タイムリープは、「自分自身の意識だけが時空を移動し、過去や未来の自分の身体にその意識が乗り移る」という設定だが、俺のは少し違うと思います。

虻川岐津州

第1話 新しい朝が来た。 

昨夜は小説を書きながら寝落ちした。


自分が小説の執筆活動用に使っているノートPCはベッドの下に落ちモニター画面はブラックアウトしていた。


ベッドの上からノートPCを拾い、いつもの寝落ちしたときと同様にエンターキーを押す、高校の時から使っている古いノートPCなのでいつもは結構な起動音がして立ち上がるのだが今朝は起動しない。


とうとう壊れたかと思いながら自分の手を見るといつものごつい男の指ではなく白魚のようなきめ細かな指が見えた爪も手入れされた綺麗な爪だ。


何かがおかしい。


「んっ、えっ、なっ、………………」


声が違うし、胸がある。


パジャマ代わりに来ているTシャツの隙間からブラトップと形のいい胸が見える(所謂、胸ちら)顔を触ると髭がないそれどころかかなり小さくなってる、しかもツルツルスベスベ若い時もこんな感触なんてなかった。


まさか、…………女になってる⁉


そう思ったときドアのノック音がして母親が声を掛けてきた。


「瑞希、そろそろ起きなさい。入学式に遅刻するわよ」


えっ、入学式?俺、返事していいのか?頭の整理が付かないままとりあえず「は~い、着替えたら行く」と返事をした。明らかに女子の声で返事したが母は「早くしなさい」と言ってドアの向こうから遠ざかって行った。


母親が俺の声に違和感を感じなかったことに不思議に思っていたが、よく見ると部屋の雰囲気も女子っぽいし、掛けてある真新しい制服もタンスの中身も下着を含めすべて女子のものだった。


ってことは俺、橿原瑞希かしはらみずき、26歳、独身男は、女子になったって事か。


(母親は入学式って言ってたな、じゃあ今何歳だよ)丁度、スマホがあったので確認すると十年前の高校1年の4月だった。


もう一回ノートPCを見ると新品(高校の入学祝に買って貰ったもの)だった。


とにかく、慌てて制服に着替え、適当に髪の毛を整え、ダイニングに向かうと両親と妹がすでに朝食を食べていたので自分もテーブルに着いて朝食を食べた。


当然だが十年前なので両親も妹も若い。

妹は1歳下なので中学3年、両親は2人とも会社員で昔から共働きのごく一般的な家庭だ。


「お姉ちゃん、なんか雰囲気変わった?」妹に聞かれ一瞬ドキッとしたが「きょ、今日から高校生だからね」と答えた。


「瑞希、高校行く前にもう一度、髪の毛のセットしなさいよ。あなた、新入生代表の挨拶するんでしょ」と母親から言われ洗面化粧台に向かいそこで初めて自分の顔を見た。

卵型の小さな顔、ぱっちりとして目力の強い二重の目、つやがあり、指どおりが滑らかな見た目もサラサラ感のある肩まで伸びた黒髪(但し、寝起きで髪型はぼさぼさだが)、体型も引っ込むべきところは引っ込み、出るべきところは出ている。そんな肉体のトータルバランスが取れている。

自分でさえ一目惚れしそうなくらいの美少女だった。


母親も妹も美人系なので当然か、男だったときは不細工だった気がするが。

(父親の遺伝子が濃かったのか父親似。おまけに年齢イコール彼女いない歴の俺)



何とか出発までに髪型を整え、透明感を感じさせるような薄く、さりげない程度のメイクをして(自分にこんな技術がある事に驚いた)家を出た。




高校までの通学路は少し違って前に通っていた高校より近くて徒歩で通える学校だ。


実は、男だったときは合格ラインに無かったため受験時期に早々に諦めた高校だ。

(今回は無事受かったようで良かったのだが新入生代表というのは首席での合格なのか?この俺が…、どれだけ努力したんだよって感じだ)


無事、高校に辿り着き入学式の会場の体育館に入った。


先生の指示で各クラスごとに並び、例のごとく校長や来賓のありがたい話を聞き生徒会長の挨拶と続き、いよいよ私が新入生代表の挨拶をする。


名前を呼ばれ起立する、背筋を伸ばし胸を張り、楚々としてそれでいて堂々と凛とした立ち居振る舞いを意識した姿勢で壇上に向かう、生徒の間を通る途中、口々に「可愛い」や「綺麗」、「色が白い」などの単語が聞こえてきた。


壇上に立ち顔を揚げると全校生徒の顔が一斉に私を見た。


緊張してうまく言葉が出ない。


すぅ~と深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「校長先生、教師の皆様、そして、新しい旅の始まりに立つ同級生の皆さん、こんにちは。今日、新入生代表として、皆さんの前で話す機会をいただき、心から感謝しています。

