(三)歩んでいくこと

 福成たちが秀伝の家に泊まった翌朝であった。大きく鳴り響く戸を叩く音に起こされた。

 玄関の前に立つのは福成と秀伝。その後から天が追うように現れる。

「ふうーむ。あたしが出るよ。福成、アンタはあたしの後ろにいな。天は……そのままでいいよ」

 扉を開けてみる。すればそこにはひとりの男性がいた。

「早朝に失礼します、秀伝さん。こちらに福成、と言う男が来ませんでしたか?」

 家を覗き込むような仕草をする男。それを遮るように身体を動かす秀伝。

 返答を待つ男に溜息を吐く。後ろを向いてみれば福成は何かを承諾しているような顔であった。それが何を意味するのか秀伝は当然分かっていた。

「そいつは……あたしの後ろにいる奴だよ。福成、相手をしてやりな」

 前へ出る福成。対峙するような形となり、鋭い視線を向ける。男はその視線に身じろぎするも平常を装う。

「君が福成かね。色々と不手際をしたようだが、同行して欲しい」

「断れば、などと問う必要は無いな。武を行使したのはそちらだ」

 拳を相手の腹部に軽く当て、衝撃を放つ。何らかの返答、有無を言わせるよりも前に行動に移したのだった。

 後方に吹き飛ばされる。やろうと思えば一撃で殺せたであろうに、彼はそうしなかった。そうした意図を不思議そうにして立ち上がる。

「天、しっかり見ていろ。力の使い方を学べ」

 そう言い残すと福成は立ち上がった男との距離を詰める。

 一瞬での出来事に目を丸くするも、こう来るであろうとは予測はできていた。だから次に来るだろう攻撃よりも先に自分が攻撃を仕掛ける。

 迫りくる際のちょっとした動きの変化を福成は見逃さなかった。そしてその動きが何をしようとしているのかも。

 ほんの少し身体を横にずらす。当たるであった筈である拳は行き場を無くし、勢いのままに相手は前へ出る。

「す、凄い。まるで相手の動きを知っていたかのようだ」

 あまりの凄技を前にし、思った事をそのまま口にする天。自分はいま義和拳が何であるかを見ているのだ。

「あぁ。あれこそ福成が極めた技、だ。相手の動きをよく観察し、どのような事をするかを察知する。技の中で一番難しいものだ」

 林継が使っていた反とはまた違う避。それはあらゆる動きを観察し、そこから相手が何をしようとしているかを察知する技。そうやる事によって、行動を予測して攻撃を回避するのである。それは俊敏性、観察力、瞬発力の三つを極める事によって得られる技なのだ。

 前へと出る相手、その瞬時の間に刀を抜く。それと同時に足を相手の足に掛けて地面に倒させようとする。

 バランスを崩し、倒れかける。そうなる前に前へと転がり、受け身を取る。そして立ち上がろうとするが、刃が目の前に現れた。福成の持つ刀だ。

 拳で刀を払い、福成が姿勢を正す隙に立って構える。そしてそのまま攻撃に移る。

 刀を弾き、そのまま攻撃に移ってきた。型から予想するに、肩を当てての姿勢崩しだろう。そうと予測した福成は避けるのでは無く、受け構える形を取る。

 予測していた通り、肩を当てる技であった。

 確かな感覚を掴んだ。崩れ倒れる、と思ったが違った。彼はピクリ、とも微動だせず凛々しく立っていた。

 一部分の場所、攻撃の当たる所を重点に筋肉を強張らせて防御したのだ。そしてそうすることによって受けるダメージと衝撃を和らげたのだ。

 強く踏み込み、肘討ちを入れる福成。吹き飛ばすのでは無く、その場で倒れるように力加減を調節して。

 崩れ落ちる男。しかし意識は情弱だがあり、見下す福成を見ていた。

「命は取らぬ。が、宋星に伝えろ。福成はお前に会いに行く。そして、槍竜には手を引け、とな」

 これ以上戦う、という発想は男の脳にはもう無く、戦意を失っていた。そしてそれを見て「行け」とだけ言い、去って行く男を見送った。

「良かったの? 見逃しちゃって」

 駆け寄る天。刀を鞘に納める福成。問いかけにはただ「良い」とだけ返す。

「迷惑を掛けた。出発する」

「もう行くのかい。随分早いね」

 家から顔を覗かせ、もの寂しげに眺める。

「寂しくなるよ。もう少しゆっくりして行ってもいいのに」

「我を追ってまた来るかもしれない。それに、国利に一度会わねばならない。彼なら宋星の居場所を知っているかもしれないがゆえ」

「そうかい。天、ちょっとこっちに来なさい」

 そう呼ばれ、秀伝の方に寄って行く。すると彼女は一枚の羽織を取りだした。大きさこそ違うが、それは福成が身に付けているものと同じものであった。それを天に差し出す。

「まだ福成がちっさい頃、子供の頃に特別に見繕ったやつだ。大きさ的にピッタリだろう」

 受け取り、それを身に纏う。自分の物であったかのようにその羽織は自然と馴染んだ。

 羽織姿の天を見る。昔の自分が着ていた物ではあるが、似合っている。様になっている。

「なあ。やっぱりこの羽織とかって何か特別なのか。大事そうに受け取ってただろう」

 ずっと前から疑問であった事。おさがりであるとはいえ、自分用の物を手にしたのだからその正体を知っておきたかった。

「その羽織は、特別な繊維等で作られている。故に、使い方によっては弾丸を弾き、剣の斬撃、槍の突きを防ぐ事ができる」

「またまた、冗談だろ?」

 いつにも増して真剣な顔立ちの福成。そしてそれを面白そうなものを見る眼で観る秀伝。

 しばらく何も言わぬ事でやっとその言葉が真実である事を理解した。

「まあ、使い方次第さ。とは言え、そこまで使いこなせていた者は祖母と、その頃合いの者たちくらいだろう。現代で使いこなせる奴なんてあたしは知らないよ」

「それって……つまりは伝説とかの類じゃ。いや、でも秀伝さんの祖母が使いこなしてた、って事は本当なのか⁉」

 噓か真か分からぬ事に困惑する様子を秀伝は笑い、付け加えるようにして言う。

「そこまでの力量になれば、義和拳の全てを修得した証だ。頑張れ」

 羽織を受け取った、これによって天は義和拳のスタート地点に立ったのだ。それどころか、学ぶ者として認知されたのだ。

 もう後戻りはできない。そういう道だ。受け取った、ということはそう言う事なのだ。けれども不安は無い。なにせ、大田が認める男から学ぶのだから。

「福成。しっかりと教えるんだよ。手抜いたり、放り出したりしたらただじゃおかないからね」

「うむ。我が教えられることを伝授する。だが、見て学ぶ事を大事にする」

「まったく、あんたって子は。不甲斐ない師だと思ったらあたしの所にいつでも来ていいからね」

 はにかんだ笑みを見せる。二人の関係がどうか良好に行くことを願い、秀伝は歩み行く彼らの背を見送ったのであった。

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