第11話:決着

視点:長月林檎、甘夏六花


「長月さん!?何故……」


 驚く小麦先生の声が聞こえる。そりゃそうだ。

 ぼくの目が覚めたのは、ドラゴンの火が届くほんの数秒前。

 あと少しで炎が届くと言うところで、ぼくは大きな鉄の盾に変化したのだ。

 今はしっかり人間に化けている。


「……なるほど」


 そんな一言と同時に、シャキンと、また何かを刃物で切るような音がした。

あの一瞬で、ぼくのやった事を理解したのか……。いや凄っ!?

 ぼくは六花さんのスペックに、驚きながらも半ばビビっていたが、味方なのなら心強い。


「痛っ……」


 ぼくが六花さんに興味を惹かれていると、突然、足の辺りに鈍い痛みを感じた。

 同時にふらついてしまって、ぼくはまたしりもちをついてしまった。


「お、おい!大丈夫か!?すぐ回復を……」


 そう言ってぼくに駆け寄ってくれたのは、真っ黒なパーカーを来た蝶の混種だった。

 小さいので、きっと十歳くらいだろう。


「ゲホッ!?」


 駆け寄ってくれた蝶の混種は、ぼくに触れる直前に血を吐いて倒れた。

 多分、ぼくよりもこの子の方が重症だ。


「いやぼくの心配してる場合じゃねーだろ!?お前こそ、さっきの火の巻き添え喰らったんじゃねぇか!?」

「いや……ゲホッゲホッ、俺はお前のおかけで火のダメージを受けてねぇ。多分回復のし過ぎだ……ゲホッ、ゲホッ!」

「お、おい、大丈夫か!?回復のし過ぎってどういう……」


ドン!

 ぼくが蝶の混種に話しかけようとした所、横でものすごい衝撃音が聞こえた。

 微かに、紫と黒の残像が見えたので、きっと六花さんがドラゴンの攻撃を喰らったのだろう。


「六花さん!大丈夫か!?」

「おい、お前!お前が回復されねぇってなら甘夏あまなつの所へ連れて行け!俺なら回復出来……ゲホッ!」

「なっ……でもよ、お前回復のし過ぎって……」

「早く! 」

「………………………」


 ぼくは不安だったが、蝶の混種を背負って六花さんの方へ駆け寄った。六花さんからは血がどくどく流れている。


「甘夏!大丈夫か!?すぐ回復を……」

「いえ、大丈夫よ」

「なっ……でもお前、血まみれじゃねぇか!」

「貴方の方が血まみれよ!それに、これ以上回復を使ったら、きっと貴方の体が持たないわ」

「今は俺の体より戦力の方が大事だろ!俺は回復しか出来ねぇんだ!」

「回復ができるから大切なのよ!」

「だが 」


 二人の回復するかしないかの攻防戦が繰り広げられる。


「キャーーッ!! 」


 奏の叫び声が聞こえた。

 先程まで言い争っていた二人も、一度中断して奏の方を見た。

 ドラゴンの尾が奏を襲う。カラン、と、奏さんの弓が落ちる音がした。


「奏! 」


 六花さんが必死に叫ぶが、体は動かない。

 あんなの、六花さんでもなきゃ当たったら即死だ。

 グッと目をつむった。……が、血の匂いはしてこない。

 恐る恐る目を開けてみると、ドラゴンの尻尾は奏に届く数ミリで止まっていた。


グルルルルルル……

 ドラゴンとは違う唸り声が聞こえた。

 ドラゴンの尻尾を間一髪で受け止めたのは、またもや時雨さんだった。

 元々目立つ牙は更に大きくなり、後ろの頭の大きさも二倍ほどにまで成長している。

 先程の低い唸り声も、時雨さんの声だったみたいだ。


 時雨さん自身は、ドラゴンの尻尾をしっかりと握り、後ろの頭はかじり付いている。

 奏はただ、そんな時雨さんを怯えながら見つめていた。


 ドラゴンの尻尾からは大量の血が出ていて、とうとう時雨さんはその大きな尻尾を引きちぎった。


「し、しぐっち……ありがとう……」


 奏さんは固まったままお礼を言った。

 だが、時雨さんは中腰のまま振り向きもしない。ただ、ずっと唸って威嚇しているだけだ。

 奏も、震える手で弓をもう一度握った。


「私も……行かなきゃ……くっ……」

「おい!大丈夫かよ!だから回復してやるって……ゲホッ、ゲホッ! 」

鎌鼬かまいたち! 』


 蝶の混種の子が吐血をしたあと、瞬く間に六花さんは消えた。

まるで風の様だ。

 蝶の混種の少年は、それをただ悔しそうに眺めているだけだった。


グ……グォォォォォォォ!!!!

 時雨さんの威嚇に反応したか、ドラゴンの怒りはとうとうマックスになったようだ。

 しかし、それでも六花さんや時雨さんのことは一切気にせず、ぼくしか眼中に無い。

 何故ぼくばかりが狙われるのだろうか。ぼくは炎を避けながら考えてみた。


「長月さん!」


 六花さんの声が聞こえ、ぼくの考察タイムは一旦終了した。六花さんの体は、先程と同様に血まみれで、何故動けているのかが不思議なくらいだ。


「きっと今、このドラゴンは長月さんを狙っているわ!!理由は分からないけど、それなら逆に好都合!貴方スピードはある方と見たわ!囮になってくれないかしら!」

「えぇっ!?囮!?」


 ぼくは驚いて復唱してしまった。

だが確かに、ぼくはずっと逃げ回っていたからスピードには自信がある。

 先程はまだこの体に慣れていなくて動きにくく、炎を喰らってしまったが、そろそろ慣れてきた。

 六花さんの言うとうり、ぼくが囮になってドラゴンをおびき寄せていれば、少しは狙いが定まるはずだ。


「分かった!頑張ってみる!」

「恩に着るわ!」


 ぼくはそう言ってドラゴンの前に出た。


「や、やーい!ドラゴンやーい!悔しかったら攻撃してみろ!」


 ぼくは震える声で、できる限りの挑発をしてみた。


♢  ♢  ♢


ドン!!ドン!!

