第2話

 翌日。「阪急の梅田駅」を待ち合わせ場所に指定したお陰で仁美との待ち合わせは齟齬そごなく行えた。要するに――阪急三番街の広場である。

 阪急三番街の大型ビジョンの下で、ショートボブの女性が待っていた。彼女こそが小林仁美であり、僕に会うなり開口一番こう言った。

「よっ! 江成先生っ!」

 僕はリアクションに困惑しつつも、仁美との再会を喜んでいた。しかし、肝心の人物がいない。――一体、どこをほっつき歩いているんだ? そう思った僕は、仁美に質問をした。

「ところで、善太郎はいつ来るんだ?」

 僕の質問に対して、仁美は困った顔で答えた。

「うーん、私の計算が正しければ阪急京都線で来るはずなんだけどなぁ」

「阪急京都線?」

「知らないの? 明智先輩って、京都で探偵事務所を営んでいるんだよね」

 僕は、思わず困惑してしまった。ミステリ研究会に在籍していたのは確かだけど、好きが高じて探偵業を営む? どういうことだ?

 困惑のあまり、僕は思わず疑問形を仁美に投げ捨てた。

「――は?」

「あら、知らなかったの? 明智先輩って、京都でも有名な探偵なのよ?」

「そうだったのか」

「ほら、ちょっと前に京都を騒がせた『狐面の殺人鬼』っていたじゃん」

「ああ、僕もソレをモチーフとした探偵小説を書こうと思っていたところだが」

「それで、『キツネ男』をとっ捕まえたのが明智先輩なのよ」

「マ、マジか……」

「マジよ?」

 キツネ男。――半年前、京都市内というか、洛中らくちゅうで猟奇殺人事件が相次いでいた。確か、女性ばかりを狙った殺人であり、遺体の胸部きょうぶに「油揚げ」が刺さっていたところから、京都府警では犯人を「キツネ男」と称して事件を追っていた。結局のところ、狐のお面を被っていた犯人は「九尾悟ここのおさとる」という名前であり、あまりにも事件の顛末てんまつとして出来すぎていたのだ。

 それにしても、明智善太郎がホントに事件を解決したのか? 僕は半信半疑だった。

 そんなことを考えていると、後ろから視線を感じたので、僕は後ろを振り向いた。パーマのかかった赤髪に、丸いサングラス。――紛れもなく、明智善太郎本人だった。

 明智善太郎は、白い歯を輝かせながら笑っていた。

「よぉ、エラリー。久々だな」

 善太郎は僕のことをもっぱら「エラリー」と呼んでいた。多分、「江成球院→エラリー・クイーン」から来ているのだろう。

「善太郎、その呼び方はせ」

「良いじゃねぇか。オレはお前のことを気に入っているぜ?」

「ああ、勝手にしろ。それで、仁美が言っていた『話』って何なんだ?」

「それに関してだが、ここじゃ場所が悪い。――居酒屋へ行こうぜ」

「明智先輩、いいわね」

「僕も賛成だ」

 そういうわけで、僕は善太郎に連れられてチェーン店の居酒屋へと向かった。――下手に完全個室の居酒屋へ行くよりも、チェーン店の方が味はお墨付きだろう。

 *

 僕はビール、仁美はカルピスサワー、そして善太郎は黒霧島を頼んでいた。――善太郎だけ、酒のセレクトがおかしい。

「じゃ、とりあえず乾杯ということで」

 善太郎が乾杯の音頭を取ったので、僕と仁美もグラスを交わした。

 運ばれてくる料理を食べつつ、僕は善太郎や仁美と話をする。

「それにしても、エラリーと会うのは久々だな」

「そうか? 確かに、こうやって居酒屋で会うのは疫病騒ぎが起こるちょっと前が最後だったが」

「そうだな。オレが35歳、エラリーと仁美が32歳。――互いに、少しずつ老けたな」

 善太郎の言葉に、仁美が若干キレた。――アルコールが入っているので、関西弁がモロに出ている。

「あのなぁ、明智先輩ぃ、乙女の前で『老けた』は禁句やぞぉ!」

「スマン。ホンマにスマン」

 キレる仁美をよそに、僕は善太郎に話を振る。もちろん、例の話である。

「まあ、茶番劇はともかく――善太郎、例の話についてだが……」

 頷きつつ、善太郎は僕に例の話の詳細を話してくれた。

「そうだな。よく聞いてくれ。――最近、阪急京都線の沿線である『連続殺人事件』が起こっているんだ。今から2週間前に、淡路駅で1人目の殺人が発生。被害者は御城丈瑠みじょうたけるというシステムエンジニアの男性で、死因は刺殺。そして、御城丈瑠が殺害された2日後に長岡天神駅で2人目の殺人が発生。被害者は澤田斗和子さわだとわこという派遣社員の女性で、死因は矢張り刺殺だった。事件現場にはトランプのカードが残されており、なんというか――並びにある法則性があるようなないような、とにかく5枚並んでいたのは確かだぜ」

