第8話:六花さんの不思議

視点:長月林檎


「なっ……何があったのかしら…。長月さん、とりあえず教室へ行きましょう。先生が指示をだしているはずだわ」


 六花さんは階段を上りながら行った。ぼくも走ってついて行く。


「みなさん!落ち着いてください!早く地下室へ!」


 小麦先生の叫んでいる声が聞こえてきた。ここには地下室があるのか。

 ぼくと六花さんは、混種ひとの波に押されながらもなんとか地下室へ向かった。

 何があったのだろうか。気になるが今は指示に従うのが良いだろう。


「何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ!?こんな事今まで無かったじゃない!」


 先生の近くにいた奏は相当取り乱している。大丈夫だろうか。


「取り乱てはいけないわ奏!こういう時こそ冷静にならなければ……」


 そう言って、パニックになっている奏を落ち着かせていたのは六花さんだ。

 こんな状況でも常に平静を保っているとは。見習いたいものだ。


「見えた!地下室への階段なのだ!!」


 時雨さんも合流していたようで、六花さんに声をかけてから地下室の階段へと走っていった。


ボン!!

 短い爆発音と共に、地下室への階段の入口が瓦礫で封じられた。

 それを見た混種ひと達は、皆絶望の顔を浮かべる。


「もう無理だ…」「このまま僕達死んじゃうんだ!」「うわぁぁぁ!」


 ほとんどの生徒はパニックを起こしていた。そりゃそうだ。爆発なんて見るのは初めてだろう。

 ぼくはよく爆弾とかから逃げてきたから慣れてるけど……


「みんな落ち着いて!比較的安全な保健室へ行くわ!あそこなら多少の爆破耐性はあるはず! 」


 六花さんは、ほぼ全員がパニックを起こしている中、冷静な判断でみんなを誘導していた。なぜこんなに冷静で居られるのだろうか。十五歳とは思えない。

 ぼくは六花さんの事を不思議に思っていた。


 ふと、なにかが飛んでくるのが見えた。

 全体的に黒く、なんと言うか……人のような……


「小麦先生!」


 先程飛んできた黒い物体は、なんと小麦先生のようだった。

 人型だったのにも納得だ。

 ……それにしても、六花さんは冷静さだけでなく、洞察力も凄いとは。

元々の才能なのか、それとも……


 色々疑問は残るが、今はそんな事を考えている暇は無い。あの飛んでくる物体ぶったいが本当に小麦先生ならば、落ちてくる時にクッション的な物がなければ落下の衝撃で死んでしまうだろう。

 どうする……どうすれば……


「くっ……仕方ない!」


 ぼくが迷っていると、六花さんが小麦先生の下に飛び出した。

 ドン、と大きな音をたて、小麦先生と六花さんはそのまま吹っ飛んだ。


「大丈夫ですか!?小麦先生!!」


 六花さんの声が聞こえた。

 六花さんは、なんと自らが小麦先生のクッションとなったのだ。


 ……反応速度と行動が早すぎる。

 普通ならあの状況で自分をクッションにしようだなんて思わないし、思ってもそれを行動に移せない。

 彼女は……六花さんは一体何者なんだ。


「くそ……意識がないな……出血も多い」


 六花さんが悔しそうな表情をうかべていると、またも大きな爆発音が鳴り響いた。今度は後ろからだ。

ぼくは恐る恐る振り返ってみた。

 ……しかし、ぼくたちが目にした光景は、とても現実とは思えなかった。


 ぼくの八倍……いや、十倍はある。


「いやぁぁぁぁぁ!!何これ何これ!なんで居んのよ!!」

「落ち着くのだ奏!刺激してしまうかもしれないのだ!」

「こんなの見て落ち着いてるあんた達が異常なのよ!!あ、あたしまだ死にたくない!!」


 パニックになっている奏を、時雨さんが落ち着かせようと頑張っている。

 しかし、落ち着かせようと頑張っている時雨さんも、足腰がガクガクと震えている。


「ダメね。現実だわ。原因は気になるけど、とにかく今の状況をしのがなければ……」


 六花さんはそう言って、ロングコートの中から二本の短剣を構えた。


 ぼくたちの目の前に現れた怪物。

それは、二百年前に説話せつわから具現化し、人類と融合したはずの純種……ドラゴンだった。


「ひぃぃぃぃ!無理無理!死にたくない!」


 奏さんは耳を塞ぎながら怯えていた。


「六花さん!どうす……」


 ぼくが見た時にはもう、六花さんの姿は無かった。

まさか……食べられ……


シャン!

 なにかを刃物で切るような音がした。はっとドラゴンの方を見ると、ドラゴンはいつの間にか大きな傷を負っていた。

 ぼくが驚いて固まっている間に、またシャンと音が鳴る。


 ぼくは音のする方をよく見てみた。

紫と黒の残像が、ドラゴンの全身に写っている。

 ものすごい速さでドラゴンを切り刻んでいたいたのは、なんと六花さんだった。


グオオオオオオオオオ!!!!

 ドラゴンは雄叫びをあげ、六花さんでは無く、まっすぐぼくを狙って炎を吹いた。


「うわっ!?」


 あまりに突然の事で、ぼくは驚いてしりもちをついてしまった。情けない。

 ダメだ、この炎はもう避けきれない。

 せっかくいい人たちと出会って、居場所を見つけたのに。

 死にたくない。


 ぼくが強くそう思うと、炎は目の前で止まった。いや、正確には無くなった。

 何があったのか分からなかった。

 神様が助けてくれたのかなぁ、なんて思ったが、ぼくを助けてくれたのは神様でも何でもなかった。

 ぼくの前に立っていたのは、時雨さんだった。


「ふぅ……おなかいっぱいなのだ」


 そう言いながら自分のお腹をさすっていた。

 ケルベロス。あらゆる物質をも飲み込んでしまう、とても凶暴な生物。

 そう、時雨さんはドラゴンが吹いた炎をったのだ。


「お返しなのだ!!」


 そう言ってしっぽの頭から、ドラゴンの吹いたものと全く同じ炎を吹いた。

 ケルベロス。なだけあって、やはり強い種族だ。


「あ、ありがとう!」


 時雨さんにお礼を言ったあとだった。

 ドン!と、ドラゴンの方から鈍い音がした。

 はっとなって見ると、先程まで優勢だった六花さんがはじき飛ばされている。


「お姉ちゃん!」


 時雨さんがそう叫び、六花さんの方へと駆けつけた。

 しかし、ドラゴンは六花さんや時雨さんには見向きもせず、一直線にぼくを襲いに来た。

 大きな手がぼくを襲う。野生時代に逃げ回っていたため、スピードには自信がある。

 ……と思っていたのだが、混種の身体はなんとも動きにくく、直撃してしまった。


「長月さん!」


 六花さんの叫び声が響いた。

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