第19話 二人三脚練習

 俺が体育用具室から戻ってくると、すでに三間坂さんと一ノ瀬さんはグランドの端の方で待っていてくれた。

 グランドの内トラックはリレー練習などで使うため、二人三脚のようなメジャーじゃない競技は、空いてるところを活用するしかない。まぁ、俺自身も二人三脚の扱いはその程度でいいと思っているけど。

 体育用具室からは2組で練習できるよう紐を2本借りてきたけど、仙石君はまだ来ていない。


「3人しかいないし、まず一ノ瀬さんと高居君とで練習してみたら?」


 ――――!

 三間坂さん、なんて素晴らしいアシストをしてくれるんだ!

 仙石君がいつやってくるのかはわからない。先に俺と三間坂さんが練習を始めたら、そのうち応援の練習を終えた仙石君が来るかもしれない。それを回避するには、今の内に俺と一ノ瀬さんが一緒に練習するのが確実な方法だった。

 けれども、俺から一ノ瀬さんを誘うのは下心があるようで不自然。でも、三間坂さんが言い出してくれるのなら、そこには下心は見えてこない。

 打ち合わせもしていないのに、完璧な作戦だよ、三間坂さん!

 俺は期待に満ちた目で一ノ瀬さんに視線を向ける。


「私は後でいいよ。高居君とのペアは三間坂さんなんだから、二人が先に練習して。もし仙石君が来られないようなら、その時は高居君にお願いさせてもらうから」


 …………

 そりゃそうだよね。

 冷静に考えれば、三間坂さんのその返しは当然のことだったかもしれない。浮かれていた俺が気づいていなかっただけで。


「じゃあ、高居君、先に私とやる?」


 三間坂さんはどこかいたずらっ子を思わせる顔で俺を見てきた。

 ここで俺が、「やっぱり一ノ瀬さんと練習したい」とでも言えば状況をひっくり返せるかもしれないけど、さすがにここでそんなことを言えるわけがない。それに、三間坂さんと練習するのは別にいやじゃない。


「うん。三間坂さん、よろしくね」


 俺は三間坂さんの隣に立って、三間坂さんの左足と俺の右足とを紐で結んだ。


「掛け声はどうする? 1,2にする? それとも、中、外とかのほうがいいかな?」

「言いやすいから1,2にしよう。1で内側の足、2で外側の足ということで」

「了解だよ」


 三間坂さんが左手を俺の肩に回してきた。

 ……女子の腕が、体が、密着してる。

 背中と肩に三間坂さんの感触を感じて、俺の体に緊張が走る。

 女子の体の一部が俺の体にこんなにも密着するのなんて、一体いつ以来のことだろうか……


「高居君も早く」


 早く? 三間坂さんは俺に何を早くしろというんだ?

 しばし考えて俺は理解する。

 そうだ。俺もこの右手を三間坂さんの右肩に回さないといけないんだ。

 女子の背中に腕を回して肩を掴む、俺がそんなことをしていいのか?

 でも、これをしないと二人三脚なんてできない。

 そう、これは変な気持ちがあってのことではない。ただ単に二人三脚をするため、そのためのスポーティな理由による行為なんだ。


 俺は震えそうになる手をなんとか留めて、三間坂さんの肩に手を回した。


 ……小さくてか細い。

 パフォーマンスではあんなに凄い動きをしてるのに、三間坂さんの肩ってこんなに華奢だったんだ。


「それじゃあ、いくよ」

「うん」

『1,2,1,2……』


 掛け声を合わせて、俺達は走り出した。

 二人の相性がいいのか、三間坂さんが合わせるのがうまいのか、俺達はつっかえることもなく、なかなかの距離を走ることができた。


「二人ともすごーい!」


 スタートした遠いところで一ノ瀬さんが拍手をしてくれている。

 正直、俺も凄いと思う。


「なんかいい感じだったよな。三間坂さんも問題なかった?」

「うん、大丈夫。……でも、もう少し歩幅を小さくしてもらえると嬉しいかも」


 あ……。

 俺は三間坂さんとの歩幅の違いも気にせずに、自分のペースで走ってしまっていた。

 俺より歩幅の短い三間坂さんがそれに合わすのは結構厳しかったと思う。それでも普通に走れていたのは、それだけ三間坂さんが無理して合わせてくれてたってことだろう。


「ごめん、三間坂さんのことも考えず……」

「謝ることじゃないって。ちょっとだけのことだから」

「気をつけるから、もう一回一ノ瀬さんのとこまで走ってみようか」

「うん」

「それじゃあ、いくよ」

『1.2,1,2……』


 俺達は今度も止まることなく一ノ瀬さんのところまで走ることができた。

 さっきよりも歩幅をかなり意識してみたら、足に感じる三間坂さんの方に引っ張られる感じもずっと小さくなり、三間坂さんも走りやすそうに見えた。

 本番でもこれができたら勝てちゃったりするんじゃないのか?


「三間坂さん、今のどうだった?」

「凄く走りやすかったよ! もしかして、1位狙えちゃうんじゃない?」

「だよな! 僕も思った!」


 一緒に走って同じ想いにたどり着いたんだと思うと、なんだか嬉しくなってくる。


「じゃあ、今度は一ノ瀬さんとも練習してみる?」

「え?」


 三間坂さんからのせっかくの提案だったけど、最初に俺が感じたのは、一ノ瀬さんと一緒に二人三脚ができる嬉しさよりも、三間坂さんとのペアを解消することに対する名残惜しさだった。

 このまま三間坂さんと結んだ紐を解いて、一ノ瀬さんと結んでもいいのだろうか?

 俺はすぐに答えを返せず、押し黙ってしまう。


「俺も練習に混ぜてくれよー」


 ふいに仙石君の声が聞こえた。

 声のした方を見れば、応援の練習の方も終わったようで、仙石君がこっちに向かって走ってきていた。


「仙石君が来てくれたから、私のことは心配してくれなくていいからね」


 自分のペアがいないことで気を遣われるていると思っていたのか、一ノ瀬さんがちょっと晴れ晴れしたような顔を俺達に向けてきた。


「せっかくのチャンスだったのに、残念だったね」


 隣で三間坂さんが俺にだけ聞こえるような声でつぶやいてきた。

 だけど、不思議と俺の胸に残念だと思う気持ちはわいてこなかった。


 この後、俺達4人は二人三脚の練習をやり込んた。

 何度か競争をしたけど、俺と三間坂さんのペアがほぼ勝ちを納めた。

 もしかして、俺と三間坂さんの二人三脚ペアって最強じゃね?

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