暖かく、やわらかい風に包まれ、春に咲く花に命が芽吹き始めました。

日ごとに温かさを増し、春の訪れを感じるこの良き日に、歴史と伝統のある天成学園てんせいがくえん高等部に入学できることを心より嬉しく思います。

私たちの高校生活が始まります。この瞬間から、私たちは無限の可能性を秘めた新しいページを開くことになります。これからの3年間、私たち一人ひとりが夢や目標に向かって進んでいくことで、この学校がさらに素晴らしい場所になると信じています。高校生活は、時には困難に直面するかもしれませんが、それでも私たちには夢があります。夢を追い続ける勇気、そしてそれを実現するため、私たち新入生は全力で努力していく所存です。今後とも、ご支援ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。最後に、この新たなスタートに立ち会えたこと、皆さんと一緒に学べることに心から感謝します。皆さんの夢が叶う日まで、一緒に頑張りましょう。ありがとうございました。           新入生代表 橿原瑞希」


やり切ったと同時に緊張の糸が切れた。

新入生挨拶という大役を終えた俺は自分の所定の位置に戻った。

戻る途中もみんなの視線を感じた。


その後も、在校生代表の挨拶とか部活紹介とかあったようだが後のことは覚えていない。無事、入学式も終え新入生は各クラスに別れた。


俺は1年A組の教室で自分の席にすわり周りを観察していたら、中学の時の同級生で俺が男だったとき好きだった女の子、樟葉美咲くずはみさきが声を掛けてきた。

樟葉美咲は、色白で顔が小さく、目元がパッチリの二重でスタイルがよく、髪の綺麗な美少女というのは橿原瑞希と同じだが加えて、人当たりがよく、自分の話だけでなく相手の声にも耳を傾けることができ、自分が前面に出過ぎることがないという内面の美をあわせもった美少女、俺の中ではまさに理想の女性だった。


「瑞希、中学に続いて同じクラスだね。また、仲良くしてね」昔好きだった樟葉と友達だったのかと思いつつ「こっ、こちらこそよろしくね」と返した。


後でスマホの履歴や電話帳の名簿確認しとかないといけないなと感じた。


樟葉と何気ない会話をしていたら先生が入ってきた。

「皆、席に就けぇ、はじめまして、1年A組の担任、亜門咲良あもんさくらです。授業は数学を担当します。今年から始めてクラス担任をしますので至らぬことも多いかと思いますが、みんなと一緒に学んでいければと思います。よろしくお願いします」と先生が挨拶して「それでは窓際の席、前から順番に自己紹介をお願いします」と言ってきた。


窓際の席からという事は名簿順で、あいうえお順で並んでいた為、順番にまじめな自己紹介だったり、緊張して小さな声だったり、初めてみんなの前でのあいさつする人も多いのかなって思ってたら俺の順番になったのでみんなと同様、立ち上がったら全員が一斉に注目した。

「あの子、新入生代表の挨拶してたよな」「凄く綺麗」「同じクラスなんだ」「やっぱり違うよね」雑音が聞こえる中どうせなら、ちょっと注目を集めてやろうと思って飛び切りの笑顔で「橿原瑞希です。カワイイものなら、何でもウェルカムだよ♪みんなには、私がどう見えるかわからない。でも私は私だよ♪1年間、同じクラスで楽しもう。よろしくお願いします♡」これまでの人たちの挨拶にない調子で明るくはっきりと言い切った。(新入生挨拶より視線が痛い。何か失敗したかな)


それでも、俺の自己紹介から後のみんなは完全にリラックスしたのか楽しそうに自己紹介していた。


クラス全員の自己紹介の挨拶が終わり先生が学級委員長と副委員長、その他の委員を決めると言ってきた。


当然、今、自己紹介をしたばかりで誰が適任なのかわからないのに誰かが「学級委員長は橿原さんがいいと思います」と言った。(誰だよ)


「そうね、新入生代表だし橿原瑞希さん学級委員長を受けてくれるならそれがいいかもね。橿原さんお願いできるかな?」と先生に頼まれ「「「お願いします」」」と周りのみんなも言ってきた。


受けなくっちゃしょうがないって雰囲気になったけど『だが、断る』と声を太くして断言してやった。


「みんなが私に委員長をしてほしいっていうのは、新入生代表の挨拶をしたからでしょ。私はみんなのことを知りたいと思います。みんなも他のみんなのことを知ってこの人がいいと思う人に委員長なり委員なりをお願いしたらいいと思います。今日、出来たばかりのクラスの中から、この人って決めるのはおかしいと思います。先生、いつまでに決めたらいいんですか?」と反論した。


「確かにそうね。期限は来週のHR迄あるわ、橿原さんの言う通り、みんながもっと知り合ってからってことで来週のHRに決めましょう」先生の言葉に全員が納得して残り時間はクラスで親交を深めるのに使い、終業の合図が鳴り帰宅することとなった。


帰り支度をしていると樟葉美咲が寄ってきた。


「瑞希、変わったね。入学式の前の日なんて不安だとしか言ってなかったのに、先生に意見したり自己紹介でもクラスの雰囲気が変わるような事言ったり間違いなく目立ってたよ」といつもの私らしくないことを指摘された。


