ナツ・スワン視点


 私、ナツ・スワンは、スワン男爵家という小さな貴族の八女。


 代々、王家に務める官僚の家柄で、数代前に優秀さを疎んだ大臣の策略に嵌められ、男爵に降格した。そんな酷い目にあってなお、王家に忠誠を尽くすことがスワン家の存在意義である、という家訓第一条を守り続ける忠義心溢れるお家だ。


 領地は広くはないし、軍事力もほぼほぼない。特に貧しいわけではないが、富んでいるわけでもない。


 どこにでもいる弱小貴族がスワン家で、そこの八女が私となっている。


 ……ということになっている。


 私、ナツ、スワン。本名、オリビア・セア。


 セア国の王妃マリカの唯一の子にして、正統後継者である。


 現王には、7人の子がいるが、正妻との子は私だけ。産まれて間もない頃、唯一の正妻の子である私は、他の側妃から疎まれた。折角、正妻に子がおらず、我が子が王位、あるいは高位の貴族に嫁入り婿入り出来るかもしれないのに、その枠が私に取られてしまう。そう疎まれたのだ。


 普段はいがみ合う側妻たちも、このときばかりは手を取り合い、私を亡き者にする計画を進めた。


 だが、私は今も生きている。悪辣な企みにいち早く気づいた、今の父、スワン男爵に救われて、だ。


 忠誠心高いスワン家はすぐに、王妃マリカに報告。そして王城において私を守り続けることは不可能と結論を下し、夭逝したことにして匿うことを申し出た。


 普通、権力闘争に利用しようとしているにちがいない、と疑われるだろう。だがスワン家に絶大な信を置いている王妃は、私を健やかに育ててくれ、と託した。それに応えるように、父は私を健やかに育ててくれた。


 そう、健やかに育ててくれた。私を匿うことで、窮状に陥ったにかかわらず。


 父は私を匿うため近くにいたので、夭折したことに関与の疑いをかけられ、閑職に追いやられた。給金は半分以下に減り、男爵家は貧しくなった。子どもたちの持参金を捻出出来ず、嫁ぎ先を見つけられないくらいに。


 姉、兄たちも、私の事情を知る数少ない人物。そして自分たちが苦境にあるのを、私の所為であると知る人物。


 にも関わらず、責められたことは一度もない。それどころか実の兄弟のように、遊び、叱り、慰め、褒め、家族と同様の愛を向けてくれた。


 私は皆をかけがえのない大切な家族と思うと同時に、こうも思う。


 彼らには、忠義の熱い血潮が流れている。


 私にも、王族としての熱い血が流れている。


 忠臣に報いずして、何が王族か、と。


 そんな思いで、私は皆に報いるために努力を始めた。しかしながら、私は凡才と呼ばれるやつで、剣と魔法、学問、芸術も並程度にしか修めることが出来なかった。


 ただ私には、政の才能があった。


 貴族の社交界で広く交友関係を作り、多くの兄姉にも協力してもらい印象の操作を開始。農工商にも広く伝手をつくり、知人の貴族とも交渉を開始して、内政を進める。


 そういったことを成功させてきて、昨年、父は汚名が雪がれ王家の要職に復帰。領内も僅かに賑わい出した。


 兄姉や父母は喜んでくれたが、私はまだ報いたりないんじゃないか、とふわっと感じている。


 ふわっとだ。あくまでふわっとだから、確実に報いるために動くとは言えない。


 だが、仮に動くならば、血筋を活かして王家復帰を目指すべきだろう。強い権力が手に入れば、それだけ家族に報いることが出来る。


 ただ王家復帰は容易ではない。もし目指すならば、心強い味方が必須で見つけておかなければならない。


 そういうわけで、私はとある男の子に目をつけた。幼い頃は華々しい戦績を上げているが、近年の記録にそう残っていない。にも関わらず、平民ながら叙爵した男の子。


 きっと彼には叙爵に値する何かがあるはず、と同じ家に住まい、どういう人間か知るために声をかけた。


「今日からよろしくね〜、メカブ。同部屋で席も隣のナツだよ〜」


 と。


 彼は僅かな時間で、私に有能さを見せた。


 魚を捌いた際の卓越した刃物の扱い。


 パイづくりの際の、ありえない魔法制御能力。


 エリザートの名を出し、「まあでも、戦争が終わって軍縮はきっと進むだろうし、騎士にも暇は出されるだろうから、騎士の親玉の家は面倒そうか」と先の未来を仄めかした際、彼は眉一つ動かさなかったことから、先を見通す力があることもわかった。


 食事を終え、夜になった頃には、私の中で結論が出ていた。


 彼は取り込むべきだ。きっと私の心強い味方になる。


「わかったけど、なーんか癪だなあ。そっちこそ、私見てえっちなことしようとしないでね」


 とは言ったものの、別にそれで取り込めるなら手を出してくれていい。


 どうせ私は恋とか、そういうのはわかんないし。


 なんて思いながら、私は毛布を被った。

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