【悲報】出会い系サイトで教え子を釣ってしまった

真嶋青

第一部 夏

第一章 I'm crazy about you

第1話

 季節は夏。教室の窓からは、雲一つない青々とした空が見える。セミの鳴く声も暑苦しいぐらいの盛況だ。

 

 「本日は皆さんに少しだけ変わった授業をしてみようと思います。テーマは英語表現そのものについて」


 私――三波みなみ 千晴ちはるは教壇に立ち生徒と向かい合っている。

 私が高等学校の英語教師になってから、もう三年。仕事には概ね慣れてきたが、教育においてというのはあまりいい言葉だと思っていない。教え方が単調になってしまうような気がするからだ。だから、定期的に学び方の趣向を変えてみる。


 「皆さんは、英語で好きな人に告白するとき、なんて言いますか?」

 「『I love you.』でしょ?」

 「正解!」

 「受験生をバカにするなー!」


 ムードメーカーの男子生徒が茶々を入れる。クラスメイト達は彼に同調したり、笑ったりする。とても雰囲気の良いクラスだ。

 

 「馬鹿にしてるわけじゃないんですよ。『I love you.』も答えの一つです。じゃあ、他は?皆さんは他にどうやって相手に好意を伝えますか?」

 「……?」

 「日本語だったら、『貴方が好きです』、『貴方を愛してます』。夏目漱石は『月がきれいですね』ともいいました。一つの事を伝えるだけでも、いろいろな表現ができます。今日は、グループワークで、新しい『好き』の表現を学び、考えてみましょう。英語も人が使う言葉です。教科書に載っているフレーズだけ覚えるのでは、つまらないでしょう?」

 

 ――――――。

 ――――。

 ――キーンコーンカーンコーン……。

 

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 最初は私の授業に戸惑っていた生徒たちだったけれど、皆で新しい言葉を覚えたり、思いついた言葉をワイワイと伝え合う時間を楽しんでくれていた。せっかく勉強するなら、教科書や黒板と睨めっこするより、こうして自発的にインプットとアウトプットを繰り返す時間を過ごした方が良い。

 

「今日はここまで。明日からはまた面倒な文法のお勉強です」

「「「えーーー!」」」


 思ったよりも良い反応を示してくれた生徒たちに満足し、私は終わりを告げる。

 

「また、カリキュラムに余裕が出来たら、こういうこともしてみましょう。それじゃあ日直の方、号令を」

「起立!……礼」

「「「ありがとうございました!」」」


 授業から解放されてリラックスした生徒たちが雑談に興じ始める。ガヤガヤと雑多な会話が飛び交う教室の様子を見届けつつ、私は職員室へと戻ろうとした。


 「せーんせ!忘れ物!」


 廊下に出たところで、一人の女生徒から声を掛けられた。

 松風まつかぜ 里穂りほ。今しがた授業を終えたクラスの生徒。そして、学園のアイドル。

 背中まで伸びた癖のない長い髪は、淡い栗色に染められていてよく目立つ。顔立ちも整っていて、共学のこの高校ならば、男子から高い人気を誇っているだろうことが分かる。

 同性から見ても、ここまで綺麗な顔立ちだと嫉妬より有難みを感じてしまうだろう。眼福という奴だ。


 どうやら彼女は、私が教壇に置き去りにしたボールペンを持ってきてくれたらしい。

 

 「松風さん、ありがとうございます」

 「どーいたしまして!お礼はココア一杯でいいですよ!」

 「ええ……」

 「冗談でーす。アハハ!」


 最初は突然の要求に戸惑ったが、彼女の笑顔につられて私も自然と口角が上がった。

 別に缶ジュース一本くらい買ってあげても良かったのだけど、彼女はそのまま教室に引っ込んでしまう。

 下手な社会人より素晴らしい処世術をお持ちだ。きっと、どこに行っても多くの人から好かれる。

 

 「さて、次の準備をしましょうかね」


━━━


 今日も仕事を終えて、家に帰りつく。家には誰も居ない。一人暮らしなので当然だ。


 「んああああ!今日も疲れたー!ご褒美のビールを飲んじゃうぞ!」


 一人暮らしを始めてから独り言が増えた。疲れている自分のテンションを上げるのに声を出したくなるのだ。

 本日の夜ご飯はコンビニで買ったハンバーグ弁当とビール。最初は自炊を頑張っていたけど、仕事から帰って包丁を握る精神力はもうなくなった。世の中のお母さん達は凄いのだと、改めて実感している。


 ――ピロン!


