第8話 勧誘と進化
「まだガキじゃねえか。こんなんがデガブツの主たぁなんの冗談だ?」
ローブを纏い、暗殺者のような姿をした少年ゴブリンが、ガクブル震えるラヴィポッドを嘲笑する。どれだけ熟達した土魔術師がいるかと思って来てみれば、居たのはちんちくりん。期待外れもいいところだった。
「お、面白い冗談ですよね。へへへ。クレイゴーレムを動かしてるのはこちらのハニさんですよ」
「ちょっと!?」
ラヴィポッドが引き攣った笑みでハニを売る。
「あん? 俺はな、目が良いんだ」
こめかみを指でトントンとする少年ゴブリン。その青色の虹彩に幾つもの不揃いな波紋が広がり、ラヴィポッドから溢れる銀色の輝きを映していた。
「普通じゃ目視できねえマナでも見えちまう。ゴーレムと同じマナが流れてんのはてめぇだ銀色。見たことねぇ色してっからすぐわかる」
人族とは違う、凶器のような鋭い爪の先をラヴィポッドに向けて続ける。
「銀色には選択肢をやる。俺の提案に乗るか、ここで死ぬかだ」
親指でつー、と自身の首を切るジェスチャーをした少年ゴブリン。
ラヴィポッドの肩がビクリと跳ねる。
「て、提案というのは……」
「魔王軍に来い」
「まおうぐん?」
魔王軍という単語にラヴィポッドが首を傾げ、ハニは息をのむ。
「知らねえのか? 魔王様が治める俺たち魔族の国の軍隊だ。そこに入れ。魔王様は優秀な奴を集めてる」
ゴブリンを含む幾つかの種は魔族と称される。魔族は人族のマナを、種によっては人族そのものを食らうため、長い歴史の中で魔族と人族は常に争ってきた。
大きく魔族といっても外見は人族と殆ど変わらないものもいればゴブリンのような種族もいる。種族によって生態は異なり、通常それぞれが独自の文化を形成して生きている。しかし魔族の中でも超越した力を持つもの──魔王と呼称される絶対的支配者の統治によって魔族は纏まり、一つの共同体となった。
「ぐ、軍って戦うのが仕事ですよね? わたし向いてないと思います……戦ったことないですし」
狩りならしたことはあるが、それを戦闘経験とは考えていないラヴィポッド。何故にそんな提案を、と疑問を抱く。
「戦えとは言ってねぇよ。ゴーレムを大量生産しろ。自動で動く兵士だぞ? 一体一体が雑魚ならまだしもあんだけ強力なら大量に手に入れた国が次代の覇権だ」
チラリと向けた視線の先では、ゴウワンとクレイゴーレムが激しい乱打を撃ち合い、その度に森が破壊されている。余波だけで破壊を撒き散らすゴーレムを数千、数万と所有できれば、軍事力に於いて右に出るものはいないだろう。
ラヴィポッドはそうかもと思う反面、引っかかる部分もあった。
「あのムキムキゴブリンさんを大量生産しても同じなのでは……」
クレイゴーレムと互角に殴り合うゴウワン。ゴウワンが数千、数万人いればゴーレムがなくとも事足りるように思える。その戦場の絵面を想像したくはないが。
「あー……あんなもんは突然変異だ。ゴブリンが訓練したところで普通ああはならねー。俺が一番驚いてる。同じゴブリンってことでここに派遣されてきてみりゃ、あれが農民に混ざってた」
今回の件でゴブリンを初めて目にしたラヴィポッドからすれば、ゴウワンのような強いゴブリンもそれなりに存在するものと考えていた。どうやら違うらしい。
「それによ、こっちの戦力がいくら充実してようとゴーレムが要らねーってことにはなんねーんだわ。敵に渡っちゃ面倒だからな。戦闘以外の使い道もあんだろうし」
ゴーレムが単純作業も熟せるとしたら、それは対価を必要としない労働力ということになる。その有用性は計り知れない。
「な、なるほど」
魔王軍はゴーレムが欲しいらしいが、ラヴィポッドには「母を探す」という目的がある。頷くわけにはいかなかった。ではなんと言えば殺されず、蟠りもなく丁重にお断り出来るか。
「わ、わたし人族ですけど、魔王軍に入ったらいじめられたりとか……」
「んなもんしねえように徹底させてやる。それでも何かありゃすぐに言え。俺はゴブリンの部隊を一つ任されてる。バカを黙らせるくらいわけねえ」
「お母さんを探してるのですが……」
「こっちは国の正規軍だぞ。人族の一個人ってなると難しいがそれでも一人で探すより情報は集まんだろ」
「畑作業が好きなのですが……」
「仕事さえしてくれりゃそんくらい好きにしろ……銀色、ほんとはビビッてねーんじゃねぇか?」
