その身にまとうは鬼子姫神

鬼居かます

第1話 序章 過去に起きた大爆発

 赤い非常灯だけが、ほのかに灯る地下空洞で戦いが行われていた。



「であああああああっ……!」



 裂帛の気合いを発した小さな影がグシャっと音とともに眼前の敵を蹴り砕いた。

 だが蹴倒したのは人間ではない。人と似ているが異形である。全身がてらりと光る虹色だ。そしてその数は群れと言っていい。



 そして、それと戦うその小さな影。

 それは幼い少女であった。年の頃六歳ほど。異形と比べて明らかに小柄である。



 しかし戦いは序盤にして、すでに優勢が決まっていた。圧倒的なのは意外だが少女の方であった。

 それには理由があった。



 少女もむろん人間ではない。倒される異形たちが畏怖する異世界の王のひとりであったからだ。その力の差は歴然。



 やがて戦いの趨勢が決まりかけた。異形たちの数が片手ほどに減ったからだ。

 だが、少女も体力の限界に達していた。



 それは戦いに継ぐ戦いが原因ではあるのだが、それだけが理由ではない。少女の今の肉体は完全な人体ではなかったからである。



 少女が宿った肉体はダミー体と呼ばれるタンパク質で合成された実験用の身体(からだ)に過ぎないからだ。この肉体では戦闘力が劣り体力だけを消耗するのは当然のことであった。



「くっ……」



 少女がうめきを漏らした。異形の怪物の一体から至近弾を受けたのだ。そしてその結果、軽い身体が宙を舞い地面に叩きつけられた。



「もはや……、これまで、か」



 そう思ったときだった。小柄な影が走りより少女の目の前に立ったのだ。それは少女と同じ年頃の少年だった。



「ぼ、僕が戦うから、君は逃げて……」



 そう言った少年は両手を広げて背を向けた。つまり異形たちの前に立ちはだかったのである。



「ば、馬鹿な。貴様、それがなにを意味するのか、わかっているのか? 相手は人間ではないのだぞ」



 少女は絶え絶えの声でそう返答する。



「君だって、戦ってたじゃない。だったら僕も手伝うよ」



「て、手伝うだと? ……なるほど、それなら勝機はある」



 そして少女は、すっくと立ち上がると少年の肩に手を添える。



「今から貴様の身体を借りる。貴様は勇気がある。きっと痛みにも耐えられるだろう」



「痛み? 僕は転んでも泣いたことはない」



「上出来だ」



 そう答えると、少女は少年にいくつかの説明をした。



「今から貴様は強くなる。だがその前に暑さと痛みがやってくる。大丈夫か?」



「よくわかんないけど強くなれるなら大丈夫」



 少年の言葉に少女は頷く。そして意識を少年の身体へと送り込んだのだ。



「うわああああっ」



 少年の身体がガクガクと痙攣を始めた。だが少年は耐えている。むろん涙は流さない。

 やがて少年に変化が起きた。身体が少女のそれへと変化したのである。しかし変化はそれで終わらなかった。



 長い髪のすべてが総毛立ち、耳は角のようにピンと伸びた。そしてなによりも変化したのは両腕の爪だ。五指すべての爪がピキピキと音を立てて長いかぎ爪へと変わったのである。



(……こ、これが僕の身体からだ?)



 それは声にならない声だった。なぜならば少年の身体は今はなく、変化(へんげ)した少女のそれになっているからだ。



「案ずるな。いずれ元の身体に戻る」



 そして少女は吶喊の声をあげると、再び異形たちの群れへと突進した。

 その強さは圧倒的だ。先ほどのダミー体とは似て非なる動きである。そして瞬く間に数体の異形を仕留めたのだ。



 だが次の瞬間、少女の身がグシャッという音と同時にゴムまりのように宙に跳ね上がった。何者かが少女に一撃を与えたのだ。



「ぐふっ……な、なにごと?」



 宙を舞う少女が呻きを漏らす。腹部に凄まじい衝撃を受けたからだ。

 やがて少女はにぶい音を立てて地へと俯せに落下した。



つうっ……」



 四肢があまりの痛みに痙攣を起こしていた。それでも少女は立ち上がろうとする。震える腕に懸命に力を込めガクガクする膝に添えて体重を預ける。



(――だ、大丈夫?)



 その少女を労るように幼い少年が話しかけた。それは少女が宿主としたこの肉体の心の声だ。少女は人間を宿主とすることでこの世に具現化する力を持つ。



「だ、大丈夫だ。……それよりも」



(――それよりも? なに?)



「相手が誰なのかが、問題なのだ」



 少女は胸を張り立ち上がる。そして、ペッと唾を吐く。先ほどの一撃で血がこみ上げてきたのだ。



「この身が受けた衝撃。……まさか、鬼神か?」



 少女が闇に問う。すると、



「くふるるるるる。……我が一撃に耐えたとは、感心しきり。……久しぶりだな」



 不敵な笑いが空間にこだまする。

 やがて近づく、ゆっくりとした足取り。



「くっ……。貴様か」



 少女は呻いた。そして同時に身構える。すると空間が、ぐにゃりと歪んだ。沸点に達した緊張が空気を波動させたのだ。



 相手は先ほどの異形たちとは明らかに異なる。なぜならば少女と同じ力を持つ異世界の王だからだ。

 やがて敵の姿が明らかになる。



(――な、なにあれっ?)



「由々しきことだ。その姿。……き、鬼子きし爬神はじんっ!」



 今、鬼子爬神と呼ばれた存在の姿が明らかになった。形は人型。だが全身が、てらりと光る鱗で覆われていた。



「くふるるるるる。……笑止の至りだ。よりによって子供に憑依するとは」



 そうほくそ笑むのも当たり前であった。敵は明らかに人間の大人に憑依している。したがってその体格差は歴然としていた。



「くっ……」



 少女は呻く。同等の能力なら当然身体(からだ)の大きさの差がそのまま戦闘力の差になるからだ。



「ぐふっ」



 鋭い拳が鳩尾に入った。小柄な少女は高く宙を舞い地面に叩きつけられた。この戦いはもはや戦闘とはいえなかった。一方的な虐殺である。



「もはや勝負はついたも同然だな。この世界は俺が頂く」



 敵が高笑いとともに宣言をした。



 だが、そのときであった。

 ゴゴゴとした地鳴りのような響きが広がり、地面が大きく揺れ始めたのである。



「……なっ」



 少女は遠くなりかけた意識の中で視界に捕らえたそれを見て呻き声を漏らした。



 ダミー体であった。

 先ほどまで少女が取り憑いていて、今は用済みとなって破棄した実験用ダミーの肉体が、二回りも三回りも大きくなっただけでなく首の上から新たに首が生えたり二の腕から別の腕が出現したりとしたおぞましい姿へと変貌したのである。



「ま、まずいっ」



 わずかに残った力を振り絞り少女は地を蹴った。


 そしてその後――大爆発が起きたのである。

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