 子気味良い電子音が、床に放られたカバンから聞こえてくる。

 その瞬間、私はカバンに飛びついて携帯を取り出した。


 「あ! リホさんだ!」


 三ヶ月ほど前に始めた出会い系アプリで知り合った

 まだ、チャットでのやりとりだけだけど、落ち着いた大人な印象を持っている。顔も見たことは無いが、私は、このリホという女性に首っ丈だ。

 

 ――昔から、恋愛対象は女性だった。


 何がきっかけだったのかも分からない。中学生の時、初めて好きになった人が、クラスメイトの女子だった。

 思春期真っ只中の私は、自分の恋心に気づいた瞬間、それはもう舞い上がっていたのを覚えている。そして、勢いのまま告白をして、当然の様に玉砕した。

 彼女は、とても優しかった。私に告白されたことを言いふらすでもなく、その後も、それまで通りの関係を維持しようと努めてくれていた。

 でも、私はそれを受け入れられなかった。勝手に好きになって、振られたら勝手に怒って。今思うと自分勝手だ。

 

 酷く苦い思い出。

 

 それからは、人を好きになっても想いを伝えないようにしていた。どうせ、自分の気持ちは受け入れられないのだと殻に閉じ籠っていたから。

 しかし、いつまでもで居るというのは辛いものらしい。社会人になって、一人暮らしをして、いつの間にか人肌恋しい気持ちに耐えられなくなっていた。

 そんなときに、つい出会い系アプリなんてものをインストールしてしまう。その日のうちに、プロフィールまでしっかり書いて……。

 そして、リホさんと知り合う。


 リホさんは、私と同じ悩みを抱えているという。同性を好きになってしまう人。

 最初は顔も知らない人間を信じる気にはなれず、半信半疑でやり取りをしていた。

 でも、彼女から語られる想いは、痛いほど私に共感できるモノだった。半月も毎日のようにやり取りをすれば、私はもう彼女を信頼してしまっていた。

 そして、今に至る。

 

 

 『こんばんは。お仕事お疲れ様です。今日はいい天気でしたね。ハルさんの調子はどうですか?』

 

 ハルといういうのは、私のアプリ内での名前だ。


 『こんばんは、リホさん。今日は仕事が上手くいってテンション高めです!』

 『それは良かった。今は何してます?』

 『ご飯を食べようとしてました。』

 『え……ごめんなさい。後の方がいいですか?』

 『大丈夫! リホさんは何してます?』

 『実は、私もご飯を食べてます……』

 

 「うわ、なんか嬉しい……」


 その後も、私はご飯を食べながらリホさんとの会話を楽しむ。

 話すことは大した内容ではない。動画配信サイトでおすすめのチャンネルを紹介されたりとか、今日あった嬉しいこととか。そんなことを話していた。

 それだけのことで、――私の中にチリチリした燻りのような感情が溜まっていく。

 

 そして、思ったことを、何となしに打ち込んでしまっていた。


 『会いたい』


 それまでの会話をぶった切るようなタイミングでの唐突な一言。

 ハッとした時にはもう遅い。メッセージには、既読マークが付いている。

 

 「あーあ。やっちゃった」


 私の良くないところだ。大事な所で我慢がきかなくなる。

 ずっと言わないようにしていた。拒絶されたら、また終わってしまうと思ったから。

 思い出されるのは中学時代の初恋だ。

 

 また、同じことになる。


 そう思っていたときだった――。

 

 『いいですよ』


 メッセージを見た瞬間、私の全身は、言い知れない浮遊感に包まれた。

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