第13話

 「お、おう、元気だったか?」


 何とか気を取り直したオレは、それに応答するように軽く手を挙げた。


 「うん、元気でやっているよ。大学にも合格したよ」


 「それは知っているけど、あれ以来まったく連絡がなくなったからさ。心配していたんだよ」


 「ごめんね。すこし浮かれていたのよ。それに大学生って、遊べるかと思っていたら、結構忙しくてさ」


 多少、嫌味を込めたつもりだったが、モンチは悪びれもなく答えた。


 「オレ、アパートを引き払って実家に戻ったんだ」


 オレがそう言うと、モンチはふと何かを思い出したかのように、「あっ!」と静寂の本屋で大声を張り上げた。


 オレは、周囲を気にしながら、迷惑そうに睨む店員や好奇の目で眺める客に頭を下げると、その後に続いたモンチの言葉に耳を疑った。


 「そう言えば、私たちって、付き合っていたのよね? 違う? そうよね? うっかりしてたわ」


 一体、何をうっかりしてたのかと、一瞬考えたぐらいだ。ただこの時は何かの冗談かと思った。が、今になってみれば、モンチならば、本当にうっかり忘れていたのかもしれないと思う。


 この頃はまだ彼女をよく理解していなかった。変人であることは、薄々勘付いていたが、これほどまで苛烈なサバサバした女だとは知らなかったのだ。


 言っておくが彼女は、自分のことを体外的に――サバサバしている――とアピールする、いわゆる自サバ女ではない。どちらかと言うと、自分では――執念深い――と思っているようだった。


 実際、彼女が何かを始めると、とことんやらないと気が済まないところがあった。ただそれも興味があるものだけであり、それ以外のものには、非情とも思える程無関心だった。


 ただオレはそのサバサバに救われた。そして何よりホッとしていた。


 まずモンチも「付き合っていた」と思っていたことだ。そしてそれが「~いた」という過去形であること。そしてオレがアパートを引き払った為に行き違いになったわけではなかったこと。


 もしオレが最初の相手でなかったなら、ここまで気にしていなかったかもしれない。処女を神聖化するつもりはないが、喉の奥に刺さった魚の骨のようにオレの中にずっとあった罪悪感だった。


 だから、去ったのはオレではなく彼女の方だということに安心したのだ。我ながら姑息で卑怯な思考だと自覚している。


 「ところで、私たちって、まだ付き合っているの?」


 「さすがに終わっているんじゃないかな?」


 「そりゃ、そうよね」


 モンチはあっけらかんとしていた。笑顔にまるで屈託がなかった。


 それからモンチとは連絡先を交換して時折会うようになった。普通に街でデートすることもあったし、いっしょに旅行へも何度か行った。


 それは、恋人だった時にしなかった恋人らしいことを改めてやり直しているような境地だった。思い出が増えるたびに、足りなかったピースが一つ一つ埋まっていくような、不思議な感覚があった。オレにとってモンチは、元恋人と呼ぶにはその密度が足りなかったのだ。


 当初は、モンチの友達や知人に「元カレ」だと紹介されても、何とも収まりの悪い心地がしていたが、彼女が大学を卒業する頃には、おかしな言い方だが、堂々と「元カレ」として振る舞うことが出来るようになった。


 モンチが大学を卒業する間近の大晦日、オレたちは記念に二人で山に登った。その頂上で、濛々たる雲海から立ち昇る初日の出とその絶景を眺めながら、オレは感慨深く言ったのだった。


 「オレたち、ちゃんとした元恋人になったな」


 「他人から見ると、ふつうに恋人だよね」


 もし再会することなく、或いは再会した本屋でそのままサヨナラしていたなら、記憶として残ったモンチは、一時期セックスをしていた変わった女の子ぐらいのものだったかもしれない。


 その時、二人は固く手をつないでいた。確かにモンチが言う通り、他人からオレ達は現役の恋人の関係に観えたかもしれない。


 けれど、オレは、いやオレたちは、この時、元恋人として完成したことを確信した。


 ちなみに、これだけは言っておきたいが、再会後、オレたちの間に肉体関係は一度もない。そんな雰囲気になったこともなかった。

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