新米貴族、入学する


 終戦から早一年。


 セア国、ウィード学園がついに開校した。


 賠償金をふんだんに使って増築されたこの学園は、大小三十の校舎、屋内と屋外の修練場、聖堂にプールに劇場まで、様々な施設が並んでいて豪華である。


 教師は国内の高名な学者、宮廷魔法使いに近衛騎士、産業の最前線を行く技術者に豪商。また国外からも招聘し、広く有能な指導者を迎えているため、謳い文句の最高水準の教育を冗談抜きで受けられる。


 でも、学費はお高いんでしょう? と聞きたくなったそこの貴方。何と、一年目は無料。二年目からも特待生制度を受けることが出来れば、無料で授業を受け続けられる。


 住む環境も魅力的。第二の王都と呼ばれるほど広い街は、貴族区、平民区、商業区に区分けされていて、貴族の子弟が住まう借家、数々の学生寮、生活用品、筆記具や古書、新書の本屋など、どの区においても、全ては学生が利用することを第一にした店舗が作られている。まさに学園都市といった感じだ。


 こんな好条件の学園、入学しない手はない。そう考えた15~23、それ以上の年齢の学生も合わせて万を越える人数が、今日、ウィード学園の入学式に参列している。


 俺、メカブ、与えられた男爵家名も加えて、メカブ・ケイブも、入学者の1人として参席していた。


「我が国は長い戦いを終え、ようやく平和を迎えることが出来た。この安寧があるのは大戦の英雄、老鎧騎士ヘル・モズク大将軍が連戦連勝で敵を破ったお陰である。ヘル大将軍と、そして共に戦った仲間たちに祈りを」


 学生への挨拶をする王の口から語られる言葉は聞き流し、思考に耽る。


 入学まで一年という時間が経過したが、俺の目的は変わらずこの学園でお嫁さんを見つけること。


 この一年で、国から送られた僅かな復興費を使い、軍事施設の撤廃、城壁の修繕など俺が毎日毎日土木作業に汗を流して、ようやく移民を募る段階に来ている。


 そうなってくると、他領の貴族との移民戸籍に関する調整。現時点で領内に賊が湧いたときに頼る先がないことなど、治安の問題。技術流入や、専売品、税制に領内の法整備等々、他貴族との交渉が必須だ。


 なのに、後ろ盾がない新米貴族が武器無しで交渉すれば、不平等な条件を飲ませられ、奴隷のように搾り取られるに違いない。そう生かしてくれるのならばまだいいが、もし相手が気に食わない、となった場合、権力に働きかけられて濡れ衣を着せられても、守ってくれる人もおらず断頭台に立つなんてこともあり得る。


 貴族関係の問題だけではない。移民を受け入れて街を作ろうにも、無計画では破綻する。この後の平和な世で食える産業を起こさなければ、借金に苦しんで終わりだ。そもそも目玉がなければ、人すら集まらないだろう。


 しかし、俺には知識もアイデアもない。


 いっそのこと、貴族の立場を捨てて逃げてしまおうか、と何度も思った。だが、わざわざ平民から貴族にした人間が逃げてしまうなど、王家の目が節穴だった、と証明するようなものなので、顔なじみの文官に監視されて逃げられない。


 その癖、勉強すればいいだろ、だの、時代の変革で王家は忙しくお前に構ってばかりいられない、だのと言い張って面倒を見てくれない。


 愚痴をこぼし始めたら止まらないのでこの辺でやめる。


 まあ何はともあれ、新米貴族の生存戦略として、政略結婚は必須。今すぐ、お嫁さんが欲しい、という話だ。


「……で、あるからして、この王国が栄えるのか衰退するのかは、君たち学生に懸かっている。志を抱き、勉学に励むように」


 なんて締めの言葉に拍手が送られて、入学式が終わった。


「ふへえ、疲れちゃ……」


 着慣れないピカピカの貴族服で長い話を畏まって聞いたのだ。さすがにダレて、肩を落とし俯きながら、他の入学者同様ぞろぞろと移動する。


 家に帰りたくなったが、今日はここからが重要。入学式が終わると、それぞれが自分のクラスに向かい、オリエンテーションを受ける。所属は、大きく普通、科学、文学、芸術、剣術、魔法の6つの科があり、そこから適正や志望、実力に応じてクラスが割り振られていて、俺は普通科のCクラスだ。


 普通科かあ。やっぱ普通科の人とばっか関わることになるよなあ。


 普通科は他の五学科の内容を広く学ぶことが出来るという学科。貴族というあらゆる決断を下す立場なんだから、聞いたらわかる程度に知識は蓄えておきなさい、という顔なじみの文官に無理やり入れられたのだが……。


 普通科で優秀な人を嫁にもらってもな。欲を言うなら、芸術とか文学、科学とかのこれからの時代で役に立つ分野で、抜きん出た才能を持っている人がいい。


 そういう理由があり、近くで嫁探しをし辛いので気乗りはしていない。


 まあでも、剣と魔法よりはマシか。優秀なら当主の仕事代わって貰えば上手くいきそうだし。


 多少ポジティブになったところで前を向くと、目の前に背中があってぶつかりかける。


「あ、す、すみません」


 眼の前の女の子は振り返り、ぺこりと頭を下げた。


 服は清潔だけれど、平民の衣服。後ろ盾になってくれる貴族ではないが、将来有望な可能性もある。


「いや、気にしないで! こっちの不注意だから」


 キラッ、とイケメンスマイルを見せると、女の子は慌てて近くの友達に駆け寄っていった。


 あらら、これはもう落としちゃったかな? 


 どうやら女の子は友達と、こそこそ、と話している様子。


 やばーい、どうしよー、超イケメンに話しかけられたー、好きになっちゃったかもぉー。


 なんて会話が繰り広げられているに違いない、と内心ニヨニヨしながら耳を澄ませる。


「んだよ、そうだよ。本当におめえの不注意だよ、くそ貴族が」


「ね! 可哀想に! どうして謝らないといけないのよ!」


「本当に貴族って嫌い!!」


 ……。


 俺は涙を拭う。


 別に彼女らを責めるつもりはない。


 この国では長く戦が続いていた。そこで犠牲になるのはいつも平民。貴族は戦に敗れても身代金を要求されるだけで生き残る。そして身代金はどこから出てくるかというと、平民の税なのだ。


 貴族を嫌うのは仕方もないこと。


 わかってる、わかってるけど、青少年の心にはぐさっと来る……。


 い、いや! 平民が難しいのはそう、仕方ない! 俺の第一目標は、養ってくれる優秀さと貴族社会を渡り歩ける家格を持つお嬢様だ!


「あらやだわ、平民相手にヘラヘラと情けない。たしか成り上がりの何とかいう男爵よねえ?」


「ええ、そうよ。平民の血は抗えないのね、貴族を名乗るのはやめてほしいわ」


「本当によ。平民よりよっぽど忌々しいわ」


 ……。


 俺は入学して早々に心が折れかけた。


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