第31話 エアホッケー勝負

 最後の最後に俺を潰すために赤甲羅を温存しておくという姑息な手段を取ってきた三間坂さんに、俺は再戦を挑みたかったが、気づけば三間坂さんも一ノ瀬さんも筐体から立ち上がり離れていた。


 しまった。

 再戦を申し込むタイミングを逃してしまった。


「みんなでやるとおもしろいね」

「でしょ! 家で相手のわからないオンライン対戦するより、こっちのほうが絶対楽しいよね!」


 くっ!

 二人は1位と2位だから、そりゃ楽しいだろう。

 だが、三間坂さんの策謀によってゴール寸前に1位から陥落させられた俺の気持ちはどうなる!?


 俺が静かに三間坂さんの背中を睨みつけていると、彼女が急に振り向いてきた。


「高居君も楽しかったよね?」


 うぐっ。

 あれほど卑劣な手段で俺を倒したというのに、三間坂さんの顔は眩しいほど嬉しそうだった。

 俺の口は、そして心は、そんな三間坂さんのまぶしさにつられてしまう。


「……うん、そうだな」

「だよねー」


 俺はつい三間坂さんの言葉に同意してしまっていた。

 三間坂さんの笑顔を見ているうちに、さっきの勝負がいつの間にか俺の中でも楽しい思い出に書き換わっていたのかもしれない。


 確かに負けたけど……楽しかったな。


「ねえねえ、次これやろー」


 ちょっと目を離したすきに、三間坂さんはエアホッケーの台に移動していた。

 俺達は三人だから、一ノ瀬さんと三間坂さんが二人で遊んでいるところを俺は見ていようかと思ったが、三間坂さんが選んだエアホッケーは2対2で戦えるものだった。

 同じチーム側にすでに三間坂さんと一ノ瀬さんがそれぞれマレットを持って、俺が来るのを待ち構えている。


 ……あれ? もしかして、俺一人で二人の相手をするの?


「高居君、早く早く!」


 そう言って三間坂さんは敵側ゴールを指さしている。

 どうやら本気で俺一人に二人がかりで挑むつもりのようだ。


 ふっふっふ。ならば、ここで先ほどのマリカーの雪辱を果たしてやろうじゃないか!


 俺は二つのマレットを左右それぞれの手で持ち、二刀流で二人に挑む。


「負けた方がこのゲーム代出すってことでいい?」

「望むところだ」


 負けるつもりのない俺は三間坂さんの挑戦を受けた。

 一ノ瀬さんに驕らせるのは酷なので、俺が勝ったときは、三間坂さんが敗因でそっちは負けたとでも言って、三間坂さん一人が払うことになるよう持っていこう。

 よし、そう決めた。


 誰かがお金を入れないとゲームが始まらないので、三間坂さんが硬貨を投入し、向こうに最初のパックが射出された。


 よし、このまま勝って、三間坂さんの支払いのままで終わらせてやるぜ!


 カコン


 三間坂さんの打ったパックが壁に反射しながら俺のゴールへと迫ってくる。

 二人用エアホッケーのため、一人用よりゴールの穴は広い。けど、俺はパック二つ持ち。余裕で防げるぜ!

 俺は防御優先しながらパックを跳ね返す。

 一人で二つマレットを使うほうが、連携が取れるため実は戦いやすいという考えもある。

 実はこの1対2、決して俺が不利とは言い切れないのだ。

 さぁ、このまま守りを固めつつ、二人のコンビネーション不和をついて得点を重ねてやるぜ。


 俺はそんなことを考えていたのだが――


 カンッ


 乾いた鋭い音が響いたと思った瞬間、俺のゴールにパックが落ちていた。


「先取点げっと~」


 三間坂さんが空いた手でガッツポーズを作っている。


 いや、ちょっと待ってくれ!

 なんだ今の一撃は!?

 女子が打ったパックのスピードじゃなかったぞ!


 気づけばパックは俺のゴールに吸い込まれ、マレットを全く動かすことができなかった。


 ……いや、落ち着け。

 今のはまぐれだ。それか、俺が油断していただけだ。


 俺は気を取り直して、パックを取り出し口から取り出し、再びゲームを再開する。


 落ち着け。あんな攻撃が何回もできるものではない。

 ここは慎重に攻めていけば……


 カンッ


 電光石火の一撃がまた俺のゴールに決まっていた。


「わーい、2点目!」


 いや、そんな可愛く喜んでいいような一撃じゃなかったぞ、三間坂さん。

 鬼の一撃じゃないか、あんなの!


 俺はようやく三間坂さんのエアホッケーの腕が尋常でないことに気付いた。

 三間坂さんめ……エアホッケーに自信があるからあんな賭けを持ち出してきたのか……

 なんて奴だ!


 だが、俺にはエアホッケーの秘策がある。

 これを使わずに勝つつもりだったが、仕方ない。

 勝負とは非情なものなのだよ、三間坂さん。


 俺は取り出したパックを台に置くと、右手をマレットから放し、パックの上に重ねる。


「ちょっと高居君! 手で触るのは反則だよ!」


 三間坂さんが抗議の声を上げるが、俺は気にしない。

 狙いを空いたゴールに定め、俺は素早くパックを振る。


 カッコン


 俺の放ったパックがゴールに落ちた音が響いた。

 一ノ瀬さんも三間坂さんもまったく反応できていない。


 ふっふっふ、この手裏剣殺法ならば、狙いの場所に超高速の一撃を決めることができる!

