【KAC20241】魔術師の遺産

肥前ロンズ

第1話 調書が書けないトレジャーハンター

 イリスには三分以内にやらなければならないことがあった。

 遺跡捜査の調書の締切だった。

 イリスは、文書を書くのがとても遅い。だから、いつも調書を後回しにしてしまう。そのたびにイリスはギルドの仲間にせっつかれたり、嫌味を言われたりするのだが、そんなことでイリスの悪癖はなおるわけがない。


「くそっ……なんでこんなに溜め込んでたんだ、俺……!」


 イリスは、額にかかるオレンジ色の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

 調書の締切を今度こそ敗ればクビだと、ギルドマスターの娘から釘を刺されている。もう何度目の警告かわからないが、イリスはそのたびに約束を守ろうとはしていた。

 そこで、はあ、とため息をついて現れたのが、ギルドマスターの娘エルザだ。

 黒く長い髪を右手で払って、エルザはイリスのところまで歩く。机に向かうイリスの隣で、自分の手を置いた。


「あんたねー。毎度毎度後悔するんだったら、百字でもいいから毎日書きなさいよ」

「どこぞの小説家の創作論みたいに言うなよ……俺は文章書くのも読むのも苦手なんだよ……」

「はいはい、知ってるわ。だから代わりに、仕事をあげる」


 はい、とエルザはクエストの紙をイリスの前に突きつけた。


「これ、こなしたら締切また伸ばすわ。しっかりやって来てちょうだい」


 こうなるたび、エルザは救済措置を用意していた。イリスは事務仕事が大の苦手だが、肝心の遺跡調査の経験は他のものを優に超す。どんな危険な遺跡でも、必ず帰ってくる――それがイリスという男だった。

 本来なら得意技を伸ばし、苦手なことは仲間に任せた方がいいと、エルザは考えている。

 だが、イリスの身体能力や反射神経、危機察知能力についていけるものは、このギルドにはいない。よって、イリス以外に調書を書けるものがいないのだ。

 そこで、エルザは考えた。


「かの偉大なる魔術師の城に眠る、ホムンクルス。彼を連れてきてちょうだい」


 やつの相棒を、やつ自身に見つけ出させたらいいのだと。





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