第21話 三間坂さんのお邪魔玉入れ

 俺が応援席に戻ると、一ノ瀬さんがそれに気づいて、励ましていいいのか残念がったほうがいいのかどっちともつかない顔を向けてきた。


「高居君、惜しかったね」

「うん、頑張ったんだけどね」


 俺は素直にそう応えられた。

 多分、あのまま帰ってきて今の言葉を一ノ瀬さんからかけられてたら、俺は何も返せず一人で勝手に惨めな気持ちになっていたかもしれない。

 俺が自分の気持ちにしっかり向き合えたのは、三間坂さんとのやりとりがあったからだ。

 俺は三間坂さんにこの気持ちを少しでも返したい。

 だから、俺は声を出して三間坂さんを応援しようと思った。

 ここからではきっと声は届かないだろう。

 でも、何もせずにはいられなかった。


 三間坂さんが出場する「お邪魔玉入れ」は、通常の玉入れと違い、籠にそばに先っぽに手のひらの形をしたパネルを取り付けた棒を持った敵選手がいて邪魔をしてくる。そのため、どうやってその邪魔をかいくぐって玉を入れるのかが重要になってくる競技だ。

 三間坂さんは相手の隙を突くのがうまい気がするから、結構玉を入れてくれそうな気がする。

 そう思って俺は三間坂さんの姿を探したのだが、7組の選手の中に肝心の三間坂さんの姿が見当たらない。


 ……もしかして。


 俺が敵の4組の籠の方に目を向けると、そこにはお邪魔棒を持った三間坂さんが、まるで金棒を持った鬼のような姿勢で立っていた。

 おいおい、1年生なのに三間坂さんがその役をやるのか?

 このお邪魔玉入れも1~3年生による合同競技だ。

 普通、こういう重要な役目は3年生がやるんじゃないのか?


 ……でも、相手の邪魔をするのって考えようによっては結構いやな役目なのかもしれない。女子同士ならなおのこと。もしかしたら、上級生がお邪魔役をいやがって、1年生に押し付けたのかもしれない。三間坂さんなら、ほかの女子を庇って自分がやると言い出したとしても不思議じゃない。

 俺は心配になって、三間坂さんの表情を窺う。


 違う。

 あの顔は押し付けられたりイヤイヤやってたりする顔じゃない。

 絶対に自らやりたいと言い出したとしか思えない。

 そんなやってやるぞって感じが伝わってくるような顔だった。

 ……ですよねー。

 三間坂さんならそんなことだろうと思ったよ。


 そして、いよいよ7組と4組による、女子お邪魔玉入れが始まった。


「三間坂さん、頑張れっ!」


 ほかのクラスメートもいるのでちょっと恥ずかしかったけど、俺は思い切り声を出して三間坂さんを応援した。

 距離的に聞こえたとは思えない。

 でも、三間坂さんは俺の声に応えるようにお邪魔棒を高く掲げてくれた――ように思えた。


 …………


 …………

 …………


 …………

 …………

 …………


 なんというか、三間坂さん、強くない?

 強いというかエグいというか……

 三間坂さんのパネルは、ガンガン敵の玉を防いでいく。

 まるで相手の心を読んだかのようなお邪魔パネルの動きは見事としか言いようがなかった。

 隙があると思ったらそれはフェイントで、固まって飛んできた玉をまとめて弾き飛ばしたりもする。

 そして、時折見せる相手をおちょくるような動き、相手の冷静さを奪うのには十分すぎた。


 初めて全力で声を出して応援していた俺は、ただ静かに獅子奮迅の活躍をする三間坂さんに見とれていた。


「三間坂さん、すごいね。大活躍だね」

「そうだね……」


 一ノ瀬さんも素直に三間坂さんの活躍に感心している感じだった。

 俺は一ノ瀬さんが隣に来てくれたのに、そっちも向くこともなく、三間坂さんを見つめながらただ同意するだけだった。


 終了の笛がなった時には、玉の数をかぞえるまでもなく、籠を見比べただけでどちらが勝ったか一目瞭然だった。

 結果、2倍近い差をつけて7組は1回戦を突破した。


 格好よかったな、三間坂さん。

 でも、もうちょっと手加減してあげてもいいんじゃないかと思ってしまったりもする。


 見れば、三間坂さんがこの応援席に向けて握りこぶしを向けていた。

 別に俺に向けて出してくれているわけではないんだろう。

 でも、そうは思いながら、俺はほかの人に見られないように小さな動きで握りこぶしを三間坂さんに向けた。


 続く2回戦も三間坂さんの活躍で7組は勝利し、三間坂さんは午後から行われる準決勝へと進むことになった。


 しばらくすると、競技を終えた三間坂さんが意気揚々と応援席に戻ってきた。

 俺は三間坂さんにねぎらいの言葉でもかけようと近づこうとしたのだが、その前に三間坂さんの活躍に興奮冷めやらぬクラスの女子達が三間坂さんを取り囲む。


 ……まぁ、そうだよね。

 なんだかんだ言っても三間坂さんはクラスの中でも人気がある。冷静に考えれば、俺とはスクールカーストが違う存在だ。その内俺にも三間坂さんに声をかける機会もあるかもしれないけど、それはきっと今じゃない。

 そう思った俺は前を向き、競技の方に目を向ける。


 ぽむっ


 右腕に触れる固い感触。

 何かと思って顔を横に向ければ、今さっきまでクラスの女子に囲まれていた三間坂さんが、いたずらっ子みたいな顔をしながら肘で俺の腕をつついていた。

 なんで三間坂さんが俺の隣にいるんだ? 女子達はどうしたんだ?


「見てた? 私の活躍」


 俺の疑問をよそに、猫みたいなくりくりした目を三間坂さんが俺に向けてくる。


「うん。ちょっと引くぐらいすごかったよ」

「それって褒めてる?」


 三間坂さんの顔がちょっと不機嫌そうなものに変わった。


「ほ、褒めてるよ! でも、三間坂さんに比べると僕って全然だめだったなって思っちゃうかな……」

「午後からの二人三脚があるじゃない! 二人で1位になるとこみんなに見せちゃおうよ! 私達なら絶対できるって!」


 三間坂さんに言われると本当にできそうな気になってくる。

 三間坂さんの言葉は魔法みたいだ。


「うん! 勝とう、二人で!」


 俺の言葉に三間坂さんは満足そうに笑うと、右手の拳を出してきた。

 俺は一瞬意味がわからなかったが、すぐに三間坂さんの意図を理解し、その拳に俺の拳を合わせた。


 今度こそ、俺も格好いいとこを見せてやるぜ!

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