Phase 05 掌編:阪急京都線コネクション

第17話

 その日の淡路駅は、雨が降っていた。

 3月の雨というのは、なんというか――生温い。多分、冬と春の転換期に当たる時期だから余計とそう感じるのだろう。

 今、オレの目の前にあるのは――遺体と、5枚のトランプだ。それが何を示すのかは、よく分からない。

 トランプの並びは――「♡2♤7♤9♧K♧8」。5枚ということは、矢張りポーカーだろうか? オレはそう疑った。

 刑事が、オレの目の前に現れる。オレは、刑事に話しかける。

「瀬川刑事、何か分かったことでもあるのか?」

「善ちゃん、ゴメン。――何も分からないわ」

 瀬川彩希せがわあやき。――大阪府警捜査一課の刑事である。オレとは長い付き合いであり、度々彼女から知恵を借りたり、オレが彼女に知恵を貸してもらったりしている。「浅賀善太郎」という名前のオレを「善ちゃん」と呼ぶ所から分かる通り、彼女はオレを信頼しているのだ。

 オレは、悩む瀬川刑事に対して知恵を貸す。

「うーん。トランプが5枚なら、矢張りポーカーを疑うだろうか。仮にオレが犯人なら、そうする。ただ、トランプの並びに法則性がないんだよな」

「そうね。ワンペアかツーペアでも出来ていたらいいけど、この並びは特に法則性がある訳じゃないわね」

 遺体の前で色々と悩みつつ、オレは遺体に対して変わったところがないか調べた。遺体の胸部には1本のナイフが刺さっており、死因が刺殺による即死であることはオレの目から見ても明確だった。

 他に何か変わったところがあるかどうかといえば――ない。被害者の名前は御城丈瑠という、少し変わった名前である。御城丈瑠――ミジョウタケル……文字として書いただけじゃ、何も分からない。ただ「御城」という珍しい名字が事件に関係あるんじゃないかと、オレは思った。

 当然だが、この時は「ただの変わった殺人事件」だと思っていた。――しかし、「ただの変わった殺人事件」が「凄惨な連続殺人事件」に変わったのは、この2日後に発生した殺人事件が契機だった。

 淡路駅で発生した殺人事件から2日後。今度は、長岡天神駅で似たような手口の遺体が見つかった。

 被害者の名前は澤田斗和子という女性であり、死因は矢張り刺殺だった。そして、当然の如く5枚のトランプも置かれていた。

 トランプの並びは「♧3♡5♧9♤A♢Q」であり、御城丈瑠と同様に――特に法則性がある訳ではなかった。気になる点があるとすれば、同じ「数字の9」が入っていることだろうか。偶然にしては、出来すぎている。

 オレの親父――京都府警捜査第一課の警部である浅賀恭崇あさかやすたか警部は、「澤田斗和子だったモノ」を見つつ顎に手を当てている。

「親父、どうしたんだ?」

「いや、別になんでもない。ただ――2日前に淡路駅で発生した事件と同様の手口で殺害されたことは気になる。あの事件もトランプが並べられていたからな」

「確かに、それはオレも気になっていた。多分、これは何かの暗号なのだろう」

「暗号か……」

 暗号だとしたら――どうなるのか。2つの殺人事件をリンクさせると、カードの並びはこうなる。

 御城丈瑠:♡2♤7♤9♧K♧8

 澤田斗和子:♧3♡5♧9♤A♢Q

 この2つの組み合わせから引き出される法則といえば――ベル打ちだろうか?

「ベル打ち」というのは、「ポケットベル打ち」の略称であり――ガラケーの遥か前に普及していた「ポケットベル」という通信機器――ポケットベルで使われていた暗号というか、符号である。

 まず、子音しいん――あかさたな……を10個の数字に当てはめて、その次に母音ぼいん――あいうえお……を5つの数字に当てはめる。それで初めて文字が入力できるのだ。スマホのフリック入力が普及してからは、ベル打ちというモノはと言っても過言ではない。

 トランプの並びをあ=クラブ、い=ダイヤ、う=ハート、え=スペードの順に並べて――「あいうえ」か。「お」に関しては――矢張り、J以降のカードから当てはめるべきだろうか。ひとまず置いておこう。

 まず――御城丈瑠の文字をベル打ちに変換すると「くめれ□や」、澤田斗和子の文字をベル打ちに変換すると「さぬやえ□」となる。――これだけなら、意味不明だ。

 □=JQK×4をそれぞれ12個の「お行」として、Jから順番にKまで当てはめていくと――こうなるか。

 ♧J=お、♧Q=こ、♧K=そ、♡J=と、♡Q=の、♡K=ほ、♢J=も、♢Q=よ、♢K=ろ、♤J=を。

 余った♤Qを「ん」とすれば……スペードのKが余るのか。これは一体何を意味するんだ?

