私小説

佐々井 サイジ

第1話

 最近は単行本や文庫本化されるのが待ち遠しくて、連載している雑誌を買うことが多くなった。小説好きでもコアなファン層になった気分で誇らしくて、鞄にかさばる雑誌をわざわざ持ち運んで電車やカフェで読むようにもなった。

 その作家の小説目当てで買うのだが、ついでに他の連載されている小説にも目を通す。新しい作家や小説の発掘も面白いものだった。

 今日買った雑誌も面白かった。発熱で病院に行くだけの有給休暇はもったいないという貧乏根性を出して、診察前に雑誌を買い、診察待ちの時間つぶしにしている。

 今日買った号には新人賞の受賞作が掲載されていた。桜井コスモで「僕の落ちるその日に」というタイトルの小説だった。受賞者の顔が見たくて受賞インタビュー記事のページを開けると、顔が影で見えなかったり、後ろを向いている写真ばかりだった。昨今、正体を隠す歌手が出てきているが、こういうのを覆面作家というのだろう。骨格や髪の長さで男というのが何となく判断できる程度だった。俄然興味が湧いてきた。

「僕は駅のホームから突き落とされるだろう」という書き出しは、僕の興味にしっかりと爪痕を残した。

 駅のホーム。奥からいななくように響いてくる電車の音。主人公は周囲を気にし、脚に力を入れて列の真ん中に立っている。この時点で、誰かに狙われている様子だが理由も犯人も全くわからない。電車のライトが視界を白く染めた瞬間、主人公の体は駅のホームから浮いており、空中を泳ぐように抵抗したものの、線路に身体を打ち付けられた。身体を上げたときには電車が不快な摩擦音を鳴らして目の前にいて、ぶちぶちと肉体が潰れる音を耳にする。プロローグは十分に興味を掻き立てられる。桜井コスモという作家、なかなか期待の新人かもしれない。

「田中雅樹さん、田中雅樹さん、中待合へどうぞ」

 僕は腰を上げて、ページに指を挟んだまま、中待合へ向かった。

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