新米貴族、エリザートの告白
「ヒモでも何でも良いから結婚して!」
そんな告白に、眠かった意識が一気に覚醒する。
ま、まずい。
「あの、その、聞き間違えですかね?」
「聞き間違えじゃない。私は君に、おはよう、今日もいい朝だね、と言っただけだが?」
「ヒモでも何でも良いから結婚して! って言ってませんでした?」
「んなっ!? そ、そんな恥ずかしいこと言うはずないだろ! 私はエリザート・ブラックキャット! 誇り高き公爵令嬢で、高潔な騎士! まさか、そんななりふり構っていられないしゅきしゅき大しゅき行き遅れ女みたいなこと言うはずないだろ!」
と、否定はしているものの、『ゃばぁ、好きが抑えられなくて内心が出ちゃったよぉ〜、どうしよぅ』って顔をしている。なりふり構っていられないしゅきしゅき大しゅき行き遅れ女が。
まあでも、否定してくれたのなら俺も聞き間違えということにしておく。
「すみません、無礼なことを」
「い、いや、謝らないでくれ。謝られると罪悪感が凄い」
「そうですか、じゃあ気にしないことにします」
「あぁ、そうしてくれ。ところでメカブくん、こんな朝から一体何をしているんだ?」
その言葉、そっくりそのまま返してやりたいが、ぐっと堪えてにこやかに笑う。
「昨日の興奮が冷めやらず、上手く寝付けなくて」
「ああ! 昨日のダンスは見事だったからな! 貴族のダンスとは違ったが、あれは素晴らしい。皆褒め称えていたし、私も何度君に惚れたか!」
また内心が表に出ているけれど、そこは聞かなかったことにして礼を言う。
「ありがとうございます。おかげさまで、幾つかの社交会に呼ばれることになりました」
昨日の夜会で、我が家の社交会にも是非参加してくれ、と幾つかのお誘いは受けていた。そのことを思うと、にやけそうになる。
「へえ……気軽に受けられるなんて、意外に君はお金があるんだな」
「へ?」
にやけかけた口は、間抜けに開いた。
***
朝、教室。隣の席のナツからお叱りを受けていた。
「いい? メカブ? 社交会にお誘いを受けたからって、手ぶらで行っていいわけないんだよ?」
「そ、そうなんだ」
「当たり前。大体、高価なワインだったり、良いお土産を持参するものなの。それに服装だって高い服を揃えないといけないし、社交会って言ったって形は様々。昨日の夜会みたいなオーソッドクスなものだけじゃなくて、文学や芸術だったり、狩りやスポーツをする会とか色々あるの。準備にお金はいるし、移動にだって馬鹿にできない金がかかる。貴族として舐められないために、馬車も御者も用意しないといけないんだよ?」
ナツのお叱りがまだまだ続く。
常識を教えられて有り難いし、世話を焼いてくれて助かる。
だけど、なんだろう。
空が白むまでナニしてたやつに言われたくない……。
「ま、そういうわけで、社交会はお金がかかるもの。行きたい、行くべきやつ以外は、ちゃんとした返事はせずに流してしまうのがいいの」
「なるほど……じゃあ、行きたいやつ以外は断れないかな?」
「もう行くって返事しちゃったんでしょ?」
「まあ」
「ならダメ。行きなさい」
俺は頭の中で、出費と自分が使える資金を計算する。元々貧相な生活、多大なる出費……戦場で従軍商人から学んだ計算力で即座に、やべえ、と出た。
「ナツ」
「何?」
「夜にパン半分でどうかな?」
「何が?」
「食事量」
「バイトしろ♡」
恐ろしい笑顔に思わず頷いたそのとき、名前を呼ばれた。
「メカブくん、来客が来てるって」
***
学園都市にある高級宿。そこのレストランは貸し切りで、ホールスタッフすらいない。
眼の前にいる顔なじみの文官に、俺は気怠げに問いかけた。
「授業さぼらせてまで呼んだのは、どういうこと?」
顔なじみの文官は紅茶をすすり終えると、俺に目を向けてきた。
「学園生活はどうだ?」
「まあ普通。やっと軌道に乗ってきたところかな」
「ふむ。軌道に乗った、とは嫁探しの話か?」
「それ以外ないだろ」
「それ以外あれよ、むしろそれ以外であれよ」
まあいい、と文官は続ける。
「本題に入るが、今日呼び出したのはケイヴ領のことだ」
「うん」
「管理の人間は雇っておいた、安心して良い」
「え、本当。何もないけど放置するのも、って思ってたから助かるよ」
「ああ。だが、金はしっかりとお前から貰うから覚悟しておけ」
「はあああ!? 何でだよ!」
「当たり前だろ。誰の領地だ、誰の。私の手間賃をまけてやってるんだから、ちゃんと払え」
「ぐぬぬ……」
そう言われてしまえば、黙るしかない。
だが。
「でも本当に金がないんだよ。まあ領のことは必要経費だとしても、払ってしまえば俺の私生活が終わる」
「はあ? 学生らしい質素な生活するだけの金はあるだろ?」
「ない。誘われるがままに社交会に行く返事をしたからない」
文官に大きく溜息をつかれる。
「なら働け」
「働きたくない」
「黙れ、働け」
「いや自分の気持ち抜きにしてだって。働けって言われても、俺貴族だよ? 市井に混じってバイトなんかしたら、折角貴族扱いされたのにまた平民以下にされるって」
「わかった。お前が出来そうな、貴族に馬鹿にされない仕事を紹介してやる」
「えー、ろくでもなさそう……」
「今日の放課後から働けるようにしておく」
「はっや。嘘です、はい……ありがとうございます」
こうして俺の社交会への資金繰りは始まったのだった。
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