研魔職人は心の宝石を磨くことに誇りを持っている *老害師匠と弟子の少女は兜をかぶった令嬢の婚約破棄を見過ごせない!

にのい・しち

第1話 研魔職人の弟子

「し~~しょぉー!? 師匠! 起きて下さい。朝ですよー」


 呼んでも反応がない。

 手を焼かされるんだから、もぉ~。

 私の身支度もあるんだからね?


 壁に立て掛けられた鏡の前に立ち、身なりを整える。


 桜と同じ淡いピンクの髪を、耳の後でまとめて二つのお団子を作り、余った毛先を広げて花びらのように見せる。

 これが今、気に入っているヘアースタイル。


 目をパッチリ開け、まつげの長さを気にすると、自分の目と合い不気味な感じになった。

 黒い瞳孔の回りに付いた、金色に染まる三日月の虹彩。

 小さい頃にかかった風土病のせいで、消えなくなった三日月型の瞳。

 視力は問題ないし今の今まで、ほったらかしにしてたら気にならなくなったけど、改めて見ると少し変。


 仕上げに鏡の前で全身をひるがえし、オーバーオールのスカートを傘のように広げて回って見せ、全てがスキ間なく整っているか確かめる。


 よし。私、クラヴィス・ウィロー、十四歳は今日も完璧!

 

 自分の全身を映す鏡は模写した絵のように鏡面に乗り、魂を与えたように手足が動いている。

 町で売られている鏡は曇りがかかっていて、身だしなみを整えるのに不便だけど、私が使っている鏡は別物。

 何せ、一流の研職人が磨いた鏡だもの。

 

 身なりを整え終わると、再び部屋の奥の扉へ声をかけた。

 今度は少し強めに。


「師匠ぉーー! 起きろぉおーー!!」


「うるさいぞ? 弟子よ」


 昨日から開かずの間だった部屋のドアが、少しだけ開いて、暗い顔がこちらを覗いていた。


「やっと起きました?」


われは昨日、徹夜で仕事をしていたのだ。まだ眠いzzz」


「徹夜しようが寝ずの番だろうが、朝はやって来るのです」


「お前は鬼畜か? 人の心はないのか?」


「いいから早く出て来て、 身支度をして下さい」


 部屋から、のそりと大木のような体が現れると、私はあきれてながら注意する。


「師匠……何度も言いましたよね? 服を来てくださいって? いつも全裸で部屋の中をウロウロと」


「弟子よ。この分厚い皮膚こそが我の服、強靭な肉体こそが鋼の鎧なのだ」


「何言ってるかわかりません」


 私はその辺の椅子にかけてある、一繋ぎのローブと床に置いた踏み台を掴んで、師匠へ歩み寄る。


「はい、師匠。バンザーイ!」


 私に言われて師匠は天井へ向け、両腕を上げた。

 置いた踏み台に足を乗せタッパを合わせると、上げた両手にローブをかけ、そのまま頭からスッポリ被せる。

 膝までズリ下げるとローブの穴から師匠の顔がひょっこり現れた。

 師匠の胸元でローブのヒモを結ぶ。


「もう両手を下げていいですよー。じゃあ次は朝ゴハンです」


「疲労で食べる気にならん」


「もう! 食べないと昼まで持ちません」


 師匠の分厚い手を引いてテーブルに無理やり座らせると、私は師匠の隣の椅子に腰をかけてスプーンを手に取る。

 皿に乗せた豆料理をすくい上げ、頬まで裂けた口へ運ぶ。


「はい、師匠。アーン」


 師匠は眉を八の字にして、不満そうな表情で差し出したスプーンへ食らいつくと、小言を挟む。


「メシぐらい自分で食える」


「すぐに飽きて食べなくなるじゃないですか」


「我は赤子扱いか?」


「もう、サッサと食べて下さい。もうじき、お客さんが来るんですから」


 師匠に朝ゴハンを食べ終わらせると、いそいそと食器を流しへ運び、歯ブラシを持って来た。


「はい、師匠。次はイィー」


 師匠は言われたとおり唇を開き、閉じた牙を見せた。

 私はギザギザした牙へブラシを当てて、食べカスをこそぐ。


「はい、流しの水で口をクチュクチュして下さい」


 師匠は流しへ足を運び、桶に入れた井戸水を手ですくい上げ、口の中で水を荒く回し、吐き出した後、トボトボと私の元へ戻って来る。


「師匠、出来ましたか?」


「…………できた」


「よし! これで完璧」


 これが私の弟子入りした師匠。

 顔は魚で全身は鱗で覆われ、私と同じように二本の足で立ち歩き、人の言語を喋る魚人、ダーケスト様なのです。


 私こと弟子のクラヴィスと師匠であるダーケスト様との、いつもの朝が始まりました!

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