第14話

 犯人の行方はともかく、僕と綾瀬刑事は目の前の遺体に目を向けた。

「えっと……被害は大槻美優おおつきみゆ。年齢は30歳。職業は――キャバ嬢かしら? 『職業に貴賎きせんはない』とはいうけど、十三でキャバ嬢が殺害されたとなると、矢っ張り色々と察しちゃうわね」

「確かに。十三は大阪の中でも難波や天王寺以上に治安が悪いと言われているからな。その証拠に、が数多く点在している」

「江成くん、その通りよ。――正直言って、取り締まりも大変なんだから」

 遺体の中で気になったのは、きれいなロイヤルストレートフラッシュではなく――血痕が付いたトランプのカードだった。

「綾瀬刑事、トランプのカードを見てくれ」

「どうしたのよ?」

「何か、おかしいと思わないか?」

「おかしいもなにも、ただのロイヤルストレートフラッシュじゃないの」

「いや、見るべきは『K』のカードだ」

 スペードのKには――血がべっとりと付いている。これは、被害者が遺したダイイングメッセージなのか? それとも、犯人が故意的に付けたモノなのか? 今のフェーズでは何も言えないが、多分――何かを伝えたいのは確かだろう。

 なんとなく、僕はスマホでトランプを撮影する。不謹慎だとは思いつつも、事件の証拠を善太郎に送信したかったのだ。

「とりあえず、探偵――善太郎には、このカードの並びを送信した。後は、返事を待つだけだ」

「そうは言うけど、善ちゃんに分かるのかしら?」

「どうだろうか? 未知数だ」

「まあ、いいわ。とにかく、私は――遺体を司法解剖に出すわ。胸部を見れば『刺殺だ』ってすぐに分かるけど、万が一の可能性も考えられるからね」

「万が一――毒殺か」

「あら、鋭いわね。――さては、善ちゃんに感化されちゃった?」

「いや、そういう訳ではないんだが……」

「コホン。――それじゃ、私はこれで。江成くんも気をつけたほうがいいわ」

 そう言って、綾瀬刑事率いる大阪府警は――現場から引き上げた。多分、司法解剖やら証拠品の検分やらで忙しいのだろう。

 僕としては、血痕が付いたスペードのKが気になって仕方ない。多分、これは犯人を割り出すための重要な手掛かりになる可能性が高いと思った。

 しかし、現状では証拠があまりにも少なすぎる。――どうしたものか。

 *

 それから、僕は芦屋へと戻った。――時刻は午後7時前だった。コンビニで適当に弁当を買って、ついでにエナジードリンクも買った。エナジードリンクは体に悪いとは思っていたが、なんとなく気付け薬として飲んでおきたいと思ったのだ。それだけ、僕の思考回路はショートしていたのか。

 ダイナブックで新作小説の原稿を書きつつ、十三で起きた殺人事件もプロファイリングしていく。マルチタスクを遂行しようと思ったら、矢張りエナジードリンクは必須である。

 僕としては――あの殺人事件は、多分「最後の殺人事件」になると思っている。しかし、本当にこれで最後なのだろうか? 正直言って、それが疑問だった。

 確かに、ロイヤルストレートフラッシュが完成した以上、これ以上の殺人はないと思っている。しかし、犯人――ここでは爆龍と仮定した――の目的はよく分からない。というか、犯人が何を考えているのかが分からない。

 予測不能な犯人は、まるで――妖怪のぬえのようだ。そういえば、京極夏彦の最新作もそんな感じだったか。多分関係ないと思うけど。

 頭を抱えつつ、僕は「大槻美優殺し」の仔細をプロファイリングしていた。――なんか、小説を書く気分が失せてしまった。

 色々と考えつつ、万策尽きた僕はダイナブックをスリープ状態にした。事件について考えるのが馬鹿らしくなったのだ。

 とはいえ、矢張り綾瀬刑事の期待に応えないといけない。どうしたものか。

 デスクの目の前には、スリープ状態にしたダイナブックと――エナジードリンクの空き缶、そして新作小説の資料が置かれている。

 新作小説の資料は――なんというか、アングラ系の資料が多い。矢張り、爆龍に引っ張られているのか。傾向としてはあまり良くないな。もっと、こう――ガッツリとした本格ミステリを書きたいのに。

 でも、気晴らしに書いた「明智善太郎対爆龍」の原稿は、念のために丸川書店へと送った。原稿を読んだ担当者曰く「短編ながら良くできている」とのことだった。――書籍化するつもりはないのだけれど。

 ――なるほど。そういうことか。僕はダイナブックをスリープ状態から復帰させて、即座にブラウザで「爆龍」と検索した。

 その手の事件を蒐集しているサイトが引っ掛かったので、僕はそのサイトにアクセスした。履歴が残らないようにしようと思ったが、今はそんなことはどうでも良かった。

 当たり前の話だが、爆龍のメンバーはその90パーセントが中国人だった。恐らく不法入国者なのだろう。その中で、気になる名前を見つけた。

王論宗ワンリンシュウ」という名前の人相の悪い中国人。彼は――名前に「王」と入っている。まさかとは思うが、彼が一連の事件に関わっているのだろうか? いや、それはないか。いくら何でも考えすぎだ。とはいえ、気にせずにはいられない。――メモは取っておくか。

 メモを取ったところで、僕は再びダイナブックをスリープ状態にした。そして――ベッドの中に入った。

 どういう訳か、その日はぐっすりと眠れた。生々しい事件を見た後だというのに。

 *

 翌日。僕はスマホのアラームで目を覚ました。時刻は午前6時30分だった。

 当然だが、善太郎からメッセージが入っている。――彼も、彼なりに努力はしているのか。

 ――エラリー、遺体に置かれたトランプの写真は見せてもらったぜ。

 ――スペードのKに血が付いてるのが気になるが、オレの見立てだとこれは恐らく犯人の名前を示しているのだろう。

 ――しかし、これだけじゃ証拠が少なすぎる。一応親父や綾瀬刑事から意見を聞いているが、どうもパッとしない。

 ――また、何かあったら連絡するぜ。

 メッセージはそこで終わっていた。今の僕だと、善太郎の悩みは痛いほど分かる。しかし、どうしようもないモノはどうしようもないのだ。

 フレンチトーストを作りつつ、僕はダイナブックをスリープから復帰させた。――やってやろうじゃないか。

 新作小説の原稿の進捗状況は10パーセントにも満たない状態だ。でも、僕としてはこの進捗状況を50パーセントまで進めたい。

 何気なく原稿を書いていくうちに、スマホが鳴った。――仁美からのメッセージだった。

 ――聞いたわよ? 十三でロイヤルストレートフラッシュの遺体が見つかったって。

 ――何よりも、スペードのKに血が付いてたのが気になるわね。

 ――もしかして、被害者は何かを伝えたかったんじゃないのかな?

 仁美も、僕と同じことを考えていた。矢張り、思うことは同じなのか。

 ロイヤルストレートフラッシュ。血塗られたスペードのK。被害者はキャバ嬢。――ここから導き出されるモノって、何があるのだろうか? いや、分からん。

 ヤケクソになりつつ、僕はダイナブックで原稿を書いていく。進捗状況は30パーセントぐらいだったか。まだまだだな。

 とはいえ、原稿を書き始めてから3時間も経つとお腹が空いた。――カップラーメンでも啜るか。

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