第2話 別荘

 女性作家である私は、出版社が用意した軽井沢の別荘で、1週間カンヅメにされて執筆に専念させられていた。追い込みだからとマネージャーから強制的に、外部からの情報はすべてシャットダウンされて。スマホも取り上げられてしまったわ。ひどくない?


 部屋には、お弁当とカップラーメンのゴミが散乱し、本当に1週間、この部屋から出なかったし、誰も、この部屋を訪れることもなかった。


 別荘といっても、別荘村とかじゃなくて、山の中腹の林道から入った一軒家で、ここから、どこかの集落に歩いても1時間はかかると聞いた。こんなところで、車で置き去りにされたら絶望しちゃうという感じかな。


 出版社も、よくこんな別荘を持ってるわね。作家の敵よ。とりあえず、電気、ガスは通ってるけど、スマホがあっても電波は届かないし、テレビとかもない。ひたすら、オフラインのパソコンに小説を打ち込むしかないもの。


 ただ、こんな環境で、執筆する他にすることもないし、出版社の思惑通りというか、くやしいけど1週間ぴったりに小説は完了したの。そして、一気に疲れが訪れて、ベットで倒れるように寝てしまった。


 あれ、ここはどこかしら? そう、執筆で閉じ込められて、軽井沢の別荘にきていたんだ。そういえば、期限の1週間を1日過ぎていて、昨日、迎えに来るはずだったのに、どうしたんだろう? でも、連絡は取れないし、待つしかない。


 他にすることがないから、散乱したゴミを片付けて、カップラーメンのカップとかも洗うとか、部屋を片付けた。そして、窓もあけて空気も入れ替えたら、気候もいいし、気持ちがいい。ずっと籠もっていたこの部屋にも愛着が湧いてきた。


 今晩は、キッチンにあったパスタとかを茹でて、トマトソースでいただこうかしら。でも、更に朝を迎えたけど迎えに来ないみたい。もう、約束した日から2日も経ってるのに。


 だから、1時間も歩くけど、下の集落に向かうことにしたの。マネージャーはどうしたのかしら。1週間は厳守だって怖い顔だったのに。


 木々に若々しい葉っぱが増え、暖かい日が増えて、お昼とかは上着はいらないという感じになってきた。


 別荘の玄関の鍵を締め、アスファルトの山道をあるき始めると、昨晩に軽く降った雨のせいなのかしら、道は少し濡れていたわ。とはいっても滑るほどじゃないから、スニーカーで軽快に降りていったの。


 こんなに長い時間、熟睡したのは久しぶりだったから、気持ちはいいわね。春のちょうどいい季節というか、そよ風が心地よい。


 ずっと家に閉じこもっていたら、久しぶりに木々から漏れる陽の光は眩しいわ。そして、木漏れ日は美しい。こんなに外は素敵なんだと思いつつ、久しぶりにでたから、そう思うのかもしれないわね。


 山道は、路肩に溝があったり、山とは逆の方にガードレールがあったりと、人里離れているけど、結構、整備されているんだなと今更ながらに思った。


 集落まで1時間なんて嘘だろうとおもったけど、もう45分降りてきて、やっと遠くに集落が見え始めた。本当なんだと思う一方で、もう疲れたなという気分だった。


 やっと、集落に降りてこれたわ。マネージャーには、後で文句を言わないと。本当に疲れた。さっきより広めの道路に沿って、10軒ぐらいかしら、立派な家が並んでる。まずは、電話を借りよう。


 玄関のベルを鳴らしたんだけど、出てくる気配がない。この家は不在なのかなと思い、横の家に言ってもダメで、次々とドアベルを鳴らしても人がいない。どうしたんだろう? 今日は集落の集まりがあるとか?


