剣技に見蕩れ、汗を頂戴する

「貴方!あんな綺麗な刺繍するから、どんなに手先が器用かと思ったら…」

厨房では、ハンナさんが絶句していた。

すいません、僕、不器用なんで。

刺繍以外はテンデダメなんで…

僕の視線の先には、元の大きさの半分くらいに成り果てたじゃがいもが数個…転がっている。


僕は、その日、どうしてもお腹が空いて、夕食前の厨房を覗いたのだ。

ハンナさんの目線は自分の手元の野菜へと向いたまま

「ちょっと手伝って!そこのじゃがいも剥いてちょうだいな!」

と言葉だけ発する。リズミカルというか…目にも留まらぬ速さで野菜を刻む。

見るからに大忙しなハンナさんの少しでも役に立とうと…

いつも美味しいご飯をありがとう。

の意味を込めたお手伝いを…した筈なのに。

逆に迷惑をかけてしまって、シュンとする。


1個目で挫けそうになったが、練習あるのみ!剥いてる内に上達するかもしれないという薄い期待もあって、剥き続けた結果、惨敗。

不格好な上に、異様に小さくなったじゃがいもを転がすだけになってしまった。

あー、刺繍しか出来ない僕って、本当に役立たず。


結局、厨房では何も手伝いをする事が出来ないので…隅っこの方で座っていた。

皿を拭く為の布巾を見つけて、布端に、小さなパンの刺繍を施した。

こういう事しか出来ないんだよなぁ…

しかも、勝手に刺繍してしまった事をどう言うべきかと…


やっと下準備が終わったのか、ハンナさんの表情は和らぎ、こちらへやって来てくれた。

「あれまぁ、これはまた可愛い刺繍だねぇ、ほんと美味しそうだ、御礼をしなきゃ」

いやむしろ、夕食の材料を減らした僕の方が何かしなくてはイケナイのに…

刺繍の御礼にって、クッキーをくれた。


ハンナさん…好き。

食べ物くれる人…好き。

そんな顔になっていたのだろう。

「リュカ、貴方…凄くわかりやすい、騙されないようにね。食べ物に釣られて、変な人に付いてったらダメよ。お腹が空いたら、ここに来なさいね」

めっちゃ注意される。

まさに母上のようで、僕は、突然の思い出しホームシックで、ちょっぴり涙が落ちそうだった。


グイッと指で涙を拭い、クッキーを口に入れた。

ハーブとジンシャーの香りがする、スパイシーなクッキーは、初めてで衝撃を受けた。

クッキーと言えば、甘いというイメージが払拭される。

本当に、色んな食べ物が作れるという事に尊敬する。

僕にもそんな風に、毎日毎日を大切にして、技術を高めていけるようになりたいと思った。

ここの王宮では、そんな発見が多い。

この間も、多分年齢的には、僕と変わらない女の子を発見した…掃除をしていたのだけども、それがとにかく素早くて、あっという間に綺麗になっていくのを眺めていた。

振り返られ、ちょっと怪訝な顔をされたので、退散したけど、もう少し見ていたかったなぁ。


僕は、ご飯の楽しみの他に、人間観察という趣味を加えた。

日常に慣れてきた事もあるのだろう、周りを見る余裕が出てきた。



クッキーを食べ終え、ボーッとしていると、バードが向こうから手を振っているのが見えて、一応儀礼的に振り返した。

すると、一気にこちらへ駆け寄ってきた。

バードは、最初に僕を案内する役をしてから、何となくお世話係みたいになってくれていて、ちょこちょこ声を掛けてくる。割とうるさい位に…


「リュカ、ちょっと見せたいものがあるから行こう!」


ふぅ、僕は良い香りがする厨房に居たかったけど、先輩の言うことには従うしかないと思って、ついて行った。

どこに行くのかな?

しかも何故か、さらりと手を繋がれた。

僕はそんなにも迷子になりそうな子供のように見えるのだろうか。


少し歩くと、建物の裏手に入り、向かう先が見えてきた、男達がかなりの人数居て、共に剣を持って闘っているように見える。

バードに連れていかれた所は、騎士たちが真剣に稽古をしている場所だった。

剣と剣がかち合うと、バチッと火花みたいな物が出ていて、もの凄い迫力に僕は思わず一歩引いてしまった。


あれは何?