 この勝負、俺の勝ちだぁ!


「高居君、ずるいよ!」


 三間坂さんが声を上げ、一ノ瀬さんも頬を膨らませているが、ここで情けを見せてはいけない。戦いとは非情なものなのだ。

 ……でも、一ノ瀬さんは怒った顔も可愛いな。


 ゲーム再開後、壁に跳ね返り速度の落ちたパックを俺は手で止める。

 そして、再び手裏剣殺法!


 カッコン


 2対2。同点に追いついた。


「むーっ! 絶対負けないんだから!」


 三間坂さんと一ノ瀬さんの闘志が燃え上がったように見える。

 もしかして今俺がしていることは、一ノ瀬さんとの仲を深める上でマイナスではないかという思いも少し浮かんでくる。

 だが、三間坂さんの炎のような一撃が俺のゴールに決まる音を聞くと、そんな考えも吹き飛んだ。

 やはり、ここは俺の力を彼女達に見せつけるしかない!

 強い男ってやつを示してやろうじゃないか!


 俺はパックを台の上に置くと、マレットから両手を放し、パックの上に両方の手を台と水平に重ね、すりすりと何回も投げる振りをする。

 これぞ必殺幻惑殺法!

 左右どちらの手からどのタイミングで放たれるのかわからない必殺技だ!


「ちょ! 何やってるのよ!」


 三間坂さんが吹き出しそうになりながら文句を言ってくるが、俺はかまわず続け、二人の隙をついて、パックを放った。


 カコン


 今度もまたゴールをゲットし、俺は同点に追いつく。


「高居君、そこまでして勝ちたいの!?」


 ああ、勝ちたいね。

 三間坂さんに勝つ、そのためなら俺は何でもする!

 俺は修羅となるのだ!


 そうして、ゲームは俺がわずかにリードしたまま終盤を迎えた。

 俺が必殺技を駆使しているのにここまで粘られるとは、正直想定外だった。

 だが、俺はパックを止めさえすれば必殺の一撃がある。今リードしているのは俺、このまま勝ちきる自信があった。


 しかし、そこで俺の計算外のことが起きる。ゲーム終盤になり、それまで1つだったパックに、新たなパックが追加された。

 1つの台に2つのパック。

 こうなっては1対2のハンデが重くのしかかってくる。けれども、俺にはそれ以上に問題があった。

 パックが一つだからこそ、幻惑殺法を使う余裕があったのだが、パック2つだと、あれをやっている余裕がない。あと、パックの速度が遅くなって、手で止めるチャンスが生まれても、もう一つのパックが高速で飛んでくるため、危なくて簡単に素手で取りに行けなくなる。


 まずい、まずいぞ!


 俺の焦りをついて三間坂さんの一撃が俺のゴールに決まった。

 俺も隙をついてパックを手で止めて手裏剣殺法を繰り出すが、すぐに三間坂さんの反撃がやってくる。


 まずいリードが縮まっていく。


 その内、3つ目のパックまで射出されてしまった。


 うぐぐぐぐ!

 やばい!

 手で投げる隙がない!


 勝負はいくつものパックが互いに行き交う大乱戦となった。


 そして終了の音が鳴った。

 俺はスコアに目を向ける。


 あ……。

 1点負けてる。


 終盤の連続ゴールで俺は二人に逆転を許してしまっていた。


「いぇーい!」

「勝ったぁ」


 三間坂さんと一ノ瀬さんは嬉しそうに手を合わせている。

 

 くっ……一人で戦って、一人負けるとは……虚しい。


 だが、負けは負け。

 このゲーム代は俺が払わねばならない。

 必殺技まで出して負けたのだ、ここは受け入れるしかない。


 俺は100円を握って三間坂さんへと近づいていった。


「三間坂さん、一ノ瀬さん、負けたよ……」

「高居君、手を使っちゃだめだよ!」

「そうですよ」


 負けた上に美少女二人からお叱りを受けるという、その手の趣味の人にはご褒美かもしれない状況だが、俺にとっては屈辱以外の何ものでもない。その屈辱を甘んじて受けつつ、俺は三間坂さんに100円玉を差し出した。


「別にいいよ。反則だったけど、楽しかったし」


 そう言って楽しそうに笑った三間坂さんの顔を見て、なぜか俺の心臓が跳ね上がる。


 なんだ、これ!?


 いや、それより100円だ。

 三間坂さんは、ゲームを盛り上げるために賭けを提案しただけで、自分からエアホッケーをしようと言い出したこともあって最初からゲーム代を出すつもりだったのか?

 くっ。男前じゃないか……。


 でも、負けたのに、このまま三間坂さんにゲーム代を払わせるのは、俺のプライドが許さない!

 俺は強引に三間坂さんの右手を掴むと、その手の中に100円玉を押し込み、三間坂さんの手が閉じるように両手を被せて包み込む。


「――――!?」


 三間坂さんはちょっと驚いたようなそしてなぜか照れたような顔をしたけど、俺は構わず三間坂さんの右手を強引に握らせた。


「勝負は勝負だから」


 そう言って俺は自分の手を三間坂さんの手から放した。


 ふぅ。これで貸し借りはなしだぜ!


 ……でも、三間坂さんの手、興奮のせいかちょっと熱くて、そして小さくて柔らかかったなぁ。

 あんな豪快なショットを決めてきたのに、やっぱり女の子なんだよな……。

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