 近くに集会所という看板がかかった家もあったけど、人はどこにもいない。これ以上、次の集落まで歩くと、どのぐらいかかるか分からないし、疲れたから、どこかの家に入り込んで電話を借りようと思い、周りを見渡した。


 そしたら、ある家の庭側の窓が空いていて、そこから風が入り、カーテンが揺れているのを見つけた。これはラッキーと思い、電話を借りるだけだからと自分に言いきかせ、お邪魔することにしたの。


 こんにちはと小さな声を出し、靴を脱いで家に入った。その部屋には電話はなく、電話は隣の部屋にあった。そこで、唯一覚えているマネージャーの電話番号に電話したけど出ない。


 どうしたんだろう? 何回も電話したけど、繋がらない。他に電話番号なんて覚えていないし、試しに、私のスマホにも電話してみたけど、これも繋がらない。どうしたんだろう。ここは田舎だから、電話が止まってる? いずれにしても困ったわ。


 どうしよう? 別荘に戻る? それとも、次の集落に行ってみる? この集落が並ぶ道路にはバス停もあるけど、週末は運休のようで、今日は来ない。でも、この道路沿いの集落なら、次の集落まで、ここから1時間ということはないわよね。


 ということで、次の集落まで行くことにしたの。川沿いの道路で、渓谷なのかしら、美しい風景が続いていた。川には大きな岩があったり、滝のようなものも見えた。河原もあったから、夏とか、家族とかが集まり、バーベキューとかするのかもしれない。


 15分ぐらい歩くと、さっきと似た集落とバス停があったけど、ここも、誰もいなかった。どういうことかしら。こっそりお邪魔して電話もかけてみたけど、繋がらない。


 そんなことないとは思いつつ、この世界は自分だけになってしまったんじゃないかと心配になった。そして、更に15分ぐらい歩くと、それなりに大きな町に出たの。そして驚いたことに、3階建ての大きめの病院の建物に人が溢れていた。


 病院に駆けつけてロビーに座り込んでいる老人に声をかけたの。


「あの、何があったんですか?」

「あなたは、見えるんですか?」

「なんのことなんですか?」

「助けてくれ。」


 そう行って、その老人は、私の方にすがってきた。でも、それ以上の話しができないので、申し訳ないと思いつつ、椅子に座らせて、別の若そうなご夫婦のところに行くことにしたの。


「あの、何があったんですか?」

「え、目がみえるんですか?」

「見えますけど、みんな見えないんですか?」

「ええ、3日ぐらい前に夜に大きな彗星が見えるって話題になっていて、それを見てからだと思うけど、だんだん見えなくなってきたんです。そこで、見えなくなる前に病院にと、大勢がこの病院に集まってきたんです。なんていう彗星だったけ?」

「たしか、バーナーディネリ・バーンスタイン彗星とか言っていたような。あんなに話題になっていたのに、知らないの?」

「ちょっと、仕事で部屋に閉じこもっていて、世の中の話題とか、そんな彗星が見えていたなんて知らなかった。で、原因とか分かったんですか?」

「先生も目が見えないし、まだ原因とか分かっていないって。でも、みんな、彗星を見たのが原因だと思うと言っている。」


 私は、医者じゃなくて、この人たちを治すこともできないし、申し訳ないけど皆を放置して病院を出た。そして、駐車場に、キーが付いたままの車があったので、罪悪感を感じながらも、車を拝借し、東京に向かった。


 とはいっても、車を運転中にどんどん目が見えなくなったのか、多くの道路で車が衝突して煙を出していて、高速とかすんなり走れなかったの。でも、4時間ぐらいかかって、東京の自宅に着いた。


 車は、近くの駐車場に放置することにした。運転手は、多分、目が見えずに車を運転できないんだから、もういらないわよねと勝手に思い込んで。


 私の自宅は、代官山にあるんだけど、多くの車が衝突しているのは同じだった。また、自宅に来る途中でみた病院のロビーとかが大勢の人で溢れているのも同じ。それ以外は、少しだけど、周りで目が見えている人たちがいたのは、軽井沢の別荘の近くとは違っていた。