 それはともかく、オレは御城丈瑠と澤田斗和子のカードの□の部分に文字を当てはめた。

 御城丈瑠→「くめれそや」

 澤田斗和子→「さぬやえよ」

 ――全く分からん。矢張り、オレの考えが間違っているのか? オレは自分で作った暗号表を見ながら頭を抱えた。

 *

 万策尽きたオレは、友人である恵良李玖院の力を借りることにした。彼は立志館大学ミステリ研究会の後輩であり、現在ではミステリ作家としてそれなりに売れているらしい。

 玖院の家があるのは――芦屋のボロアパートだったか。彼には常々「芦屋だったらもう少し良いところに住め」と言っているのだが、どうやら引っ越す気はないらしい。

 そんな変人作家のアパートに、オレはやってきた。

「おう、エラリー。いるんだったら開けてくれ」

 オレは、恵良李玖院のことを「エラリー」と呼んでいる。名字が「えらり」なので、当然だろうか。さらに、名前は「くいん」である。名前の読みが「えらりくいん」なら――誰しもあの双子の名探偵を浮かべるだろう。もっとも、オレは『国名シリーズ』しかまともに読んでないのだけれど。

 エラリー――玖院はドア越しのオレの姿を見るなり「新作小説の追い込みで忙しいから帰ってくれ」と言ったが、オレはドアの前で土下座をした。

 土下座するオレを見た玖院は、呆れつつもオレを部屋の中へと案内してくれた。

 そして、2つの事件の仔細を説明した。

「――そういう訳で、エラリーの力を借りたいと思ったんだ」

「そうなのか。ただ、善太郎の考えは――間違っている。2つの事件は『ブラフ』だ」

「ブラフ? つまり、犯人は警察を挑発しているのか?」

「ああ、そうだ。5枚のトランプの並びだと――普通なら『ポーカー』を考えるだろう。僕もそう考えるぐらいだ。しかし、現時点でポーカーの役は出来ていない。これは『さらなる殺人事件が起こる前兆』だと思うんだ」

「なるほど。――しかし、その殺人事件を未然に防ぐ方法ってあるのか?」

「どうだろう。僕が探偵なら――次の事件現場に先回りして捕まえるしかないな。事件現場が淡路駅に長岡天神駅――それって、阪急京都線の特急停車駅だろう?」

「言われてみれば、そうだな。――エラリー、次に事件が発生する場所はどこだと思う?」

「それは分からない。ただ――『阪急京都線の特急停車駅のどこか』なのは確かだろう。順番に浮かべてみろ」

 玖院に言われたオレは、阪急京都線の特急停車駅を順番に思い浮かべた。大阪梅田駅を始発として――十三、淡路、茨木市、高槻市、長岡天神、桂、烏丸、そして京都河原町か。総距離約48キロメートルは、私鉄としてはそれなりに長いのか。

 この48キロメートル上で起こる殺人――つまり、「阪急京都線コネクション」は、多分、計画的な連続殺人事件なのだろう。その証拠に、淡路駅と長岡天神駅で殺人が起こっている。オレにできることは限られているとしても、大阪府警と京都府警にできることはたくさんあるかもしれない。

 そう思ったオレは、早速瀬川刑事に連絡した。

「瀬川刑事、今空いているか?」

「善ちゃん、急にどうしたのよ?」

「ああ、少し話したいことがあって。いいか?」

「良いわよ? それで、用件って何よ?」

「――阪急京都線の沿線に、大阪府警と京都府警を配備するように要請してくれ。ああ、配備すべき場所は特急停車駅だけでいい」

「なるほど。――分かった、とりあえず警部に連絡してみるわ」

「話が早くて助かる。――頼んだ」

 そう言って、瀬川刑事はオレの電話を切った。

 オレの見解が正しければ――次に殺人事件が起こる場所は、恐らく高槻市駅か茨木市駅の周辺だろう。

 果たして、オレの見解は正しいのだろうか? その答えは――割とすぐに出た。

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