第三章「禍機」 第07話

「まったく! 世の中の奴らは、図書迷宮ライブラリがどれほど重要か理解していないんだ!」

 リディアの家に入って数十分。彼女は立て板に水で話し続けていた。

「同感です。少々蔑ろにされている気がしますね」

「だろう!? あれこそ神の奇跡! 素晴らしき恩寵おんちょう! 人々はあまりにも無関心すぎる!!」

 本も売れず、どうやら生活も楽ではない様子。共感してくれる話し相手に飢えていたのだろう。

 軽い相づちだけで気持ちよく話してくれるのだから、聞き役としてはとても楽だ。

 話の大半は世間に対する愚痴だったけれど、彼女の立場を考えればそれも仕方のないこと。水を向ければ図書迷宮ライブラリや魔法に関する情報も溢れ出るので、その知見の深さは十分に感じられた。

「リディアさんは、図書迷宮ライブラリの研究を始めたきっかけがあるんですか?」

「もちろん。ボクは幼い頃、魔法によって命を救われたんだ」

 聞けば、生まれた頃から身体の弱かった彼女は、成人は難しいだろうと言われていたらしい。

 身体の成長も遅く、一〇歳が近付く頃にはベッドから起きるのも辛くなったのだが、魔法で治療してもらうことで、劇的に体調が改善、程なく普通に生活できるようになった。

 必然、それは幼いリディアに人生を変えるほど鮮烈な印象を残し、結果として彼女は魔法を授けてくれる神様と図書迷宮ライブラリに、強い感謝と興味を持つに至ったようだ。

「もちろん、助けてくれた人にも感謝したよ? でも、その力は神様から与えられたものなのに、大半の人は図書迷宮ライブラリや神様に、妙に無関心なんだ。だからボクは研究を始めた」

 元々リディアの家は裕福で、親は彼女を救うために魔法に関する情報を集めていた。

 リディアはそれを引き継ぎ、親が早逝そうせいした後も資産を食い潰しながら研究を続けた。

 そしてその研究を一冊の本にまとめて世に問うた結果――爆死。

「こんな世界でも人々が生きていけるのは、魔法があるからなんだ。今はそこまで大きな影響は出ていないけれど、このままではいつかダメになる。そう思ってボクは本を著したのに……」

「立派だと思います。魔法を授けてくださる神様のおかげですよね」

「うん、そう。神様に対する感謝も足りない。別に神殿に行けというわけじゃない。いや、むしろ今の神殿になんて行く必要はない。だが、感謝を込めて毎日祈るぐらいはすべきじゃないか!?」

「敬意の薄さを感じますね」

「そうだ! それでいて、良い魔導書グリモアが欲しいだの、使えない魔法がなんだのと!」

 リディアはその憤りを示すように『バンッ! バンッ!』と両手でテーブルを叩くと、ようやく落ち着いたのか、「ふぅ」と大きく息を吐いて笑顔を私に向けた。

「あなたは話が解るな! 妙に親近感が湧くし……ボクのことはリディアと呼んでくれ!」

 親近感を覚える理由はあまりにも明白だけど、私はそこには触れず、手を差し出す。

「えぇ、私も同感です、リディア。私のこともルミと呼んでください」

「解ったよ、ルミ! ――ええっと、それで、何か訊きたいことがあるんだっけ?」

 私の手を笑顔で握り返し、ブンブンと振ってから、リディアはようやくそう尋ねてくれた。

「はい。教えて頂きたかったのは、図書迷宮ライブラリの修復についてなのです」

「修復……? 事故でもあったの? しばらくすれば自然と直るはずだけど……」

 眉根を寄せるリディアに私は「そのようですね」と頷き、続ける。

「ただ今回は、祭壇が機能しないほど壊されまして。自然修復を待ってはいられないのです」

「壊された……人為的に? 馬鹿な! 図書迷宮ライブラリを故意に破壊するなんて許されない!」

「同意です。とはいえ、犯人を血祭りにあげたところで、図書迷宮ライブラリは直りませんよね?」

 リディアが目を丸くして力強く断言し、私もそれに深く頷く。

 正直、図書迷宮ライブラリを壊したと思しきディグラッドを処罰できないのは私も悔しいのだけど、証拠がない以上――いや、証拠があっても伯爵家ともなると、対処は簡単ではない。

「個人的にはそれもありだと思うけどね! ったく、魔物に影響が出たらどうするつもりなんだ」

「できるなら私も――え? 魔物に影響ですか?」

「あれ? 知らない? 図書迷宮ライブラリはそこにあるだけで魔物を抑制しているんだけど」

 リディアが不思議そうに小首を傾げ、私は慌ててアーシェとラルフを見るけれど、二人も驚いたように目をみはり、首を振る。ミカゲは……知っていても、教えてはくれないか。

「私たちは初耳なのですが、それは事実なのですか?」

「絶対とは言わないけど、かなり確度の高い情報だと思っているよ。確か、あの辺りに……」

 リディアが目を向けた壁際にあるのは、天井まで整然と積み上げられた大量の木箱。

 特注品なのか、それとも規格品なのか、まったく同じ大きさの木箱は、この家の壁すべてを隙間なく埋めていて、前世で地震の多い国に育った私としては非常に心配になる。

 でも、こちらの世界では、生まれてこの方、地震に遭遇したことはないんだよねぇ。

 だから、そこまで心配する必要はないのかもしれないけど……いや、どちらにしても危ないか。

「あの箱だったかな……? よいしょっと!」

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