「こんにちは。あなたは目が見えるんですね。」

「ええ、最初に彗星が見え始めた日は酔っ払って寝てたもので。最初は、せっかくの光景を見逃して失敗したと思ったけど、お昼に家を出たら、周りに目が見えない人がいっぱいいて、彗星が原因だと騒ぎ始めたんです。それで、彗星を見てはいけないと思い、特に夜は家に閉じこもっていたんです。」

「目が見える人って、どのぐらいいるんですか?」

「私が、ここ数日、外を歩いて会えたのは、20人ぐらいですかね。彗星がよく見えるようになったと聞いた日から3日ぐらい過ぎたら、もう大丈夫だって、報道では言っていたけど、まだ信じてなくて、まだ夜空は見ないようにしているんですよ。あなたも注意した方がいい。」

「ありがとうございます。最近は、東京から離れていたんですけど、状況はだいたい分かりました。いずれにしても、お気をつけくださいね。」

「お互いに。じゃあ。」


 だいたいの状況は分かったわ。でも、これからどうしよう。少なくとも、音声で伝える映像は残るのだろうけど、作家業は大幅に縮小するんだと思う。また、農家とかもこの状況だと、食料とかもどうなるんだろう。


 そもそも、彗星が原因だとすると、世界中ということよね。しばらく戦争とかなくなりそうだけど、飛行機とか船とかが動かないと、どうなっちゃうんだろう。


 川沿いにはツツジも咲き、こんな事件なんてないように、自然はとても穏やかに見える。周りは、目がみえずに歩くと危ないのか、人はほとんど見えない。


 電気や水道は動いていて、スーパーとかは冷えた刺し身とかもあって、盗み放題という感じ。でも、冷蔵されていても、そのうち腐ってしまうわね。余計なこととは思いながら、腐りそうなものは冷凍庫に移しておいた。私の家の冷蔵庫に持っていくにも限界もあるし。


 まずは、目が見える人は少なそうだけど、食料は確保しておかないと。冷凍食品とか、乾麺とかは、何回もスーパーに足を運び、できるだけ多く、自分の家に持ち込んだ。


 ところで、目が見えない人が大勢いすぎて、私達だけでお世話できる状況じゃない。いくら、食料とかを差し出しても、限界がある。だから、お世話をするのはやめた。


 また、食料も限りがあるなかで、自分の分を考えずに、みんなで分け合おうなんていう状況でもない。私も天使じゃないし、目が見えない人に食料を渡すことはやめたの。だから、そのうち、目が見えない人たちは餓死して亡くなってしまうのだと思う。


 幸いなのか、両親はすでに亡くなっていて、一人っ子なので、家族はいない。私は28歳で、これまで彼氏もできなかった。だから、面倒をみる義務というか、そういう人はいない。


 アラサーという年代になって、1人きりというのは寂しい感じもしたけど、男性も女性も、人とつきあうのは面倒だし、1人で死んでいくのもいいかなと思い始めていたの。


 子供が欲しいと思ったときもあったけど、私みたいに結婚しない女性も増えていて、まだ結婚しなくても大丈夫なんて思っていた。


 でも、こんな状況で10年とか生きられるのかは分からない。まず、マネージャーと連絡をとれないかしら。目が見えるかもしれないし。マネージャーはどこにいるんだろう。それまでは、あまりに不便だから、公園のベンチに座ってるおじさんから拝借することにした。


 スマホを握った手からスマホを抜き取ると、ビクッとしたけど、その手からスマホを取り上げ、顔にかざしたら画面が開いた。そして、パスワードを変えて私の顔に認証を変えたの。ごめんなさない。


 でも、女子高生なら音声でスマホを使えても、目が見えないおじさんなら、スマホ、使いこなせないわよね。本当に、ごめんなさい。


 そして、マネージャーに連絡したけど、まだ出ない。やっぱり、目はみえないのだと思う。


 そうして、周りの人たちは、3週間も経ったころには、次々と栄養失調なのか倒れて、亡くなっていった。そして、生き残った人たちが、公園とかで死体を焼却し、東京で5,000人と言われるぐらい激減した人口で人生をリスタートすることになった。

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