第42話:希望の光

視点:長月林檎


 ぼくはハッとなってうしろを振り返った。

 ぼくたちの後ろには、奏と僧侶さんが乗っている車があったはずだ。


「しまった!車のことを考えていなかった……!」


 小麦先生が悔しそうな声でうしろを見る。

 車は鉄の板になっていて、僧侶さんと奏はいない。


「さあお前ら!この二人の命が惜しけりゃそこから動くな!」


 重圧のある声が上から聞こえてきた。

 見ると、ドラゴンの両足には僧侶さんと奏が掴まれていた。

 僧侶さんは苦しそうにもがいているが、奏は意識が無いようで、大人しかった。

 ……人質まで取るなんて。どこまで卑怯なんだ?こいつは。


「くっ……離しなさい!それが僧侶のやることですか!!」


 小麦先生は大声で叫ぶ。

 しかし、上に乗っている僧侶……いや、卑怯な男は、余裕そうな笑みを浮かべて、


「声を出すのも禁止だ。少しでも口が動いたらこいつらをここから落とす。」


と、地面を指さしながら言った。

 よく見ると、掴まれている僧侶さんの真っ黒な翼はボロボロになっていた。

 小麦先生は少しだけ後退りする。表情は見えないが、どことなく悔しそうだ。


「ふん……武器を落としてから手を挙げろ。上に、まっすぐな」


 卑怯な男がそう言った後、小麦先生は後ろに装備していた長銃を地面に落とした。

 ガシャっと、機械らしい音が小さく鳴り、小麦先生は手を挙げた。


「何をしている!お前もだきつね!」


 狐じゃない、林檎だ!

 ……と言い返したかったが、いまは話してはいけない。

 ぼくは喉まで出かかった言葉を飲み込み、静かに手を挙げた。


「武器は……持ってないな。変化へんげも使うなよ。使った瞬間、こいつらの命は無いと思え」


 卑怯な男は、こちらを睨んでそう言った。

 睨み返してやりたかったが、そんなことしたらますます二人が危険な目に会うのは純種のぼくでも分かったため、何もしなかった。


「ふん、本当に馬鹿だな。ただのガキ二人……それも、一人は会って二日と無い奴のために死ぬなんてなぁ」


 ニヤニヤと、気色悪い表情かおを浮かべながら高笑いする男の姿は、僧侶とは似ても似つかわしい。


「ヘルフレイド、殺れ」


 卑怯な男がそう指示すると、まるで返事をするかのように、ドラゴンは大きな雄叫びを上げた。

 ぼくはギュッと目を瞑る。


 パチパチと、炎が燃える音がしてきた。

 炎が来る。ぼくたちはこのまま、焼かれて死んでしまうのだろうか?

 そもそも、人質の二人は無事に返してくれるのだろうか?

 服従石は?ぼくの首にさげている石がもし服従石だとバレたら、大変なことになるのではないか?


 不安と疑問がぼくの頭の中で渦巻く。

 何とかしなければいけない。でも、何も出来ない。どうにもならない。

 自分の無力さに腹が立つ。


 ゴウッと、聞き慣れてしまった音が鳴る。

 あぁ、熱い。熱い……熱……い……?

 あれ?熱いのは熱いけど……なんだかそこまで熱くな……


「……貴様ぁぁ!!」


 卑怯な男は、悔しそうな声でそう叫んだ。

 ふと前を見ると、炎は、ぼくたちに当たる直前で、見えない壁にはばまれていた。


「僕は……僕は、この方々を死なせる訳にはいかないのです!!」


 僧侶さんは、ドラゴンの右足に掴まれたまま、棒切れのような杖を握っている。

 見えない壁を張って、ぼくたちを助けてくれたのは、親切な僧侶さんだったみたいだ。


「ふざけるな!たかだか会って二日の奴に、なぜそこまで肩入れする!金稼ぎの道具のくせに!のくせに!」


 卑怯な男は、顔を歪めながらそう叫んだあと、僧侶さんと奏をドラゴンに落とさせた。


「音姫さん!僧侶さん!」


 先生がすぐに飛び出す。しかし、僧侶さんが貼った見えない壁にぶつかり、それより先には行けなかった。


「まずい!このままじゃ……」

命札めいさつ綺望麗希きぼうれいき!』


 僧侶さんは、小麦先生の心配をかき消すかのようにそう叫んで、杖を強く握りしめた。


 バサッと、力強い音を立て、美しい漆黒の翼が僧侶さんの背中から生えてきた。

 同時に、ドラゴンの爪か何かが引っかかって出来たと思われる切り傷も、きれいさっぱり消えていた。

 まるで妖精科の回復みたいだ。


 僧侶さんは、そのまま奏さんの方へ行き、華麗にキャッチして地面に着地した。


「なっ……!」

「すごい……」


 小麦先生は、夢中になって僧侶さんを見ていた。

 もちろん、ぼくもだが。

 大きく、美しい真っ黒な翼と、颯爽さっそうと助ける僧侶さんの姿。 カッコイイとしか言いようがなかった。


「あ、あああ……あばばばばば」


……ような気がしたんだが、僧侶さんはもはや混種ひととは思えない声を出して、泡を吹きながら倒れた。

 当然、奏をかかえていたため、奏も一緒に倒れる。


「僧侶さん!?」


 小麦先生は走って僧侶さんに駆けつける。

 先程のバリアも、張った本人が倒れると消えてしまうみたいだ。

 ぼくも慌てて後を追う。


「僧侶さん!?大丈夫ですか!?」

「う、うーーん……」


 僧侶さんは苦しそうな顔をしている。


「僧侶さーん!大丈夫か!?」


 ぼくも続いて声をかける。


「はっ!?ここは……」


 目を覚ましたのは僧侶さん……では無く、奏の方だった。

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