第15話 竜王様、朝食を狩る

 朝日が昇る。なんて爽やかな朝なんだろう。


「……朝日が綺麗だなんて思えたのって何百年ぶりかなぁ……」


 竜界に居た頃はとにかく仕事、仕事、仕事(主に馬鹿どもの喧嘩の仲裁)だった。

 休んでる暇も、周りを見る余裕もなかった。

 それが今はどうだ? 

 ただ太陽が昇り、この身を照らす。それだけでこんなにも世界は美しいと思える。


「あ~~~~~~~休暇最高!」


 べりっと皮膚が破ける。

 おっと、感動のあまり思わず脱皮してしまった。


「!? あまね、どうした!? 大丈夫!?」

「あ、ポアル。おはよう」

「それより皮! 破れてる!」

「ん? ああ、これは別にいいのよ。私、月に一度脱皮するの」

「脱皮!?」


 ぺりぺりと残った皮を剥ぐ私に、ポアルが何やら戦慄した表情になる。

 え、もしかしてドン引きされてる?

 そっかー、人間と同じで魔族も脱皮しないのか……。


「ちなみに私の皮は栄養満点で竜界ではよくこれを肥料にして世界樹を――」

「ばっちいよ! ベッド上に散らかってるし、はやく片付けよう!」


 ポアルはテキパキと脱皮した私の皮を集めると、窓から外に捨ててしまった。

 あー、勿体ない。


「あまね、魔族にもリザードマンって種族が居たけど、脱皮した皮を見せるのは彼らにとっての恥。あまねももっと羞恥心を持った方がいい」

「そ、そうなんだ……」


 リザードマンにすれば、自分の垢や糞を人に見せびらかすようなものだという。

 うーむ、種族間の価値観って難しいな。脱皮した皮が排泄物と同じ扱いとは……。 


「こっちの世界でも育たないかなー、脱皮した皮を自慢する文化」

「無理だと思うよ……。そもそも脱皮しないし……」

「逆に人間や魔族って何を自慢するの?」

「……魔族は角。力の象徴で、形や大きさ、特に『色』を自慢する」


 ポアルはちょっと気恥ずかしそうに自分の角を触る。


「へぇー」


 そう言えば、魔族は角で魔力を操るんだっけ?

 だからハーフのポアルは角を折られ迫害された。改めて聞いても酷い話だ。


「魔族の魔力は角に宿る。だから強い魔力がある奴ほど角の色は濃く、綺麗になっていく」

「へぇー、なるほど……ん?」


 でもその理屈だと、昨日のアイっていう魔族よりもポアルの方が色が綺麗なのでは?

 アイの角は薄い赤色だったが、ポアルの角は濃い紫色だ。これってつまり――。


「だからあまね、私の角。治してくれてありがとう」

「ッ……そんな、照れるって……」


 こういう真っ直ぐに好意を向けられると本当に照れる。

 でもなんかこういうのも悪くないなって思える。

 つまり何が言いたいかって言うとポアルは可愛い。


「それじゃあ、朝食にしよっか」

「うんっ」


 今日も一日、楽しくなりそうだ。


「あ、でもあまね」

「なに?」

「いま食べモノ、なんもないよ」

「――あ」


 そう言えば、家を直すのに夢中で食べ物は何も準備してなかった。


「しょーがない、何か獲ってこようか」


 森の中なら獣や果物くらい見つかるだろう。


「昨日の果物、ないの?」

「あー、あれね、ポアル達は食べれるけど、私は食べれないんだよ」


 創造魔法で創った物は私には効果がない。

 腹は膨れないし、魔力を消費した分マイナスになる。


(……あ、そう言えば昨日お金ってのを貰ってたっけ?)


