同居人は魔法使い 5

「うあー」

「行き詰まってんの?」

「うわっ、ビックリした……。何だ、委員長かよ」

「何だとは失礼や奴だな」


 委員長の苦瀬が苦笑いを浮かべながら、俺の前の席に座り込み、俺の机を覗き込む。


「どうせ締め切りは自由登校が終わってからだし、そこまで真剣に考えなくてもいいんじゃない?」


 真っ白な紙を見ながら励ます彼に、俺は強く首を振った。


「無理」

「そんなに難しく考えんなよ。今まで感謝してきた事とか、思ってきたこととかはないの?」

「あるのは……ある」


 そりゃあ、随分と長い付き合いですから。思い出の一つや二つは、ありますよ。

 でも、俺はこんな性格だからいつも降魔さんに八つ当たりをしてしまう。


 素直に褒めてくれることも、素直に受け取れないのが現実。

 お世辞でも、大切な人に褒められるのは嬉しい。当たり前だろ?


 でも、それを感情で曝け出すのは何故か無理だ。


「そう言えば書く人って、ヨミの家に遊びに行った時に居た人で合ってる?」

「そうだよ。降魔さんだよ」

「降魔さんって、何で苗字呼びなんだよ。もう随分と一緒に居るんだろ?」

「んなの俺に言われても分かんねーよ。俺、小四の時に降魔さんと出会ったんだよ」


 あの頃の俺はちょうど、怪我を負っていたときだ。顔の傷も完全に治った訳ではなく、頬にガーゼなどを貼っていた。

 腕も骨折していたから包帯が巻かれていて、よく同年代子供たちから気味悪がられていた。

 だから、一人でいることが多く、ずっと趣味にしてきた絵を描いて過ごしていた。


 降魔さんと出会ったのはそれから一ヶ月後ぐらいだった。


 そう言えばそうだったな。


 俺は過去を振り返ながら懐かしく感じている。苦瀬が机の上に頬杖をした。


「しっかし、その降魔さんってさぁ〜。すっげえ美人だよな」

「そうか?」

「おう。何つーか美人というより、人間離れした美しさって言った方がしっくりくるかもな」

「ブフっ!」


 人間離れ。

 ふと、思いついたのだろうか。苦瀬は適当に口にするが、それが俺にとっては的中しすぎて思わず吹き出してしまった。


 何だよー、苦瀬は怪訝そうに呟いているも気にしない。


 そうだよ!

 降魔さんは人間じゃない!!


 魔法界から来た、正真正銘の魔法使いだった!!


「ヨミ、何とか言えって」

「ごめんごめん。ただの思い出し笑い」

「悪趣味だな」

「そもそも手紙なんて書いたことあんまないし」

「逆に手紙をもらったことは? 一つや二つはあるんじゃないか? それを参考にした方が良いんじゃないか?」

「手紙ねぇ……」


 さいごに貰った手紙。

 その時俺は、過去に貰った白い封筒の存在を思い出す。


 だが、それを手紙と呼ぶことは俺にとって無理だった。


 その他に思い浮かぶものがなかったため、俺は断念して机の上に突っ伏した。苦瀬の心配そうな声が上から降りかかる。


「何か思い付いたかー?」

「あっても委員長なんかに分かるわけねー」

「はいはい。それはごめんごめん」


 苦瀬は俺を軽く宥めると、突然表情を変えて声を上げた。何やら妙な事を思い付いたらしく、晴れた顔を俺に見せる。


「じゃあさ。こうしようぜ」

「え?」

「明日から自由登校が始まるだろ? だから、その間……」


 苦瀬の提案を聞いた時、俺は思わず椅子からズッコケみんなの注目の的になってしまったことは言うまでもない。



「え? ボクの好きなものを教えて欲しい?」


 きょとん顔で俺の質問内容を繰り返す降魔さん。俺がうんうんと頷くと、降魔さんは顎に手を当てて考えにふけた。

 帰宅後俺は、苦瀬に言われたことを早速実行してみようと試みていた。


 苦瀬の考えた提案は、自由登校期間の間、降魔さんと思い出を作るという至ってシンプルな内容。

 だが、シンプルなものが実は行動に移すことに苦戦するものだ。実際、俺はこの提案をクリア出来るかすら不安である。


 何をするにも誘ってくれるのは、降魔さんの方だからな。俺から声をかけるのは滅多にない。


 だって、恥ずかしいだろ? 


 なんか、照れ臭いし。今更どこか行こうとか我儘言えない年だし。俺が中学生とかだったら、可愛げがあったかもしれないけどな、もう手遅れなんだってば。


 だから、降魔さんの好きなものでも聞き出せたらいいなとか思って聞いてみたんだ。それで今に至る訳だ。


「えェ? 急にどうしたの?」

「良いから、教えろよ」

「ボクは、ヨミくん一筋だよ」

「ふざけるな」


「真面目に答えたのにー」不服そうに呟く降魔さんを無視する。あまりにも答えないものだから、俺は焦ったくなり思わず声を荒げる。


「そうじゃなくて!! 好きな食べ物とか趣味とかはないの?」

「食べ物ー? オムライスとか」

「それ俺の好きなやつだろ」

「バレた?」

「俺はアンタの聞いてるんだ!!」


「そんなこと言われてもねェ」降魔さんは唸りながら呟く。


「あっ」

「何?!」突然の声に、俺はすぐさま反応する。


「カレーかな」

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