第9話 リブの肉は残さず食べましょう

「あれ、グレンジャーさん元に戻りました?」

「やかましいわい!」


 道行く人からは後ろ指を差され、ギルドの受付嬢にはイジられる始末。


 どうしてこうなってしまったか、についてはおおよその見当はついている。『爆食スキル』のせいだ。恐らくこのスキルの特徴として、発散と吸収が大きく関係しているのだと思う。


 今まではそこまで気にしていなかったが、カロリーを吸収できる最大値は大体決まっており、スキルの使用によってそれを発散すれば体もしぼんでいく。という推測がたてられる。


 今回の体の変化についてはついては急激に高カロリー、高脂質な食べ物を摂取したことにより、カロリーの貯蔵庫のようなものがパンパンに膨れ上がってしまったのが原因だろう。


「今日はグレンジャーは来ていないのか?」


 ここで登場しましたのは鋼鉄の守護者リーダー、ガブリエレ・ロレンツォ。真隣に私がいるのにも気づかず受付嬢を困らせている。


「あのぉ、ローズマリー・グレンジャーならここに居ますけど?」

「どこだ? 今日は復興の資材運搬依頼を受けると言っておいたのだが」

「いや、だからここに」


 私は自分の指で自身を差す。しばらく目が合った後、彼は少し申し訳なさそうに「……よっ!」と柄にもないポップな挨拶をしてきた。


 そりゃあ一日二日でこれだけ見た目が変われば分からなくなるのも当然だが、なんだかムカつく。

 少し考えた後、私は名案を思いついた。


「これは良い機会だと思います」

「な、何がだ?」


「その鋼鉄と私のカロリーとで勝負といきましょう」

「えぇ……?」


 なんとも情けない声だ。鋼鉄の守護者が聞いて呆れる。全カロリーを消費すれば彼の強靭な肉体も粉々に粉砕できるかもしれない。


 ギルドの地下一階にある訓練場を借り、文字通りの力比べをすることとなった。観客という名の野次馬も興味津々のようだが、私は至って真剣だ。


「まずは軽く小手調べです」

「来い!」


 カロリーの量は風穴が開かないくらいに設定。どんな刃物も通さないという腹部目掛けて打ち込む。


「ふむ、なかなかだ」


 これは予想通りだが、ピクリともしないのが癪だ。


「全力で一発かまします。耐えて下さいね」

「誰に言っているんだ。早く済ませて依頼に向かわなければならないからな」


「一口一勝! 消えろ爆食!」


 ドラゴンも蹴散らすほどの拳は、間違いなく彼に当たった。しかし、穴が開くどころか傷ひとつ見えない。


「完敗ですね……」


「い、いや待て。ガブリエレの旦那が気絶してるぞ!」


 そう、彼は立ったまま意識を失っていた。

 ちょっと心配になった私は、治癒魔法が使える者を呼んでくるように頼んだ。王都ギルドの英雄の内臓がグチャグチャになってしまった、なんてことになったら一大事だからな。


 野次馬の中に治癒魔法使いがいたので早い対応ができた。彼の体は不幸中の幸い、肋骨が三本折れていた程度で済んだ。


「程度じゃない! 全治二週間だとよ!」

「いや、凄いなアンタ」


「ったく俺の仕事もやっといてくれよ」

「それは無理」


 そんなこんなで一躍有名になってしまった私だが、付けられた二つ名がどうも気に入っていない。


「よう、『リブレイカー』の嬢ちゃん」


「おはよう『リブレイカー』」


「今日は誰の骨を折るんだ? 『リブレイカー』ちゃん」


 この『リブレーカー』というのが私に付けられた二つ名だ。リブとブレイクを合わせたのがコレだ。

 全くもって女の子に付けるネーミングではない。


「冒険者としては二つ名があるのは、名が売れた証拠ですよ!」

「励ましてるつもり?」

「え、えぇまぁ……」


「今日の依頼は?」

「もちろんありますよ。瓦礫の撤去と物資の運搬ですね」

「了解。近いからどっちも受けるよ」

「かしこまりました!」


 それでも仕事は仕事。金に困っているわけではないが、この状況で何もしないというのも勝手な話だ。


 毎日同じような依頼ばかりでも、王都の復興は順調に進んでいた。相変わらず王宮はなんの対策も打ち出していないので、それを察した貴族や商人なんかは国外へそそくさと旅立って行く。


 そういえば私はこの国を出たことがない。フードファイター時代に国外遠征の話もあったのだが、ギリギリの生活をしていたのでそんな余裕は無かった。


 いつか、グルメなグレンジャーとして冒険してみるのも悪くはないかな。だって私は冒険者なのだし。

 

「キャアアア! 助けて、人攫いよ!」


 こんな白昼堂々人を狙う馬鹿もいたもんだな。リブレイカーになったおかげで結構痩せたし、今なら追いかけるくらい大したことはない。


 と、思っていた。

 体力が無いのは爆食スキルでは補うことはできないようで、あっという間に振り切られてしまった。気づけば路地裏に私ひとり。


「しまった――」


 罠だと察した時には、もう私の意識は遠のいていた。


 ジメッとした空気に澱んだ水音。ここが王都なのかも分からない。暗くて狭い鉄格子の中で、私は手足と口を縛られ監禁されていた。


「なかなか良い女じゃねぇか」


 どうやら王宮の差金、というわけではなさそうだ。男は二人、外にもう一人居る。


「こりゃ高く売れそうだ」


 恐らくコイツらは人身売買の組織。しかし、王都では奴隷の売買は禁止されている。隣国でも唯一帝国だけが奴隷の売買制度がある。


 早く逃げ出さないと帝国に――いや、待てよ。コイツらに連れられて行けばタダで帝国に入れるのか?!


 不本意な形ではあるが、帝国に到着後に粉々にしてやれば良いだけの話。不法入国だと言われても「人身売買の組織に連れて来られた」と言えば帰りの馬車も用意してもらえるかもしれない。


 私は決めたぞ。


 私は、帝国に行くんだぁ!


 



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 本日は2話更新デシタ!!


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