 お金。竜界には存在しない流通を潤滑に行うための媒介物。

 物の価値の尺度にも使われるモノ。人間の文化って面白いね。


「ポアル、安心して。私はお金を持ってるんだよ。これで好きな物を好きなだけ食べればいいんだ」


 ポアルの表情がぱぁっと明るくなる。


「お金! あまね、お金持ってるの?」

「そうだよ、ほら見て、これが――」


 私は貰った革袋を開く。

 チャリン、チャリン、チャリン、と銅貨が三枚出てきた。


「……そうだった。もらったお金、銅貨三枚だけだった」

「……あまね」

「……ポアル、何も言わないで」


 しょうがない。お金で食べ物が買えない以上、森で何か獲物を狩るか。


「――探知魔法サガースっと。お、見つけた」

「はやいっ」


 ポアルが驚いているけど、この程度の事なんでもないよ。良い感じのイノシシが居た。


「それじゃあ、ちょっと狩ってくるね。ポアルはここで待ってる?」

「ん、一緒に行きたい!」

「ミャァ」

「じゃあ、一緒にいこっか」


 見つけたのは弱そうなイノシシだし、ポアルとミィちゃんが一緒でも問題ないだろう。私はポアルの手を掴むと一気に跳んだ。


「――ぇ? ぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!?」

「お、いた、いた」


 何やら奇声を上げるポアルを尻目に、森の中をウロウロしているイノシシを発見。

 目の前に着地。


「うん、良い感じに魔力操作も馴染んできたね。世界に影響がない」


 この調子で世界を改変していけば、いずれは本体でも長時間活動できるだろう。

 まあ、そんな機会が訪れるとは思わないけど。

 郷に入れば郷に従え。この世界では、私は人の姿で休暇を満喫するのだ。


「あわ……あわわわ……飛んだ……お空ぶわぁーってしたぁ……」

「ミィィ……」


 それにしても脱皮したおかげか、体の調子もばっちりだ。

 ポアルとミィちゃんがなんか震えてるけどどうしたんだろうか?


「ボルォ……?」


 イノシシもこちらに気付いたららしい。一丁前に威嚇してくる。


「あ、あまね! あれ、イノシシじゃないよ! 魔獣だよ! この森の主っ!」

「え、そうなの? 確かにサイズはすごく小さいけど……」


 竜界のイノシシはあれの何百倍も大きい。

 アズサちゃんの世界で言う東京ドームくらいの大きさかな。

 繁殖力も高く、大陸や島を食い荒らす害獣で、よく退治してたっけ。


「ちっちゃくないよ! おっきいって! あまね、逃げよう!」

「いやいや、何言ってるのさ、ポアル。あれ、私達の朝食だよ? 私、お腹空いてるし、お肉食べたいよ」

「私達が食べられちゃうよっ」


 もー、ポアルは心配性だなぁ。


「ボルォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「よいしょっと」


 私は突っ込んできたイノシシを片手で止める。


「えっ」

「フミャ!?」

「ボルォォ!?」


 ポアル、ミィちゃん、イノシシが驚く。


「うーん、やっぱりサイズは小さいけど、とりあえず今の体ならお腹いっぱいになるかな?」

「ボ……ボルォォオオオ! ボルォオオオオオオオオオ!」


 イノシシはようやく力の差を悟ったのか逃げ出そうとする。

 当然、逃がすわけがない。


「ごめんね。でもちゃんと残さず食べるから。――斬撃魔法キレール


 私は魔力の斬撃を発生させ、イノシシの首を斬り絶命させる。ついでに部位ごとの切り分けも一緒に行う。


「よし、完了っ。んじゃ、帰ろっか」

「……」


 ポアルは茫然とした表情でこちらを見ている。どうしたんだろうか?


「あまね、すごい……すごいっ、すごい! あまね、すごいよ! 森の主、たおしちゃった!」

「あはは、大げさだなぁ。別にこのくらいポアルにだって出来るよ」

「……私にも出来るの?」

「出来る、出来る。その内、魔法も教えてあげるからさ。ポアルならきっと出来るよ」

「っ……あまね、私がんばる! がんばってあまねみたいに強くなる!」

「ミャァー」

「おー、いいねぇ。それじゃあ、帰って朝食に――ん?」


 解体したイノシシの傍にこぶし大ほどの石が落ちていた。キラキラと透き通るような赤い宝石だ。


「綺麗……なんだろ、これ? ポアル、分かる?」

「んー、分かんない。でも綺麗だし、持って帰りたい」

「だね。んじゃ、これも持って行こうか」


 食材を調達した私達は家へと戻った。

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