………毎回、カリンはお寝坊さんだから家に行って起こすの大変。カリンがもう少し早く起きてくれれば、私たちだってもう少し時間にゆとりを持てるのに……」
「いやいや、スモモがうちのメイクにこだわるからでしょ!あれパパッと済ませたら時間も余裕なんだけど!?」
「……それはダメっていつも言ってる。カリンは可愛いんだから、お化粧にも手間をかけるべき。そしてそれは私の役目。これ常識」
「はじまった。カリンとスモモの夫婦漫才。ほんとこれをいつも間近で拝めるとか、眼福だわぁ。………尊いよね、あの二人」
わーわー言い合っている安島さんと立村さんを、一歩引いた場所で微笑みながら眺めている汐凪さんが隣のボクにそう問いかけてくる。
今の反応を見る限り、もしかしたら汐凪さんはアニメやVtuberだけじゃなくて、百合好きでもあるのかも知れない。
今までそんなことは本人から聞いたことが無いけれど、多分そうだと思う。
ボクは控えめに頷いた。
ボクはと言えばアニメや漫画は好きだけれど、百合だの薔薇だのにはあまり関心が無くて、別にそういうジャンルに好きも嫌いも無い状態だ。
けれどもし、『親友』の汐凪さんが好きならば、ボクもそれにはなんだか興味が湧いてくる。家に帰ったら早速ネットで調べてみようと思う。
汐凪さんは頷くボクを嬉しそうに見つめて優しく笑ったあと、安島さんと立村さんに「はやく買い物行こ!」と促した。
なんだか慣れてるなーと思った。
事前に配布された修学旅行のしおりに書かれた必要なもの。それらで各自足りないものを買ったあと、ボクたちはゲームセンターに並んだおもちゃ屋さんに来ていた。
「いくら隠れてスマホ持っていくのはマストだとしても、やっぱボードゲームとか欲しいよね!この人生ゲームならぬ『人生終了ゲーム』とか面白そうじゃない?」
「………でも内容は人生ゲームと一緒」
「もう!こういうのはノリでしょ、ノリ!!」
そんな風にお店の前で今日何度目かのワイワイする安島さんと立村さん。
この後もまたきっと汐凪さんが笑いながら間に入るんだろうなと思い、ボクはそんな流れが、空気が無償におかしくてカラカラと一人笑う。
そしてふいに横へと流して視線が、隣のゲームセンターの一部へと止まった。と言うよりも、そこへと吸い寄せられた。
「??……兎月、なに見てるの?」
「えっ?あ、いや、なんでもない、よ?」
「………もしかして、あれが欲しかったり、する?」
「え、あ、あぅ。そ、そんなこと、ないよ?」
ボクがそれを見て、ぼーっと眺めているところを汐凪さんに見られてしまった。汐凪さんに何を見てたのか聞かれても、なんだか『それ』を見てたことが恥ずかしくて素直に「うん」と言えなかった。
そんな状態のボクを見て、汐凪さんは隠し事をされて機嫌を損ねてしまったのか。それともボクに呆れてしまったのか。
彼女は「はぁ、、、もうっ///ほんっとにこの子は!」とか言いながらボクの隣から離れてどこかへ行ってしまった。
それがどうにも寂しくて、急に胸の奥が痛くなって、とてもじゃないけど汐凪さんが離れて行った方を見ることが出来ない。
(情けないな……)
それから数分のうちに彼女は戻ってきた。
俯くボク。
そんなボクの被っていたベレー帽が外された。
そして間もなく髪になにかが挿される違和感。
ボクは無意識に『それ』へと手を伸ばし、触れた。
「こ、これ……」
「にしし!あたしも伊達に何度もゲーセン通ってるわけじゃないかんね!こんぐらい、余裕よ!!」
パシャリ
汐凪さんが不意にボクを彼女のスマホで撮る。
そして微笑みながら見せてくるその画面には、白い羽根をモチーフにつくられた髪留め。
「あ、あ……。ありがとう!」
傍から見たら安っぽいつくりの髪留め。
ゲームセンターの、よくある小さいUFOキャッチャーで取れる些細な景品。
けれど、最初に『これ』を見たとき、なんだか「とても綺麗だな」と思えた。
汐凪さんがボクのために取ってくれたことで、『これ』はボクにとって間違いなく大切なものになり。
そして今日を忘れないための形に残る『思い出』にもなった。
「にしし!」
汐凪さんの笑顔でこちらに向けるピースサインもまた、ボクの脳内に明確に焼き付いた。
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