第2話 悪役錬金術師、従者を試す

 テレシア。その名前を口にしたローザはにっこりと笑っている。


 そう、ヴィクトルの婚約者とはテレシア・アスクレピオス。僕が推し続けたキャラクターだ。


 ヴィクトルの記憶を辿ると、テレシアとの婚約は決まっており、遠くないうちに顔合わせをする予定だ。


 ゲームだとテレシアとヴィクトルの初対面は絶望的に酷い。生まれつき身体が悪く、実家から冷遇されているテレシアをヴィクトルは下に見て、これでもかと虐めるのだ。


 確かヴィクトルとテレシアの出会いは本編から三年前。ヴィクトルは三年間テレシアのことを虐め続け、テレシアの心の闇を大きくしていった。


 正直いうと、テレシアと出会えるのは嬉しさ半分、避けたい気持ち半分と言ったところだ。


「彼女の力になれるかは分からないよ。人柄だけじゃ助けられないことだってあるしね」


「いいえそんなことはありません! 何故なら今手にされている錬金術の魔法書! それはテレシア様のお身体を思って勉強しようとしているんですよね!?」

 

 僕は手に持った錬金術の魔法書に視線を落とす。


 ……いや、そこまで考えてこれを手に取ったわけじゃないとは言いにくい空気だ。


 目を輝かせながら僕のことを見つめるローザに、もっと将来のことを見据えていると自分の適正にあった魔法書を選んだだけで、テレシアのために選んだわけじゃないとは言いにくい。