「5枚のトランプによる法則性? うーん、なんだろうか」

「そうだな、御城丈瑠の場合――ハートの2とスペードの7、スペードの9とクラブのK、そしてクラブの8が並んでいた。そして、澤田斗和子の場合――クラブの3、ハートの5、クラブの9、スペードのA、そしてダイヤのQが並べられていた。まあ、こんなところかな」

「うーん、何かの法則性がある訳ではないな。――何なんだろうか?」

 僕と善太郎が悩んでいるところで、おひやを飲みきった仁美が一言声をかける。

「――カードが5枚? それってもしかして……」

「もしかして?」

 しかし、仁美はそこで酔い潰れてしまった。――案外酒に弱いのか。

 仕方がないので、僕と善太郎は仁美の酔いが醒めるのを待つことにした。

「善太郎、仁美ってすぐに酔い潰れてしまうのか?」

「どうだろうか? オレもそこまでは知らねぇ」

「まあ、そうだわな。――聞いた僕が悪かった」

 それから、仁美が正気を取り戻したのは――30分経った後だっただろうか。

「う、うーん……」

「エラリー、お姫様が目を覚ましたぜ?」

「そうか。――仁美、カードが5枚ってどういうことだ?」

「何のことかしら? 忘れちゃったわ」

 ズコー。まあ、そんなことだろうと思った。それはともかく、僕と仁美、そして善太郎は割り勘で居酒屋を出ることにした。

 3人共阪急沿線ということで、当然梅田駅の大型ビジョン――ビッグマンの前で別れることになった。

「それじゃ、オレは京都線で帰るぜ」

「僕と仁美は神戸線だから、ルートが別々だな」

 現在時刻は午後9時。――梅田から京都河原町までなら余裕で帰れるな。ちなみに僕は芦屋川駅、仁美は岡本駅で降りるとのことだった。――西宮北口駅まで一緒だな。

 西宮北口に向かう特急の中で、僕は話をする。

「実際、善太郎との付き合いはあるのか?」

「当然あるわよ。ただ、恋愛関係までには至ってないけど」

「それはそうだな。――僕と仁美も、恋愛関係という関係ではないと思うが」

「そうよね。まあ、ボチボチいきましょ」

 梅田から西宮北口までは案外すぐ着いてしまう。僕はここから普通に乗り換えないと芦屋川を通り越してしまうことになるので、改めて別れを告げることにした。

「事件について、何か分かったら連絡してくれ」

「分かってるわよ。何のためのスマホだと思ってんのよ?」

「そうだな。それじゃあ、僕はこれで」

 そう言って、僕は特急から普通へと乗り換えた。――どうせ2駅だ。

 *

 芦屋川駅から下車すると、少し寒気を感じた。そう言えば、「花冷え」という言葉を忘れていたな。ガタガタと震えつつ、僕はアパートへと向かう。――芦屋川沿いにある「コーポ芦屋川」という灰色の壁のアパートだ。

 やがて、アパートに辿り着いたところで、僕は――203号室の鍵を開けた。

 当然だけど、僕は部屋の片付けが苦手なので、部屋は散乱している。

「――こんなんじゃ、善太郎どころか仁美は呼べないな」

 僕はそう思いつつ、さっさとシャワーを浴びることにした。

 シャワーを浴び終わって、色々と考え事をしていたが――まとまりが悪い。なんとなく、今回の事件は小説としてまとめる必要があるのではないのか?

 そう思った僕は、ダイナブックで件の事件を題材にした小説を書くことにした。もしかしたら、これが――善太郎の推理を手助けするかもしれないと思ったからだ。

 数枚書いた所で保存ボタンを押してタイトルを決めようと思ったが――決まらない。仕方がないので、適当に『タイトル未定』と入力することにした。

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