シャキン!!

グルルルルル!!

グォォォォォォォ!!


 それぞれが戦っている音が聞こえる。


 私含め、五人全員ボロボロだ。血を流し、呼吸は乱れている。

 しかし、それと同時にドラゴンもかなりボロボロだ。

 そしてなぜか、ドラゴンは長月さんを狙っている。このドラゴンは知能があるのか?

 色々な疑問が浮かぶが、とりあえず今は戦闘に集中すべきだ。

 実際、特定の誰かを狙っているのなら基本的に隙が出来やすい。


「ちょっとちょっと!むーちゃん!なんで林檎くん囮なの!?」


 奏は、弓で私を援護しながら話しかけてきた。


「長月さんがドラゴンに狙われているからよ!囮がいれば、こちらが有利になるわ!」

「けど!転校早々いきなり囮にされるとかさぁ!信頼とか…その辺大丈夫なの!?」

「現に長月さんは囮になってくれているわ!今は大丈夫なはずよ!」

「でも……」


グォォォォォォォ!!

 ドラゴンはまた唸っている。どうやら、話している時間はなさそうだ。

だがやはり、明らかに攻撃速度と火の威力が弱まっている。

 このまま畳み掛ければ行ける。目指すは……


 首だ!


ズドン!

 ドラゴンの足に先生のエネルギー弾と奏の矢が命中した。

 その拍子に、ドラゴンの足は大きな怪我を負い、バランスを崩して倒れた。

 絶好のチャンスだ。


「みんな今だ!ドラゴンの首を狙え」

『了解! 』


 私の合図で、みんなドラゴンの首に狙いを定めた。


ズドーーーン!!

 大きな爆発音と共に、矢、弾、牙、刃。全ての攻撃がドラゴンの首に命中し、ドラゴンの首からものすごい量の血が出てきた。

 ドラゴンは絶命している。やった。

私たちはドラゴンという、何倍もある大きさの生物に勝ったのだ。


ウオオオオオオオオ!!!!

 ものすごい歓声が上がった。

時雨は笑いながらパタリと倒れてしまった。一瞬驚いたが、死んでは無さそうだ。


「うわぁぁぁぁ!がっだよぉぉぉぉ!」


 奏は涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。無理もない。あんな怪物みたら誰だってそうなる。


「奏さん、大丈夫ですか?お化粧が崩れてますよ?」


 小麦先生は奏にむかって微笑んだ。……と言っても、顔は見えないから雰囲気だけだが。


「殺った?死んだ?ぼくもう逃げなくていい?」


 長月さんは端の方でブルブル震えながら聞いた後、へなへなと座り込んだ。


「あ、あたし達を回復してくれたあの回復少年にもお礼言わなきゃ……って、あれ?もう居ない。どこに行ったんだろ……」

「そういえば見かけないわね……まぁ、あれだけ吐血していたし、どこかで休んでるんじゃないかしら」


 私は特に大きな傷口を抑えながら返事した。にしても、普通の妖精科なら、一人の意識を取り戻すので精一杯だ。なのにあれだけ回復を使って生きているだなんて。あの少年も何かありそうだ。


「あの子ですか……うーん……」


 小麦先生は何が考えていた。顔は見えないが、なんとなく表情が曇っている気がする。


「なによ先生、あの子何か問題あるの?」


 奏はいつものように先生にタメ口で聞いた。また注意しに行こう。


「あの回復少年……名前は低合ていあてふ。見ての通り蝶の混種です。妖精科の為、回復を得意としますが……」


 小麦先生はそこで黙った。何秒かの沈黙が流れる。奏は不思議そうに小麦先生を眺めた。


「……いじめっ子なんです………。」


「ええっ!? 」


 奏は大きな声をあげた。私も驚いて口を抑える。


「じ、じゃあどうしてあたし達を……」

「……あそこで回復しなければ自分も死んでた……だからだと思うわ」


 私は顎に手を当てながら言った。

 ……嫌な性格の子供もいるようだ。

 いや、まぁ、私も十五だが。


「とっ、とにかく!一旦その話は置いといて……まずは教室に戻りましょう。どうして百年前に融合したはずのドラゴンが居るのか、何故長月さんを狙ったのか…謎は沢山ありますが、とりあえずけが人の手当と安全の確保が大切です」

「確かにそうですね。あ……時雨はどうしようかしら……」

「時雨さんならぼくが運ぶぞ。お前らよりは傷もマシだし」


 先程から私たちの会話を盗み聞きしていた長月さんがひょっこり現れた。私は気配で何となく居るのは分かっていたが、小麦先生と奏は少し驚いていた。


「助かるわ。ありがとう」


 私は囮になってくれた長月さんにお礼を述べ、ヨロヨロと足を引きずりながら教室に戻った。

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