本物の剣では無いのか?

青ざめながら見渡すと、アルさんも居て、僕は思わず駆け寄りそうになった。

また、傷が出来てしまうのでは無いかと思い、バードと繋いだ手に自然に力が入る。

「大丈夫だよ、本物の剣じゃないから、切れたりはしないよ…当たればもちろん痛いらしいけど、かっこいいよね、俺も来週からは、参加するんだ」


それはかなり羨ましい。

僕は…幼き頃に夢見た騎士同士のやり合いを、今目の前で見ている。

重たそうな甲冑を身に纏い、額に光る汗と、怒声のような叫び…まさに、男らしいという言葉そのもの。


目線は特に美しく剣技を見せつけるアルさんへと釘付けだった。

高身長の彼は、軽々と剣を振っていた。どのくらいの重さなのかは、分からないが、あんなにスピードを出せるという事は、かなりの筋力を持っているのだろう。

力が込められる時にキュッと引き締まる筋肉がかっこいい。

最短で相手の急所へと剣先を向けている。

まるで舞うように流れるような剣技に見蕩れていた。


その時、バチリとアルさんと僕の目線が重なった。

一瞬だけ、え?って顔をした気がしたけど、また目線は相手に戻り、しばらく打ち合いが続いた。


一旦休憩になったのか、アルさんがズンズンと、こちらにやってくる。

少し表情が険しくて、なんだか怒ってるかも?

そうか、真剣に稽古している所を邪魔したからかもしれないと、僕は身を縮める。片手でギュッとスカートを握った。


「リュカから手を離して貰いたいな」

あ、僕の名前知ってたんだ。

呼ばれた事がなかったから、知らないんだとばかり思っていた。

その言葉は、僕では無くバードに向けられていて、怒りの矛先はバードに向いてる事が分かり、ほんの少しだけホッとした。


「え?あ、はい…」

ほんの少しだけ不服げにするバードから、僕の手を無理やり剥いで、アルさんは僕の手を取った。

途端に優しい表情になって僕と目を合わせるので、僕は目のやり場に困り、アルさんの額の汗を眺めた。

ポタリ…落ちる前に繋がれてない方の手で受け止めた。

なぜそうしたのかは、分からないけど…敢えて言うなら…

なんか、落ちて地面に吸われてしまうのが勿体無い気がしたから。


「汗!そんなの汚いから、ダメだよ、手で受けちゃ!」

アルさんが慌てるように僕の手のひらの汗を自分の服の裾で拭う。

そんな汚いとかじゃなくて、とても、神聖な物に感じたんだけどな…

アルさんの慌てる様子が可笑しくて、クスッと笑ってしまう。

隣のバードが「え?!リュカが笑ったの初めて見た!」と感嘆の声を上げ、それはアルさんも同様で、とても驚いてるようだった。


「笑い声は出るんだね」

なんて言われて、僕はヒヤッとした。

思わず出た笑い声は、思ったより高くて女っぽかったけど、声を聞かれてしまったことを反省した。

途端に表情はシュッと戻る。


もっと笑えば良いのに!可愛いから!とバードが言ったが、僕は完全無視だった。

アルさんをチラと見ると、何か考え込んでいるようだった。

難しい顔になってる。

我慢してるようにも見えたので、御手洗かな…と思った。

それなら尚のこと、早く失礼しなくては。

他の騎士達の視線を感じ、僕はいつまでも邪魔をしていると怒られると思い、アルさんに深々と頭を下げると、厨房の方へと向かった。

待ってよ〜とバードが追いかけてきた。


厨房に戻ると、すっかり夕食の用意が出来ていて、僕は、意気揚々に椅子へ着いた。

でも、さすがに…新入りが1番に手を付ける訳にはいかないので…

皆が来るのを静かに待った。

先程のアルさんの剣技が頭の中をぐるぐると廻る、本当にかっこよかった。


ぐーきゅるきゅる。

そこで、僕の思考は一気に空腹感一色になったけど。



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