まるで最低限の保証を確認するように図々しいことを聞いてくるラヴィポッド。少年ゴブリンは危うくペースを乱されかけていた。怯えていると思って油断してはいけない。主導権を握るためナイフを向ける。
「で、返事は?」
「ひぃ!? こ、怖いから嫌ですぅ……」
ブルブルとこれまでにないほど震えながら拒絶する。色々条件を付ければ考え直してくれるかと思ったが、見事に好条件だった。ラヴィポッドは途中から「魔王軍って実はいいところなんじゃ……」と考えを改めていたが、話の最中にナイフを突きつけてくる相手と仕事するなんて想像したくもない。
「そうか。じゃあ死ね」
少年ゴブリンがナイフを投擲する。
「ラヴィポッドちゃん!?」
ナイフは寸分違わずラヴィポッドを捉え、貫いて背後の木に突き立った。だが、
「あん?」
「え?」
ラヴィポッドには一切傷がついていない。
どういうことかと少年ゴブリンが鋭い目つきでラヴィポッドを凝視。ハニの口はポカンと開いたままになっている。
「……」
少年ゴブリンは無言のまま人差し指を向け風魔術による攻撃を飛ばす。ハニを襲った不可視の弾。ハニが行使する土の弾丸ほど複雑な構造はしておらず、球状に固めた風のマナを飛ばすだけ。貫通力は遥かに劣るが子どもの命を刈り取るには十分。凶悪な魔術がラヴィポッドを襲う。
風の弾は震えるラヴィポッドを捉えるが、またしてもまるでそこに実態が存在しないかのようにすり抜け、葉擦れの音が風の弾の軌跡を奏でる。
「幻術……?」
ハニが呟く。
(火魔術なら揺らぎで、水魔術なら反射で相手に虚像を見せる術があるって聞いたことあるけど……どっちも繊細なマナの制御が必要な上級魔術だったはず。ラヴィポッドちゃんってそんなに凄い魔術師だったの?)
さすがは師匠の子どもだと認識を改める。
(いや、俺の目が幻術如きに惑わされるわけねぇ。まさか……)
少年ゴブリンはハニの言葉を否定し、一つの可能性に辿り着く。
そして確認のため風の弾を連射した。やはり外れてはいない。ラヴィポッドの姿を捉えているにもかかわらず、幻のようにすり抜ける。しかしマナを視認できる少年ゴブリンの目はマナの動きを察知しておらず、幻術を使った形跡はない。マナによらない手段でもって虚像を生み出していることになる。
だとすれば。
「……震えすぎて、残像が発生してんのか?」
そんなバカな。
ガクブルと震えるラヴィポッドを見て愕然とする。
ハニは少年ゴブリンに「何言ってんだこいつ」とばかりの目を向けていた。
「種がわかりゃ簡単だ。点じゃなく面で攻撃すりゃ当たんだろ。てめえら!」
少年ゴブリンは自らの仮説に基づいて動き出す。
呼びかけに応じ、ゴブリンたちがぞろぞろと現れる。皆揃って大きめの石を幾つも抱えていた。
「やれ!」
号令に従い、ゴブリンたちがラヴィポッドの頭上へ石を投げる。無数の石がラヴィポッドから空を隠していった。
するとゴブリン集団の中から、杖をもつ老ゴブリンが躍り出る。
「そいや!」
杖を掲げると、上空の石が一点に収束していく。石はマナによって変質し混ざり合い、一つの巨大な岩石となった。
「ふぇ?」
その光景に間抜けな声を漏らすラヴィポッド。
落下してくる巨岩に唖然と口を開け、ハニと抱き合う。
「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」」
乙女らしからぬ濁った悲鳴が上がった。ハニの知らぬところで、ラヴィポッドはハニを盾にしようと必死で力を込めている。
巨大な塊が急接近し、視界を埋め尽くす。冷静を心掛けるハニも穏やかではいられない。
「助けてぇ!」
ラヴィポッドの叫び。
殴りあっていたクレイゴーレムの眼窩が煌めき、主のもとへ駆け出す。
「貴様っ! 勝負を投げ出すとは、恥を知れ!」
戦闘を切り上げられたゴウワンが罵倒する。
しかしクレイゴーレムは主の声以外気にも留めない。
ギリギリ間に合ったクレイゴーレムが両手を広げ、巨岩をその身に受けた。
「如何な巨人とてこの重量の暴力を止めることは……」
巨岩を生成した老ゴブリンが自身の魔術を誇らしげに語る。巨岩がクレイゴーレム諸共ラヴィポッドとハニを圧潰すると信じて疑わない。
だがクレイゴーレムに直撃した巨岩は衝撃を齎さなかった。クレイゴーレムよりも質量のある巨岩が土の体にめり込み、吸収されていく。
「はぇ?」
老ゴブリンが夢でも見ているのかと目を擦る。
やがて巨岩を丸々飲み込んだクレイゴーレムからプシューと煙が上がり、その姿が包み隠された。