「そだね、新入生代表にしても学級委員長の話にしても私らしくはないかもね、でもね同じ高校生活をするんだったら、もっと楽しんじゃおうと思ってさ美咲も一緒に楽しもうよ」俺は立ち上がって美咲の腰に手をまわして自分のほうにグイっと引き寄せた。


突然の奇行に美咲は顔を真っ赤にして驚いていたがニカッて笑顔を向けると美咲も真っ赤な顔で視線を逸らし恥ずかしそうに「…帰りますか」って言ってきた。


二人の通学路は途中まで同じで、美咲の家は駅前の最近できたタワーマンションだった。


私の家は駅の向こう側の住宅街にあるので美咲とはタワーマンションの前で別れた。


さよならを言って美咲が中に入って行ったのを確認した後、家に向って歩こうとしたら美咲のマンションの入り口から慌てて出てくる高校生に目が留まった。


俺が前に通っていた高校の制服に身を包んだ男子は前回の高校時代の親友、巣鴨智久すがもともひさだった。


「と、智久…」引き留めようと声を出しかけたが今の俺は女子高生だ。

見た目が全く違うし今は知り合いでもなんでもないので声を掛けるのをやめた。


それでも、智久のあの焦っている顔はあまりよくないと思って後をつけることにした。



智久は駅の裏通りにあるゲームセンターに入って行ったので俺も入って行く。


こんなところにゲームセンターなんてあったんだと思いながら智久を探していると奥のアーケードゲームのコーナーのところに高校生?いやおっさんみたいな見た目のイカツイ男子高生3人と新入生っぽい可愛い感じの女子高生が2人いて、男子高生3人と茶髪の女子高生1人が智久を囲んで話をしていた。


俺は、シューティングゲーム機の後ろに隠れて様子を見ていた。


「巣鴨ぉ~、俺たち今からカラオケ行くから金貸してほしいんだよね。わざわざ来てやったんだから断るはないよね」と学生服を着たおっさん?が智久に話しかけていた。(所謂、恐喝か)


他の男子2人と茶髪の女子も智久を馬鹿にしたような目で見ていた。

(そういえば、智久のやつ俺と知り合う前までいじめられてたって言ってたな、こういう事か)


「今はこれだけしか無いんです」と震える手で5千円札を智久が出しているのが見えた。


「これだけって、5千円じゃあ、カラオケにもいけないよね」女子高生の一人、茶髪の子が不服を言っている。


「だとさ、もう一回、家に帰って母ちゃんから貰ってこいや」

「友達と遊びに行くとでも言やあ、もっとくれんだろ」

おっさん高校生1と2も智久に偉そうに言っていた。(あ~ダメだ、ムカついてきた)そんな様子を見ていたら居ても立ってもいられなくなってきた。


怒りに任せ智久とおっさん高校生の前に出てしまった。


「あの~、今、警察呼びましたんで早く逃げたほうがいいですよ。私、さっきから見てたんですけど恐喝ですよね」突然出てきた美少女女子高生に智久を含めおっさん高校生たちも固まっていたが、リーダーっぽいおっさん高校生が「じゃあ、お前も来いや」と言って俺の腕をつかんできた。


「正義感ぶって、出しゃばりやがって、その勇気に免じて俺たちが遊んでやるよ」

「天成学園の生徒がこんなとこ来たらダメでしょ」(厭らしい目つきで見てくる)

「俺たちがきっちり、手取り足取り説教してやるから」(行動か言動か意味不明なんだが)


先ずは俺の腕をつかんでいたおっさん高校生の腕を思いっきり振りほどいた。

勢いでゲーム機の角に腕をぶつけて痛がっている間に金蹴りをかます。

悶絶して床に倒れた。


次に、金蹴りの際に上げた脚に見とれていたおっさん高校生1にまた股に金蹴り、同じく悶絶して倒れる。


最後におっさん高校生2も同じように脚に見とれてたのでまたまた必殺の金蹴りをかまし男全員、いろんな意味で戦闘不能にした。


やはり女子だけに力がない。弱点攻撃一本で決めたおかげでこちらは襲われずに済んだが、もし反撃されていたらと思うとぞっとする。


それでも、金蹴りしかしていないが女子高生には俺が化け物にでも見えたのか


「なんで男って女の脚なんかに見とれるんだろうねぇ~♡」と茶髪の女子高生に妖艶な顔で言うとビビッてへたり込んだ。


智久のほうを見たら股間を抑えて震えていた。


「私の脚見た見物料な」男たちの財布から紙幣だけ抜いて(3人で2万かよ)全部、智久に渡した。


まだ床に倒れている男子高校生たちに向かって

「足りない分は後から取り立てに行くから母ちゃんからきっちり貰っとけよ」

それだけ言ってゲームセンターから出て行った。






家に帰り、部屋着に着替えた。


色々あった一日に疲れた~、ため息と同時に伸びをする。


ベッドの上に移動して横になった。


自分の体に触れながら女子になったことを実感した。

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