第10話 運命の一投

「興奮したせいか、なんだか暑くなってきたよ」


 そう言いながら、三間坂さんは俺の前でパステルピンクのカーディガンを脱ぎだした。オフショルダーの白いシャツから三間坂さんの細い肩が見えて、俺は思わず目を逸らしてしまう。

 肩だけでなく鎖骨まで見えてるよ、三間坂さん……。


 相手が三間坂さんだというのになぜか俺の鼓動は速くなっていた。

 どういうことだ、これは?

 俺が自分の心臓に疑問を感じている中、そむけた顔の方ににある隣の席に三間坂さんが座った。


 ――――!

 目の前に三間坂さんのあらわになった肩が!

 こんな華奢な肩で、俺と1ポンドしか変わらないボールを投げてるんだよな……。

 ボールの重さでこの艶やかな肩が悲鳴を上げてるかもしれない……そんなふうに考えると、ちょっと変な気持ちになってくる。


「次、高居君の番だよ」


 三間坂さんに顔を覗き込まれ、俺の心臓が一際高く震えた。

 肩を見て変な妄想をしていたのに気づかれたのかとも思ったが、そういうわけではなかった。いつの間にか、下林君と一ノ瀬さんは2フレーム目を投げ終え、俺達の投球番になっていたのだ。

 さっきは三間坂さんから投げたから、今度は俺が先に投げなければならない。


「あ、ごめん」


 俺は慌てて立ち上がった。

 ……しかし、ちょっと三間坂さんの肩を見ていただけなのに、そんなに時間が経っていたとは。

 ……もしかして、ちょっとどころではないくらい見てしまってたかの?


 俺は心臓がいまだ落ち着かないまま、ボールを手にレーンの前に立った。

 ああ、まだ三間坂さんの細いけど柔らかそうな肩が頭の中から消えてくれない!

 一ノ瀬さんの肩ならともかく、どうして三間坂さんの肩が焼き付いてるんだよ!?


 自分でも理解できない混乱の中、俺はボールを投げた。

 しかし、そんな精神状態で投じたボールが、うまく転がってくれるはずがなかった。

 俺の一投はヘッドピンを大きく外れ、スペア後にもかかわらず、端の方のピン3つしか倒すことができなかった。


 ……しまった。

 せめてもっと心が落ち着くまで待ってなげるべきだった。

 スペア後だったことを思い出したのも、投げ終わった後だ。

 スペアの後の一投は、そこで倒したピンの分だけ点が加算されるから重要だったのに……。俺が3本しか倒せなかったせいで、1フレーム目の俺達のスペアは13点になってしまった。

 くそっ、わかっていればもっと時間をかけて慎重に投げたはずなのに……。


 こうなると、後ろを振り向くのが怖い。

 三間坂さんのことだから、きっと怒ってるだろうし、文句も言われるだろう。

 とはいえ、これに関しては完全に俺が悪い。

 どんな𠮟責も甘んじて受けようではないか……。


 俺は肩を落としてうつむきながら振り向くと、投球のために立ち上がっている三間坂さんのもとへと歩いていった。


「……ごめん」


 俺は上目遣い気味に三間坂さんの顔に目を向ける。


「大丈夫、私が取り返してくるから!」


 あれ?

 三間坂さん、怒ってないぞ。

 文句の一つも言わないし、この顔はまるで俺を気遣ってくれるみたいじゃないか。


 三間坂さんは、励ますように俺の肩をポンと叩いてボールを取りに向かった。

 ……なんだか今日の三間坂さんはいつも違うように感じる。

 なんだかずいぶんと機嫌がよさそうだ。

 俺のミスが気にならないくらい良いことでもあったのだろうか?


 俺が不思議に思いながら見ている中、三間坂さんはしっかりとスペアを取っていた。

 今日の三間坂さん、格好よすぎる……。


◆ ◆ ◆ ◆


 春先なのにちょっと露出多めの三間坂さんを変に意識してしまって調子を狂わせた俺だったが、三間坂さんの頑張りに触発され、次第に感覚を取り戻していった。

 もしかしたら三間坂さんのさらけ出されている肩や太ももにだんだんと慣れてきたおかげかもしれない。

 こういう言い方をすると、見慣れるくらいに見ていたのかと言われてしまいそうだが――うむ、実際見ていたからそれについては何も言い返せないな。


 俺と三間坂さんは、ストライクこそ取れないものの、手堅くスペアを何度も取ってハイタッチを重ねた。

 最初は手を合わせるたびにドキリとしたものだが、4度目には俺の方から積極的にハイタッチしにいったくらいだ。それに、はじめはハイタッチの相手が一ノ瀬さんだったらと思ったりもしたのに、いつの間にかそんなことを考えることもなく、俺は三間坂さんと嬉しそうに手を合わせていた。

 だが、肝心の勝負の方は、どうも今日は下林君の調子がいいようで、2度もストライクを出されてしまい、なかなか追いつけない。

 最終10フレーム、ウミノシズクチームが投げ終わったところで、スコアは10点差で向こうがリード。

 つまり、俺がここでストライクかスペアを取れば負けはなくなり、その後ガターでもしない限り俺達の勝ちとなる。逆にスペアも取れないようなら負けという状況だ。


「ここが勝負だね」

「……わかってる」


 静かに立ち上がる俺の心は激しく燃えていた。

 ここはなんとしてもストライクを取りたい。

 下林君が2度もストライクを出しているのに、俺は今日一度も出していないのだ。

 ここは格好よくストライクを決めて、三間坂さんに格好いいところを見せたい!


 ……ん、三間坂さん?

 違う違う、一ノ瀬さんに格好いいところを見せたいんだ。……そのついでに、三間坂さんにも格好いいところを見せたいとは思うけどさ。


 俺はさっきまでより速い心臓の鼓動を感じながら、自分のボールを手に取った。

 ここでストライクを取れば、三間坂さんはかなり気楽に投げられる。

 だけど、もし俺がストライクを取れずにピンを残してしまうと、勝敗は次に投げる三間坂さんの投球にすべてかかってしまう。

 普段の俺なら、負けても三間坂さんのせいになるから一安心と思ったかもしれない。でも、今日の三間坂さんにはそんな状況で投げさせたくないと、なぜか俺は思ってしまう。

 そんなプレッシャーの中で三間坂さんに投げさせるのは嫌だ。

 三間坂さんのためにも、俺がここで決める!


「高居君、がんばれっ!」


 背中に三間坂さんの声援を受け、俺はレーンの前に立ってボールを構え、ヘッドピンを睨みつけた。

 絶対に外さない!

 俺はたっぷり時間をかけて呼吸を落ち着かせると、俺達の命運をかけたボールを投じた。

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