「…………ま、まあそうだね。少しでも彼女の力になれたらいいかなとは思うよ」


「ですよねですよね! 流石はヴィクトル様です! ヴィクトル様のお優しい心遣いさえあれば、きっとありのままのヴィクトル様を見てくださりますよ!」


 ローザはそう力説する。


 ヴィクトルは根暗で嫉妬深く、性格が悪いと貴族達の間で広まっているようで、ヴィクトル自身それを認知していたようだ。


 きっとテレシアもその噂を信じてやってくるはずだ。


 そんなテレシアを心遣い一つで救ってあげられるとは考えていないが、少しはマシな結果を生み出せるだろう。


 破滅を回避するため、ここはローザの言うことに乗っておくのが吉だ。


「さて、錬金術の魔法書か……。一体どんなことが書いてあるんだろう」


 魔法書。ファンタジー世界では定番のアイテムだろう。アステリズムクロスだと魔法書を使うことでスキルツリーを解放させることができた。


 アステリズムクロスは魔法書やイベントをこなすことでスキルツリーを解放していき、それでスキルを獲得し、戦闘やアイテム作成をしていくというゲームシステムだ。


 この世界で魔法書を読んだらどんな風になるのだろうか。そんな期待を胸に僕は魔法書を開く……すると。


「ヴィクトル様! 紋様が! 素晴らしいです……ヴィクトル様には錬金術への適性がすごく高いみたいですね!」


 ローザが言う通り、僕の左手から腕、肩、首、顔と紫色の紋様が浮かび上がっていた。


 紋様……それはアステリズムクロスにおいて魔法や剣技などのスキル発動時、もしくは演出時に浮かび上がるものだ。


 これが大きければ大きいほど、そのスキルへの適正が高く、様々な副次効果を得られるのだ。


 普通なら手の甲や首元などの身体の一部分に小さく浮かび上がるだけ。しかし僕の場合はほぼ半身に渡って紋様が浮かび上がっている。


「これほどの紋様はエルヴィーラお嬢様にも匹敵するほどですよ! ヴィクトル様は天才だったんですっ!」


「いや……紋様を出しただけじゃ宝の持ち腐れさ。エルヴィーラは魔法を十全に使いこなせる。だけど僕はまだ錬金術を勉強し始めたばかり……天才とは程遠いよ」


 錬金術の知識が最初からあったかのように、頭の中に存在している。魔法書に書かれている内容が既に一度読んだ後みたいに、頭の中に定着している。


 これが紋様の力だろう。ゲーム内で登場人物たちが魔法書を使っただけでスキルツリーを解放できるのはこういうことだったのか……。


「だとしてもすごい才能ですよっ! ヴィクトル様にも輝く才能があった! それを聞けば当主様もヴィクトル様の対応を変えてくださりますよ!」


「そうかな……? あの厳しい父上が簡単に評価を変えてくれるとは思わないけれど」


 ヴィクトルはゾディアック家の中では冷遇されている。


 父の愛人の子であるヴィクトルは継母から嫌われており、更にはこれといった才能がないため兄弟や父からも嫌われている。


 ここら辺はゲームで語られていた内容であり、ヴィクトルが嫉妬深く、根暗な性格になった原因だ。


 紋様を発現したことでローザは父が僕を認めてくれると思っているが、頭が硬くプライドの高い父のことだ。一度決めた判断をそう簡単には覆してくれないだろう。


「ヴィクトル様の言う通りかもしれませんね……。少し舞い上がりすぎました。すみません」


「いや、いいんだ。頭なんて下げないで。ローザの言っていることはは間違っていないからっ!」


「半分……? それはどう言う意味でしょうか?」


 ローザは顔を上げたあと、首を傾げてそう聞いてくる。


 ヴィクトルの父はそう簡単に、ヴィクトルへの評価、待遇を覆すことはしないだろう。


 それは徹底した実力主義を掲げているから。今更才能がありますと言ったところで、その才能を活かした実績がなければ、父は僕のことを認めない。


 つまり、実績さえあれば父を認めさせることはできる。


 僕の破滅を回避するためにはゾディアック家が黒幕に利用されるのを阻止しなくちゃならない。


 父は行きすぎた実力主義と、過激的な思想、公爵家としての権力や財力などを見込まれて黒幕に利用されてしまう。


 僕の破滅を避けるには黒幕との接触を避けることが必須になるだろう……! 


 それにわざわざ主人公と敵対する理由を作りたくないし。


 ならこの家での僕の立ち位置を変える。


 僕が実績を上げて、父に認めてもらえば黒幕と繋がることを阻止できる。


 その実績を作るのに錬金術はあまりにも適している。


「実績を上げる。父上が認めてくれるくらいの実績を。彼女を救うためにも、僕は錬金術を極める。これしか道はない」


「……素晴らしいですヴィクトル様! そんな目標まで掲げるなんて……! 是非とも専属メイドとして私をお使いください! 私にできることならなんでもやりますので!」


「あ、うんありがとう。ちょっと近いから離れてくれないかな……?」


 ぐいっと身を寄せたローザがそう口にする。


 ローザは思った以上に距離が縮まっていたことに気がつくと慌てて僕との距離を取る。


「す、すみません。つい興奮してしまいまして……」


「いいよ。大丈夫。じゃあ早速、ローザに頼みたいことがあるんだけど」


 僕は本棚にある周辺の地図が纏められた本を取り出す。ゾディアック家の領地はゲームの時のまま。


 ならば、まだゾディアック家が見つけていない資源が大量に取れる秘境があるだろう。


「この位置に行けるかい? 平野を渡っていけば安全に辿り着けると思う」


「ここですか? ですがこの地図には何もありませんよ」


 ローザは首を傾げる。


 僕が指したところは森で、これといった特徴はない。しかしこの何の変哲もない森に、大量の資源が眠るが存在するのだ。


「この世界の地図は意外と適当だからね。割と大雑把さ。特に森や洞窟なんかは。行ってみればわかるよ。僕を信じてくれるかい?」


 ……さて、ここが問題だ。ローザが僕を信じてそこへ向かってくれるかどうか。


 ヴィクトルの記憶だと従者のことは何とも思っておらず、それどころか結構な嫌味を言ってるらしい。メンタルをやられて辞めていった従者達も結構な数いる。


 そんなヴィクトルが急に秘境を見つけたと言っても信じてくれないだろう。


 秘境とはアステリズムクロスに登場する隠しエリアのことで、各領地に最低でも一個は存在する。


 ゲーム開始時点の時系列で秘境は一個も見つかっていないという設定があり、それを見つけると、秘境にある様々なレアアイテムを独占できる。


 オリハルコンやネクタル、マンドラゴラなどレア武器、レア魔道具を作るために必要な資源が大量にある。


 秘境を見つけるだけで一財産が築けると言われるほどだ。僕はゲームの知識で場所を把握しているが、この世界の住人はまだ秘境を見つけておらず、伝聞だけの存在だと思っている。


 それほど希少な場所だ。あまりにも突飛すぎる内容だから、ローザも話を飲み込むことも一苦労だろう。だから、ここに秘境があるとは言わず、何かを匂わせておくだけだ。


「何を言っているんですかっ! 私は信じますよ。何たってヴィクトル様の専属ですから!」


「ありがとう……! そう言ってくれると助かるよ!」


 ローザはにっこりと笑ってそう答えたかと思いきや、すぐに頬を赤く染めてモジモジと身体を動かしながらこういう。


「それにヴィクトル様が過去に私を頼ってくれたことは一度もありません。ですから嬉しいのです。ようやくヴィクトル様のお力になれることが! ヴィクトル様のためにも全身全霊で使命を成し遂げて見せます!」


「あ……ああありがとう。張り切りすぎて無理しないようにね」


 ヴィクトルの記憶が抜け落ちているせいか、なんでローザがこんなにも忠誠心が高いのか謎だ。


 しかしやる気に満ちているのならそれでいい。


「じゃあ頼んだよローザ。君なら問題ないと思うけど、準備は万全にして向かうんだよ」


「……はいっ! では行ってまいります! いい報告をお待ちください!」


 ローザは一拍おいた後、小走りで部屋の外に出ていく。


「さーて、僕は僕でやるべきことをやろうかな。錬金術……楽しみだ」


 僕はいくつかの魔法書を持って、自分の部屋に向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る