煙を吸い込んでしまったものがケホケホと咳きをする。
煙が晴れると、そこに佇んでいたのはクレイゴーレムではない。
「ストーン、ゴーレム……?」
ラヴィポッドは石板の文字が変化していることに気づく。
ゴーレムの材質が土から石へと変化し、分厚くなった胸部と肩。肘から先と膝から下は円筒状になっており、筒の底面からそれぞれ手足が覗く。石のブロックを積み重ねたような体には黒い目地が走っていた。
難攻不落の要塞が意思を持ち、攻めてくるとしたら。堅牢な城壁と破壊的な兵器。先手を譲り、待ち構えるからこそ並外れた効力を発揮するそれら。それらが突如として目の前に現れ、圧倒的な力をそのままに動き出し、圧し潰そうとしてきたのなら。
ゴブリン兵たちは敵対者の圧倒的な迫力を前に戦意を失っていた。ストーンゴーレムの放つプレッシャー。圧迫感で呼吸さえままならない。その息苦しさは心臓を、生殺与奪を握られているようだった。
「バカな……ふおぉ!?」
狼狽え、後退る老ゴブリン。老いて尚矍鑠としていた老ゴブリンの腰が抜け、甚大なダメージが入る。
(っち、ゴーレムってのは石を吸収して強化されんのか? 情報が足りねぇ)
ストーンゴーレムとなって跳ね上がったプレッシャーを受け、少年ゴブリンが舌打ちする。
「更に強くなったか! それでこそ捩じ伏せ甲斐がある! いざっ!」
ゴウワンが飛び掛かり、渾身の拳を繰り出す。拳圧で風が唸りを上げた。
ストーンゴーレムは一切抵抗せず、その攻撃を受ける。
衝撃が大気を伝播するほどの一撃。だがストーンゴーレムは身動ぎ一つしない。
「ここまでとは……」
ゴウワンは血塗れになった自身の拳を見つめ、急激に開いた力の差を痛感する。数千数万の時を経て尚聳え立つ山と対峙しているのか、そんな錯覚に陥る。村一番の力を誇っていたゴウワン。我こそが最強だと思い上がっていた、その慢心が完膚なきまでに打ち砕かれた。
(我は、弱いのか……まだ、上があるのか!)
敗北は終わりではない。未だここは中腹なのだと、高みは、頂上は広がっているのだと、田舎で燻っていたゴウワンを導く啓示だった。空中に身を投げ出し落ちるだけとなったその体に、石の拳が炸裂する。
「ぶふぉ!」
ストーンゴーレムのパンチが振り抜かれ、ゴウワンが遥か彼方に吹き飛ぶ。やがてゴウワンの姿が見えなくなり昼に煌めく星となった。
「あいつを一撃か……」
(こりゃ始末はねーな、なんとしてでも取り込む方向に切り替えてぇが、現状何がゴーレムを強化すんのかわかんねー。石なのかマナなのか、他の物質でも強化されんのか。今下手をうってゴーレムを強化されんのが一番まずい。あの方の夢を叶えるにゃ直接判断を仰ぐのが最善か)
味方になるならよし、無理なら死を。そう考えていた少年ゴブリンだが是非とも味方に欲しくなった。
ゴーレムに手を出すのが危険ならば、術者であるラヴィポッドを先に捕えてしまいたいが、そちらはそちらで厄介だ。恐ろしく俊敏な身のこなしで残像を発生させ、攻撃を回避される。
「おい銀色! 俺はヌバタマって呼ばれてる。魔王軍に入りたくなったら魔族にこの名を出せ。いつでも歓迎してやる!」
少年ゴブリン──ヌバタマがラヴィポッドに声を掛け、ゴブリンたちを率いて撤退していく。
「魔王軍なんかに入る訳ないでしょ!」
ラヴィポッドに代わり、ハニが勧誘を突っぱねる。
ヌバタマは振り向かず、手をひらひらさせて去っていった。
その余裕の態度が気に入らないハニはぎりぎりと歯噛みする。未だ腹部を巡る痛みが、ヌバタマへの怒りを増幅させる。
「ラヴィポッドちゃん、今のうちに助けに行こ」
ゴブリンが引き上げたのなら、さっさとこちらも用事を済ませてこの場を離れたい。
そんなハニの意思に反して、声をかけられてもラヴィポッドの小さな背中は動かなかった。
怪訝に思い、背後から近づきラヴィポッドの顔を覗き込む。
すると、
「はひゃ~……」
ストーンゴーレムに見惚れてうっとりしていた。目をキラキラと輝かせ、開いたままの口からは涎が垂れている。
「吸収……進化……ストーンゴーレム……!」
感極まって胸の前で手を組む。
「あーだめだこれ」
今は何を言っても聞こえなさそうだ、とハニは諦めのため息をつく。一人で捕らわれた村人の解放に向けて動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます